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君もか…

「はいはい!ムッツリ共!!あるよぉ!!何でもあるよぉ!」

「高画素!!無修正!!ショタ!!おじ様!!お兄ちゃん!!何でもござれ!!」

「さあ、買った買った、言い値は渋るなよぉ!!!」


 あちらこちらから怒号や歓喜が響き渡る。

 その中を颯爽と歩くねるちん。左右からの呼び込みに目もくれずつかつかと先々へ進んでいくので、置いて行かれないように着いていくのに必死だ。

 

「ねぇ…ねるちん…ここってもしかして…」

「なぁに?」


 僕の質問にとぼけた笑顔を返すねるちん、確信犯だ。

 呼び込み、熱気…色欲渦巻くこの場所は明らかに扉の外にある校舎の空気とは違ったものであった。

 

「ここって…闇市みたいなもの…?」


 回りの女性たちは目をギラギラとさせ、茣蓙の上に並べられた艶本ををあれやこれやと指さしている。間違いない、そうだろう。

 

「いんや、闇市にみえるかも知れないけど…ここは学園側から認められた合法の市、闇市では無いんだよね。」

「こんなに、薄暗く裏通り感あふれてるのに?」

「そう!ちゃんと、会長のお母様である理事長の印もあるよ。というか…思春期の女の子の性欲を考えれば認めざるを得ないという状態だね…。特に、理事長の世代は抑圧された世代だからなおさら気持ちが分かるんだろうね」


 確かに、ここ最近…僕が小学生の時に成人の大人向け商品の規制の年齢が引き下げられた。これは、親世代の人たちの努力もあったのかとしみじみする。

 しかし、あたりを見渡せば怪しい集団みたいなものはいくつも見つかる。これが本当に合法なのか?と訝しげな眼を向けているとねるちんが隣に立って説明を始めてくれた。

 

「あれは【深淵を覗くもの(アビシリアン)】を名乗っているグループだね。比較的ポピュラーな本やDVDを全国から集めて、売っているところだね。自主的に同人誌なんかも作っていたりして人気も高いところだね」

「へ~人気とかもあるんだね」


「そりゃあるよ。あと有名なところは二つあるんだけど……え~と、と…あ!あそこだね」


 あたりをきょろきょろと見まわして指さす先にいたのは漆黒のハッピにねじり鉢巻きを付けた集団。

 見覚えがある人も何人かいるような気がする。

 

「あれは天川夕希ファンクラブ、【夕暮れの希望】だね。いしし、結構コアな商品まで売ってるみたいだけど見に行く?」

「……やめておくよ…」


 見覚えがある人がいると思ったら、昔一緒に写真をねだられた人や何度か話しかけられた人がいるからであった。

 ファンクラブまであったのか…姉から話には聞いていたがこうやって実物を見ると不思議な気持ちになる。嬉しい気持ちと…そこまでするか?という気持ち。しかし、本人たちはいたって楽しそうに商売をしている。まあ、それならば良いか…としみじみその様子を観察する。

 

 良く見れば、その客の一人に大きく見覚えがある人がいた。

 ぴょんぴょんと他の客で見えない商品を確認しようとジャンプを繰り返している。

 

「何してるの?澄ちゃん?」

「うげえーー!?です!?」


 僕が声をかけると澄ちゃんは飛び上がって僕の方に振り返る。

 そして、驚きのあまり言ってはならないことを口走ろうとする。


「お!!おにいさ…ムグゥウウ!!」


 急いで澄ちゃんの口を抑え込む。

 …というのも、男性を隠しているわけなので、僕の名前はここでは天井夕子ということになっている。それに合わせて、澄ちゃんにも夕子お姉さまと呼び方を変えるように指示したのだが、つい出てしまいかけたのだろう。

 

「す…すみませんです…夕子お姉さま…」

「いや、それはいいんだけど…こんなところで何してるの?」


 僕の質問に澄ちゃんが声を曇らせる。


「ええと…それは、その…まあ視察というか…そ!そう!そうです!!天川夕希って人のグッズで過激なものが売られていないかのチェックを朝美さんから頼まれてですねぇ!!」


 嘘だ。澄ちゃんは嘘をつくときに髪を触る癖がある。その癖が如実に出ていた。つまり、僕のグッズを僕に内緒で買いに来たのだろう。

 

 そうか、そうか、ふーん。勝手にね…澄ちゃんはやっぱり危ないな…

 

 そんなことを考えていると、ねるちんが話しに混ざってきた。

 

「この子って、夕子さんの友達?」

「うん、まあそんなかんじかな?友達の妹?」

「そうなんだ!可愛い子だね、うへへ…」


 ねるちんのニヤリとした顔に澄ちゃんの顔がさらに曇る。

 そして、すぐさまふしゃーと猫のように臨戦態勢をとる。

 

「うげぇ…なんですか…この人!怖い人です!です!!!」

「まあまあ、澄ちゃん落ち着いて…この人はたぶん…信頼できる人だから…」

「ほらほら、お姉さん怖くないよ~おいで~」


 手招きするねるちんに警戒態勢を解かずに僕の後ろに隠れる澄ちゃん。うん…こっそり、鼻の頭を僕の背中に付けて匂いを嗅がないでね。

 

 

 

 その時、パン!!という乾いた音が数度会場内に響き渡る。

 

「な、なに!!?」

「なんだ!?」

 

 同時に暗転する会場内に辺りの人たちもざわっざわと騒ぎ始めた。

 心配になり、横のねるちんを見る。

 しかし、ねるちんは何かを分かっているようににやにやとステージの方を注視しているのみだ。

 

