入学準備
新章開始します
アーデルトラウト高校の生徒会室で生徒からの意見書を見ながら八雲は渋い顔をしていた。
生徒会室に一人、意見箱の中身を一つ一つ確認していく。
「もっと男子生徒を増やしてほしい…ですか。」
生徒たちは小中高とアーデルトラウト高校をエレベータで上がっており、当然あの美しい少年 ― 天川夕希 ― も一緒に上がると思っていた。
そこで起こったのはあの天川夕希転校事件。
目に見えて生徒たちのやる気は落ちていった。学園の偏差値は10は下がったし、全国常連だった部活も現在はほとんどが地区一回戦負け。控えめに言って夕希失踪である。
「戻って来てくれるのは嬉しいけど…こんな環境に再び夕希君が戻ってくると思うと心臓が張り裂けそうです…」
茶葉の格式高い香りが鼻腔をつく。
顔を上げると緑髪の少女が紅茶を持って静かに佇んでいた。
「ネル…ありがとうございます…」
「いーや、悩んでたみたいだからこれぐらいわね、どーしたの?」
あっけらかんとした表情に心がささくれ立つ。お前のせいでもあるんだぞって言ってやりたい衝動に駆られる。
「……まあ、いいや…今度、男の人が戻ってくるんですけどそれについて悩んでまして…」
「男の人…?戻ってくる…?それってずっと言ってる天川夕希って男の子のこと?てか、それって何が問題なの?会長もずっと言ってたじゃん男の子がもっといればなあって…」
確かに言っている。しかし、それはひとえに夕希のため。夕希が全女子学生のお世話(主に夜のオカズ役)を引き受けなければいけない状況がまずいのだ。特に夕希失踪で荒れている学内、夕希ただ一人では…。
夕希はいずれは私のお婿さんだ。たとえ他人の脳内であろうとも、夕希が脱がされる回数は少ない方が良い。
「リスク分散ですよ…。夕希君の他に男の子がいればなあって…」
「ほへ~難しいんだね~男って、それなら普通に他の男の子入れればいいんじゃないの?」
「それも、そんな簡単じゃないんですよ…男を呼ぶってのは普通はそれなりの対価が必要なんです」
通常男性を招致すると言えば、『スポーツ有望選手がいる!』『勉強に秀でた人がいる』『文学や絵に秀でた人がいる』とかエサとなるものを持っていなければならない。
「あなたを含めたそういう三人はあの強姦未遂事件ですべてぐれちゃいましたし…それどころか強姦未遂事件が起こったってマイナスですよ」
頭に浮かぶのは、赤髪、緑髪、蒼髪、の三人。
それぞれがこの世界にとどろくほどの特別な才能を持っていたのにな…。
「ふーん、あたしってそんなにすごかったんだ…えへへ…」
当の本人は緑髪をクルクルと回して頬を赤らめるのみ。もっと自覚を持って欲しい。まあ、そんな話は今となっては無理なのだが…。
なんにせよ、他の男の子を呼ぶということも無理なのだ。しかし、学園に男の子一人はまずい。その矛盾する二つの問題を解決しなければいけない。普通に無理ゲーだ。
「まあ、そんな感じで夕希君が戻ってくる前に少し現状を回復させないといけないんです」
「ふーん、そりゃ大変だ…んで、その夕希って子が戻ってくるのはいつ?」
「一週間後です。高校の入学に合わせて」
「もーすぐじゃん、やばいじゃないの?」
「だから悩んでるんですよ!!このままじゃ私の…私の夕希君が!!」
このままでは夕希の体操服は毎日無くなり、毎秒視姦されて、毎晩オカズにされて…いや、それだけで済めばよい方かもしれない。
この学園には夕希ファン三大天と呼ばれる化け物もいる。そいつらは夕希を好きすぎるが話しかける勇気もなく行きつくところまで行きつき、色々こじらせてしまった奴らだ。
「もし、三大天まで出てきたら…あの八兵衛って女もいるし…お姉さまと私だけでは…それに、他にも全校生徒まで混ざって…」
脳内でそろばんをはじくが計算結果は薄い勝率。検算しようとそれは変わらない。脳内の夕希の花婿衣装が遠ざかってしまう。視界が揺らぐ。
「男一人って状況が駄目なんでしょ?」
「だから、ずっとそう言ってます!!」
「じゃあさ、男を一人にしなきゃいいじゃん!」
ネルはさも当然といった顔で提案を繰り出す。
そりゃそうだ。男を一人にしなきゃいいのだ。でも、それができないから悩んでいるのだ!そんな状況を分かっていないネルにいら立ちが募る。
しかし、そんな苛立ちは次の言葉で払しょくされた。
「男を一人じゃなくて0人にするんだよ!!
