決着!!西郷道元!!
八兵衛が後ろのメイド軍団を抑えている間に、道元に向けて思いっきりダッシュをする。
脳にはアドレナリンが回っていて痛みは鈍くなっているが、普段と違う感覚のためバランスを崩しかける。
「っつ…っと、危ない…」
この作戦の要は僕だ。だから倒れてるわけには行かないと足に踏ん張りを利かせる。
作戦は僕と道元が接触する必要がある。だからこそ足を止めることできない。
道元との距離はおよそ7メートル。間には障害となる机やテレビなどはあるが、障害となるメイドは一人もいない。
だから走る!!!
道元は僕を遠ざけようと漫画本をいくつか投げつけてくる。よけ損なったものが頭に当たり、傷を作る。
「つぅ…でも、そんなもので…ひるむかああああああ!!!」
痛みは叫びで誤魔化す。そんな僕の姿に恐れを為して逃げ去ろうと後ずさりをする。
「くるな…くるなぁ…くるなぁあああ!!」
半狂乱になり手当たり次第に物を取って、あたりに投げまくる。
でも、そんなコントロールの無いものに僕が当たる筈もない。
道元との距離はおよそ2メートル
「やめろぉ…やめてくれぇえ!!ひぃ!?」
後ずさりで背中を壁にぶつけ、恐怖の表情を浮かべる。
もう逃げ場は無い。
「追い詰めた!!観念しろぉおお!!どぉぉおおおげええん!!」
勝ちを確信する。もう手の届く距離だ。
…しかしその瞬間、の表情がニタリと変わる。
「っちぃ…愚図メイドがおせえんだよぉ」
「申し訳ありません、あの小娘の横を抜けるのに苦労いたしまして」
瞬間、僕のブレザーが思いっきり後方に引っ張られて、を捕まえる両手は空をきる。
なんだ!?何が起こった!?と後ろを確認すると長い髪を結ったメイド長さんが僕のブレザーの襟をがっちりと掴んでいる。
「天川さん…残念でしたね、私どもの勝ちです」
あと少しなんだ!!まだだ!!まだ、諦めてはいけない!!頭をフル回転で回す。逃げる方法…逃げる方法…。
「さて、私が捕まえたということでこの子は私がもらっても良いという事でしょうか?」
「ああ、好きにしたまえ!そいつは今からお前のものだ!!」
「私のもの…私だけの天川さん…うふふ…」
幸い、メイド長さんと道元は話しに興じて、僕への注意が少し散漫になっている。思いつけ…思いつけ!!周りの状況、自分の体勢すべてを考慮に入れて、思考をぶん回す。
「ですって…天川さん…こ、これからは私の事をお、おねえ、お姉さまって呼ぶのですよ。ま…まずは、姉弟お手てつないでお買い物をして…」
僕の耳元で囁くメイド長さんの言葉。手をつなぐ?買い物?それだけ良いの?僕を好きにして良いはずなのに。
その言葉によって一つの案が浮かぶ、瞬間僕はブレザーからするりと体を外す。
「天川さん…残念ですが、それは読んでいます」
僕がブレザーから体を外すタイミングを完全に察知して、メイド長は僕に手を伸ばす。それを避ける術は無い。
だが、避ける必要も無い。
体をくるりと翻し、メイド長の手を自分の胸で受ける。
そしていう言葉は一つ。
「ちょ…ちょっと…変なとこ触らないで…あふ…」
先ほどの恋愛初心者の様な言葉。考えた作戦は一つ、この人に不意に胸を触らせれば絶対に手を引っ込める。
「ご…ごめんなさい!!」
そして、予想通りメイド長は思わず手を引っ込め両手を胸元でもじもじと擦る。
その隙に素早く道元へ向けて走りこむ!!