「ねるちん…何が起こるか知ってるの?」

「うんにゃ…知ってるよ、現れるみたいだね…」


 ステージに向き直ると、いつしかスポットライトがその中心を照らしていた。いつしか、会場は静寂に包まれており、皆がそのスポットライトへ目を向けている。

 すると、ツカ……ツカ…、ステージ横から歩く音が聞こえる。

 

「もう一つの有名団体…」


 ねるちんが呟く。それと同時にスポットライトの中心に一人の女性が立った。高い身長に長い蒼髪、体は胸元を大きく開いた改造制服に包まれて、顔はペストマスクの様なものに包まれていた。

 

 その女性はそのペストマスクに手を当て、ゆっくりとその素顔を表す。その素顔は…くっきりとした目鼻立ち、透き通るような白い肌…僕のよく知る顔であった。

 

「……めいちゃん…」


 アスタージュ・メーランド僕のフェロモンの犠牲者の一人であった。

 その本人が壇上でみんなの視線を一身に受けている。

 

「みなさん、こんにちは!【愛の手引き教】の教祖アスタージュ・メーランドと申します。皆さんは愛の作り方を知っていますか…?」


 めいちゃんが投げかけた一つの問いかけ、それは静寂した会場内に遍く行き届く。すると、会場内は再び熱を取り戻しあちらこちらから声が上がり始める。

 

「教えてくださいぃぃぃい!!!!!」

「よぉおお!!愛の伝道者!!!!!」

「また新しい知識を授けてくれるというのですか」


 その声に答えるように手を振り返せば、また尚湧き上がる教祖としての格。気付けば会場内にちらほらとペストマスクを付けた人たちが現れていた。こんなにも大規模な集団だったのかと驚く。

 

「みなさん、まずは愛とはなんでしょう?考えてみてください…愛すというその行為を…それはただのエッチでしょうか?自分の欲望を満たすことでしょうか?」


 会場の空気がガラリと変わる。誰もが愛とは何かを考える流れに…同様に僕自身も愛とは何かを考えていた。

 なんだろうな?結婚して…子供を作って、お爺ちゃんになっても一緒に暮らして…そういう一連の流れの中に確かに存在する伴侶への感情が愛じゃないのかな?などと思案する。

 横のねるちんは「運命の人を手に入れること!」などとのたまっていた。

 

「みなさん…色々な考えがこの会場内に生まれたと思います…その、どれもがあなた自身の愛であり、誰もその考えを否定することはできません。そして、その考えのすべてが私たちの定義する愛と相違ないでしょう」


 そして、めいちゃんは一呼吸置く。

 

「愛とは『相手を思いやること、自分の欲望を満たすことこの二つを一つにする行為』です」


 その言葉に会場内のボルテージは上がっていく。

 僕自身もそうだ。会場内の誰もがめいちゃんの次の言葉を待っている。


「つまり、”相手にバレずにセクハラをすることが最善の道”なのです!!」


 ただ、飛び出た言葉は僕の予想をあっけなく裏切るもので…

 

「だってそうでしょ!!多くの女性は男性からの寵愛を受けられない!!されど、止めどなくあふれる性欲!!触れたい!キスしたい!!犯したい!!!さらに、思い溢れる男性には優しくしてあげたい!!愛とは雁字搦め!!矛盾多きものなのです!!」


 僕の頭にはクエスチョンマークが止まらないが…会場内の歓声は増していく。

 

「だから、気付かせることのないセクハラのみが私たちの愛を満たす唯一の方法なのです。そして、今日はその一例を紹介いたしましょう。街ですれ違う際のセクハラ!!」


 新しくペストマスクを被った女性が壇上に現れる。その女性は壇上の右端、めいちゃんは壇上の左端に移動する。

 そして二人は、中央へ同時につかつかと歩き出した。

 

「「ここです!!」」


 そして同時に二人がすれ違う場所…中央で静止する。

 

「ここで、思いっきり口から息を吸うのです!口幅を2cmを開き男性から発せられる空気その物を吸う!!鼻からではだめです!!音がなってしまいますから!!」


 おお~!!会場内からは感嘆が生まれる。僕には全く意味が分からない。


「ねるちん…めいちゃんが何言ってるか分かる?」

「うんにゃ?…さっぱり意味わかんない…」


 ねるちんにもわからない様だ…なら僕が分からなくても問題は無いだろう。ふう…安心した。しかし、横にいる澄ちゃんを見ればすっかり感化されているようだった。ヤバい…ただ、めいちゃんの影響力がヤバい…。

 

「みなさん…こうして飲み込んだ空気を胃に取り込んでください!!さすれば、その空気はあなたの小腸で吸収され、あなたとその男性の距離も近づくでしょう!!」


 その言葉を会場内に発した後に再びペストマスクを被り、身を翻し、舞台裏に去っていく。

 めいちゃんが去った後も会場内には熱気が残り続けている。

 

「夕子お姉さま!!すごかったですね!!今の!!」


 嬉しそうに話しかける澄ちゃんに、僕は迎合できずにいた。

 

 

 

 なぜならば…意味が分からないからだ!!

 

 もう意味が分からない!!さっぱり!!なんなら愛の定義のとかいう所から意味が分かんなかった!!なんでみんなこんな盛り上がってんの!?僕が馬鹿なだけか?いや、ねるちんも分かってなかったし…

 

 

 

 僕が知らない間にめいちゃんまでもが変わってしまっていた。だからこそ、彼女と話したい…話して彼女の真意を確かめたい。その気持ちが止めどなくあふれる。

 

 ぼくはこの時めいちゃんと会うことを決意した。

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