教団への第一歩
現在、僕は風紀委員室の端っこにパイプ椅子の上に膝を抱えて座っていた。なぜそんなことをしているのかというと、左には大柄グラマラスの風紀委員、右にも大柄グラマラスの風紀委員、前にもグラマラスの風紀委員…帰ることができないからだ。
仮にここで僕が暴れだしたとしても…この体格差だ…一瞬で取り押さえられて終わりだろう。それどころか、その流れで女装で付けているウィッグ、伊達眼鏡、化粧が取れようものなら…背筋に悪寒が走る。
そんなことを考えていると、厳格そうな一人の風紀委員が話しかけてくる。
「こんなむさ苦しいところで悪いが、もう少し待っていてくれ。うちの風紀委員長が君から話を聞きたいらしくてな」
優し気に声をかけてくれるが目が笑っていない。これは、あれだ…職務質問の時の警察官みたいな感じだ。明らかにこちらを疑っているのに、仕事だから丁寧に話しかけているだけだ。
「そんなに怖がらなくても…あ、もうすぐ来るみたいだ連絡が来ている」
厳格そうな風紀委員が自分の携帯を一瞥する。
それにしても風紀委員長…僕はそんなにひどい事をしてしまったのか…一つずつ過去を思い出していく。
………
……
…
めいちゃんと会いたいとは思うが、会い方が全く分からない。しかし、それを調べようにも八兵衛も八雲ちゃんも反対するだろう。僕に残された手は一つしかなかった。
ねるちんに聞くという事。自由奔放であんな会場に僕を案内した彼女なら間違いなく反対はしないと踏んだからだ。
「ねるちん!ねるちんはあの【愛の手引き教団】の教祖に会う方法を知ってる?」
「う~ん、知んないな~、あの教団ってどこで活動してるか基本的に非公開なんだよね。だから、入団するにもまず知り合いの団員の紹介しか無いみたいだね」
「そうなんだ…ねるちんは知り合いの人とかいないの?」
「いないね…いるんだったら入ってるよ、あそこっていっぱい女性と触れあえるみたいだからさ!」
そうなのか…めいちゃんに会うと決めたのに、会うのにも一苦労なのか…。
自分の中で会えないなら、機会を待つか…という感情が生まれるが頭を振って振り払う。ダメだ…待つという姿勢はただの逃げと同じ。自分から動かなければ物事の解決は無い。
「ありがとう!ねるちん!じゃあ教団の知り合いを作れってことだね、それじゃ!僕行くよ!」
「あ、ちょ!」
ねるちんの次の言葉を待たずに、僕は廊下にいる人たちに片っ端から声をかけ始めた。
「すみません!いきなりで悪いんですけど、あなたは【愛の手引き教団】に入っていますか?」
「い、いいえ…」
「じゃあ、知り合いに【愛の手引き教団】の方はいらっしゃいますか?」
「い、いや…いませんけど…」
「そうなんですね、ありがとうございました!!それでは」
知り合いがいなければ、知り合いを作る。これが僕の考えた
色んな人に話を聞いて、場所を変え…校庭に行ったり、いくつかの部室に行ったりした。聞いた人数が30人に達しただろうか…何人に聞いても期待の答えは得られない。
それでも、この方法以外思いつかない。だから続けるしかない。次の場所はバレー部にでも行ってみようか、そんなことを考えていると。
「天井ぃぃ!!やっと見っけたぁーーー!!」
天井とは僕のこの学校での偽名だ。一瞬自分の事だと分からなかったが、周りに誰もいないので気付き振り向く。
息を切らしたねるちんがそこに立っていた。
「どうしたの、ねるちん?」
「どうしたも、こうしたも無いよ!!やばいって!」
「ヤバいって何が?」
「何がって!!もう広まってるよ!!」
「えっ?何がどこに広まってるの。もしかして、僕やっちゃいけないことした?」
「うちの学校の風紀委員って【愛の手引き教団】にものすごく敏感なの!!そんなあからさまに聞いて回ってたら…あわわ…もう来てるし…」
僕の後ろを指さして、「じゃあ、あたし行くから!!」と一目散に駆け出すねるちん。廊下を走り、ドリフトを効かせながら曲がり角を曲がる。
しかしその次の瞬間、曲がり角から首ねっこを掴まれたねるちんと掴んでいる大柄の女性が出てきた。じたばたと暴れても大柄の女性は微動だにしなかった。ねるちんが小柄なのも理由だろうがそれだけではない。単純に鍛えているのであろう。
「うぐ~遅かったよぉ…」
ねるちんが嘆いても、大柄の女性は離す様子はない。
そして、その後に大柄の女性は僕の後ろに向かって声を出す。
「確保しましたよ…副委員長」
何を言っているのかわからない僕はただ戸惑うのみ。すると、僕の体がふわりと宙に浮く。
「こちらも大丈夫そうだ、それでは行こうか」
………
……
…
といった流れでこの場所まで連れてこられたのだ。
それで、風紀委員長が僕に会いたがっている。こんな屈強な風紀委員達が付き従っていることを考えれば、風紀委員長がすごい人なのは分かる。そんな人がなぜ僕に?いくら風紀委員が【愛の手引き教団】と悪い関係だったとしても、これくらいで拉致するものなのか?