そんな、様子を見て道元は叱咤の声を上げた。
「何してるんだ!!早く捕まえろぉ!!」
「は!?天川さん待ちなさい!!」
我に返るメイド長さん。
走る僕に追いすがるメイド長さん。両手は僕を捕まえようと何度も伸ばされる。何度かは避けられることができたが、一つが僕のワイシャツを掴む。
「捕まえました!!もう逃げられませんよ!!」
ワイシャツを固く握りこみ絶対に逃がさないという姿勢だ。
だが…ビリリィィィイリ!!!!
そんなのもお構いなしに、ワイシャツを破りながら前へ進む。
「くぅ!二度も同じ手は食いません!!」
そしてもう一度、メイド長さんはワイシャツを掴む!!
だが僕も再び、ビリリィィイ!!
何度も、何度も掴まれた分だけ、ワイシャツを破る。
その時、僕のカバンからポロリ…応接室で僕が壊して隠したレンガの破片が零れ落ちる。
ガン、ガラリンと音を立てて転がるレンガの破片。
それを見た道元は顔を真っ青にして怒声を上げる。
「おい!!メイド!!早くそれを拾え!!!」
「は?そ、それ?」
「早く!!そのレンガだ!!早くいいから!!」
「は…はい!!」
攻防をしていたメイド長さん、道元共に注意がレンガへ向かう。占めた!!!
隙を縫い再び道元へ走りこむ。
「今だ!!」
「な!?」
「道元覚悟!!!!」
伸ばした手がついに道元へ届く。
反応をした道元は一歩引くが…
「もう遅い!!!」
「や…やめ…」
僕は道元のシャツを持ち、思いっきり引き裂いた!!!
「ぎぃぃいいいいやあああああぁああああ!!!やめろ!!見るな!!!メイドども!!目を伏せろ!!早くだ!!今すぐ床にうつぶせになって目を隠せ!!!!はやくはやくはやくはやく!!!!」
半狂乱になる道元、そんな道元の指示でメイド達は渋々と床に伏し、目を塞ぐ。
収まらない道元は罵声を浴びせてくる。
「おい!!僕は西郷家の御曹司、西郷道元だぞ!!分かっているのか!!?こんなことして分かってるのか!!僕は偉いんだぞ!!お前なんかどうとでもしてやれるんだぞ!!」
そんな怒声を上げる道元に僕は落ち着き払ってニッコリと返す。
「君に何ができるの?」
「な…何って?何でもだ!!まず君の罪…服を破いた罪だ!!それを持って君を牢屋に…」
「いやいや…それはおかしいよ、男性から男性への、その程度の行為は厳罰は存在しないよ。いっても厳重注意だ。それに、そんなばかばかしい事に付き合ってくれる裁判官なんていないよ」
この世界に転生して以降、日本との差異を知るために男性問題に関する判例はいくつも調べたことがあり、男性対男性での服を破る程度の行為は無罪になることを知っている。
「それに、君もメイドに指示して僕のワイシャツをびりびりにしてるんだけどそれはどうなるのかな?」
「ぐぅ…だ…だが!!!僕には西郷の権力がある!!それを使えば!君の罪ぐらいいくらでもでっち上げられる!!」
「それはどうやって?」
開き直る道元へあくまでも冷静に詰める。
「道元君はどうやって、この場を乗り切るつもりなの?とりあえずこの場を乗り切らないと権力も何もないと思うけど?」
「そ…それは、メイドどもを使って…」
「メイドさんたちを使うってことは君の裸が見られるってことだよ、それは道元君のプライドが許さないんじゃない?」
「ぐぅ…ぐぞおぉぉぉおおおお!!!」
大声を上げる道元。作戦は服を破いた時点で完成してるのだ。僕は携帯を取り出して、ボイスレコーダーを起動する。
「これ以上服を破られたくなかったら、さっさと言ってね、”もうこれ以上天川夕希、五条八兵衛に関わりません、僕が悪かったです”ってね」
「ぐぅううううわあああああああああああああああああ!!!!」
首部を垂れうなだれるだけの道元。勝負は決した。