夕希君に女装させてさ!!」
△▼△▼
高校の入学まではカレンダーを数えるほどになった。
教科書、カバンも揃えた。入学用課題、入学書類全部書いた。
あとは制服のみ、八雲ちゃんが届けてくれた制服に袖を通し鏡と睨めっこする。
「ねえ、お姉ちゃん…澄ちゃん…おかしいと思わない?」
「何が?あたしはいいと思うけど?」
「私は完璧だと思いますです!!美人さんです!うへへぇ…」
後ろで控える二人は喜んでいる。なぜだ…
「ね…ねえ、八雲ちゃんは変だと思うよね…?」
八雲の袖を引っ張り懇願する。
しかし、そんな願いも一刀両断。
「いいえ、全く?大変素敵ですよ?」
なぜだ…なぜみんな何も思わないのか!?
鏡をもう一度見る。
膝上丈の青色に白い一本線の入ったプリーツスカート。それにブラウスとセーターと赤いリボン…。
「だああああああ!!なんでみんな何も思わないの!!お、おとこが女装だよ!!似合ってないし!恥ずかしいし!!いや、これで学校行くの、世が世なら危ない奴だよ!!」
必死にみんなに訴える。このまま高校生活スタートなんて嫌だ!
しかし、みんなはそれぞれ顔を見合わせて不思議そうな顔をする。そんな中八兵衛は思案顔だ。
「確かに、危ない奴かもしれませんね…」
「そ、そうだよね!や、やっぱり八兵……」
「純粋な女の子を百合の道に突き進ませてしまいかねないほどの美しさは危ないかもしれません…」
いや…なんとなくそんな予感はしてたけど…。落ち込みうなだれることしかできない。
そんな時、母綾子に肩に手を置かれサムズアップ。やっぱり最後に助けてくれるのは母さんなのか…母の愛に思わず頬が緩む。
「か…母さん…」
「大丈夫よ!ゆうくん!男の子が女の子の格好をして学校に通うなんて普通の事だから!!」
か…母さん!?
「男性が身分を偽って学校に通うことは法律で認められた行為なのよ?だから大丈夫!!」
我が子に女慣れさせるという目的でダントクでなく一般学校に通わせる親がいるらしい。女装はその際に使われる常套手段らしい。
いや…でも、これで3年間は流石に…
心の整理がつかない…
「いや…でもね…やっぱりそのさ、僕はあんまり着たくないんだよね」
いや…言ってることは分かる。でも、前世の感覚がまだ残ってる僕にはあんまり受け入れられない。再度みんなに問いかけてみる。
「ねえ、やっぱり学ランじゃダメかな?」
八雲ちゃんは本気の目で僕の目を見つめてくれた。
「大丈夫ですよ…ただ、夕希君が急に学校に戻ると他の女の子でショック死する人が多そうだから一時的に女の子の制服なんです。大丈夫です。私を信じてください…」
八兵衛も膝を付き口上を述べる
「夕希様…男性の衣服でもよろしいですよ…私がすべての女からあなたを守りますから…この体が傷つき、骨となっても、あなたのそばにずっと控えていますから…」
気丈な姉が声を震わせながら…。
「お姉ちゃんは…女の子の服で学校行って欲しいな…またあたしがいないところで、何もできないところで…ゆうきが襲われるのは嫌だから…」
澄ちゃんは精一杯言葉を紡ぎながら…
「私はお兄様の危なさを…身をもって体験してるから…私は理性を失っちゃった事があるから言えますです…スカートを履いて、少しでも自衛してほしいです…」
母親が少し諫めるような声で…
「ねえ、みんながこう言ってるのよ?前の事件…忘れたわけじゃないでしょ?お母さんはゆうくんには幸せになって欲しいのよ…ね?ゆうくん?」
みんなの気持ちを聞いて僕の心は温かくなった。みんなこんなにも僕を思って…。ありがとうみんな…ありがとう。だから僕が返す言葉は一つしかないだろう。
「本心は?」
「「「「「可愛いから!!」」」」」
ハモった。