その時、部屋の扉がガチャリと開いた。
どうやら、その風紀委員長が来たようだ。やや小柄な体躯に真っ黒な長い髪。軍帽を深めに被り、僅かに見えるその目線は鋭い。両手をポケットに突っ込んでズカズカと僕の前まで歩いてきて、ドカリとパイプ椅子に座る。
「あなたが【愛の手引き教団】の人を探しているという美人さんかい?」
「あ…いや…まあ、はい…」
風紀委員長が僕の顔を覗き込むように身を乗り出してくる。
あぶな!顔がバレないようにウィッグの前髪部分を抑える。
「ん?どうしたんだ?」
「い…いえ、っと、別になんでもありません」
「そうか!それなら良かった!驚かせちゃったかと思ったよ…ハハハ」
ぺったんこな胸を張り、豪気に笑う風紀委員長。「なんだ、意外と良い人なのか?」と僕の心は少し緩みかける。しかし、拉致された相手であることを思い出し、そんな考えは捨てる事にして、精一杯怖い顔を作る。
「僕の名前は鬼怒川桃、君の名前は?」
「……天井夕子です」
「そうか!良い名前だね!夕子さんって呼ばせてもらうよ!私のことは信頼を込めて鬼怒川風紀委員長と呼びたまえ!ハハハァ!!」
豪気に笑い飛ばす鬼怒川風紀委員長。フレンドリーに話してくれてはいるが、こういう所が他の風紀委員に慕われているところだろうか。
「ところで、どうして僕はここに連れてこられたのでしょうか?」
「ん…ああ、そうか…知らされてなかったのかな?一番の理由はね…見てもらった方が早いと思うんだ。」
そう、言いながら自信満々に僕の前で軍帽を脱ぎ捨てた。
しかし…あれ…特に拉致された理由を察せるようなものは無かった。軍帽を外す前から見えていた黒髪がそこにあるだけ。それが理由だと言われてもさっぱりだ。
「違う…良く見てよ、ここのところ…」
そう言って頭頂部を指さしながら、僕に向かって近づけてくる。その髪からはほんのりオレンジの匂いがして…じゃなくて!
良く見れば、髪の根元が僅かに桃色になっていた。でも、だからと言って何なのだ…僕の頭の中には疑問が深まる。
「これね…ここの桃色の所が僕のほんとの地毛の色なんだ」
「は…はぁ…」
「まだわかってないみたいだね…ここら一帯に住む人ならこれを見せたら一発で分かってもらえるもんなんだけどな」
少し残念そうに軍帽を被り直す鬼怒川。髪の色が違う理由?そんなの趣味ぐらいしか無いんじゃないか?もしくは白髪が気になるとか?
そんなことを考えていると鬼怒川は僕の顔をふくれっ面で覗き込んでいた。
「夕子さん…君、今失礼なこと考えたろ?」
「ご…ごめんなさい!だって理由分からないから!白髪かと思って…」
思わず正直に答えるてしまうと、鬼怒川風紀委員長は豪気に笑った。
「ハァッッハッハ!!君は素直だね良いよ!風紀委員に勧誘したいくらいだ!」
「は…はぁ…ありがとうございます?」
「まあ、それは良いや…ほんとの理由を言うとだね。これはここのアイドル天川夕希様の色を模したものなのだよ。僕が自分のことを「僕」って言うのも真似してるからだね」
そう理由を語りだしてくれた直後風紀委員長の目つきが変わった。
「君は遠くからの転校みたいだから知らないかもしれないけどね…彼はね気高く美しく…優しくてね!昔、小学生の時にね…お店で僕が棚の上のぬいぐるみに手が届かなくてジャンプしている時に後ろからそっとやって来てくれて、そのぬいぐるみを取ってくれたんだ。その時に『ハイっ!』ってぬいぐるみを持ちながら僕に向けてくれた笑顔は脳内に刻み込まれていてね。その日から僕は変わったんだ。一匹狼で尖って不良ぶるのはやめようって、それでね、まずは取ってもらったぬいぐるみに夕希って名前つけてね毎日話す練習をしてね。後にも先にも彼に会ったのはあの時のみだが次会ったら、勇気を出して話しかけるんだ!えへへ…あ…!そうそう…よく、この地域の人で夕希様をオカズにその…一人でする人も多いみたいだけどね、あれは彼への冒涜だね!!神を性の対象にするなんて烏滸がましい!恥を知って欲しいよ!だから夕子さんも気を付けてね…あまり褒められた行為ではないから。僕たちに許された行為は見る事と、話す事だけ、本来ならばそれで十分のはずなんだ。ほら僕だって現に数年前に一度話したそれだけのエネルギーチャージで風紀委員長をやれている…それで…何の話だったっけ?」
急に眼のハイライトが消え、饒舌に話し出す鬼怒川風紀委員長。
なんというかものすごく恐怖を感じた。僕の直観ではこの人が僕を襲うことは無いだろうが、それでも他の人とは一線を画す恐怖だ。
「あ…そうか君を連れてきた目的だったね。僕はねアスタージュ・メーランドを恨んでいるんだ。」
「…恨み?」
「彼女は夕希様を強姦未遂したんだよ。それでね夕希神はね…そのことに悲しんでお隠れになってしまったんだ」
鬼怒川風紀委員長の両目から一筋の涙が零れ落ちる。
え!?なんで!?今の話に泣くところあった!?そんな僕の驚きも何のその、熱意が下がらない鬼怒川風紀委員長は声を張り上げる。
「それなのに!のうのうと宗教活動をやっている彼女が許せない!だからこそ君を呼んだんだ!!諜報員として内部に潜入してもらうためにね!!」
「いい!?諜報員!?」
「何をそんな驚いているんだ、元々入ろうとしていたんだろ?コネは僕たちが持っているコネを使ってもらうから大丈夫だ」
「いや!そうですけど、でも…そんな大掛かりには…ていうか、コネクションがあるならなんで自分達で行かないんですか!?」
「僕たちは彼女らの活動場所に爆破予告をしたり、襲撃をかけたりしているから顔が割れている。君なら転校直後だし問題ないと思ってな」
「ば…爆破予告…、しゅ…襲撃?」
飛び出た過激な言葉に僕の心臓は縮こまる。しかし、他の風紀委員達も『さも当然のことだろう』という顔をしている。
わかった、あれだ…この人たち真に危ない人たちだ。関わらないのが吉になるタイプの人たちだ。
「夕子さん…やってくれるね?…何そんな難しい事はしなくていい…ただ、毎日、どこでどんなことをしているか報告するだけでいいんだ。大丈夫…君がいるときには襲撃はかけないから」
鬼怒川風紀委員長は僕の両肩を掴んで吐息がかかる距離でお願いをしてきているだけだ。ただ、その眼は焦点が定まっておらず…とにかく怖い。
だから僕は思わず答えてしまったのだ。
「は…はい…」




