メイド龍
ずらりとメイド達が僕と八兵衛を取り囲む。等間隔に並んでいるため間を抜けることはできない。つまりは絶体絶命ということだ。
「天川ぁ…君はもう少し見どころのある男だと思っていたよ…。まさか、こんな八兵衛なんかの毒牙にヤラレルとはねえ」
西郷道元はにんまりとその表情を歪める。
「君のことも八兵衛と一緒に退学にさせてあげるよ…罪状は何がいいかな…?あ、そうだ!結婚詐欺なんかはどうだろうかぁ?君は見てくれだけは良いから信じる人はいっぱいいるだろうねぇ…」
背中に冷や汗が流れるのを感じる。ペンは剣よりも強しなんて言うが、ペンでも剣でも負けているのだ。
八兵衛もそんな僕の不安を察知したのか険し気な表情だ。
「夕希様…大丈夫ですか…?」
「大丈夫だよ…八兵衛!ここは僕が抑えるから、安心して安全な場所に避難してて?大丈夫…方法はあるんだ…」
そんな八兵衛を安心させるように精一杯平静を装って返事をする。
事実、この場を収集させ僕の望みをかなえる方法は一つだけ存在する。しかし、その方法は恐ろしく成功率が低い上に、あまり実行したくない最終手段だ。本当に実行して良いものか迷いが生じる。
その時…
「メイド共!!いけえええ!!この二人を絶対に逃がすなぁ!!!!!」
怒号が部屋を突き進む、と同時にメイド達が飛び掛かってくる。
左右から二人のメイドが我先にと僕を捕まえようと手を伸ばしてくる。
「うわあぁ!?」
反射でその場にしゃがむ!!
ごチン!!、がちん!!僕の頭の上で何かがぶつかる音がいくつか聞こえた。
「いったぁああ!!」
「あ、いてっ!!」
「てめえは八兵衛を捕まえる役目の方だったろうが!!なんでこっちに来てんだよ!!」
「そういう、お前もそうだろうが!!なんでここで、あたしとぶつかってるんだよ!!」
「ああん?女と美少年どっち捕まえたいかって言ったら美少年に決まってんだろ!!寝ぼけたこと言ってんじゃねーぞ!!こちとら、男子触ったことない歴20年だぞ!!引っ込んでろ!!」
頭を上げて周囲を確認するとメイド同士で取っ組み合いを始めていた。
なんとか、その二人から逃げ出すことはできたが、メイドはその二人だけではない。
足寄せる波がごとく次々と新手が襲い掛かってくる。
右へ!左へ!部屋の中を捕まらないように必死に逃げ回る。
「天川ぁ!!無様だねぇ!!あっちへこっちへ…まるでネズミみたいだ。ほら鳴き給えよ!ちゅうちゅうってほらあ!あっははっは!!」
後ろから迫り来る手を身を翻し躱し、絡めとろうとしてくる足をジャンプで躱す。
なんとか躱すものの、そんなものは時間稼ぎにしかならない。
「ぐぅっのわぁ!?」
バランスを崩し 大きく体勢を崩す。倒れる先には両手を広げ待ち受けるメイドさん。
「おいでぇえ!!私の胸に飛び込んでオーバードライブしてええぇ!!」
しかし…それすらも、身を捩り何とか躱す。しかし、その代償として…
「っぅ…!?いっっつぅ…」
大きく足首を捻って、床に倒れ伏してしまう。そんな後隙をメイド隊が見逃すはずもない。後ろに控える、長い髪を結っている妙齢のメイド長らしき人が他のメイドに指示を出す。
「メイドAは右から、メイドBは左から行け!!フォーメーション四十三型!!ドラゴンストライクだ!!できる限り優しく、丁寧に無力化しろ!!」
「「「Aye, aye, sir! 」」」
その瞬間、メイド達の動きが統制の取れたものへと変わる。個の動きで僕を捕まえようとしていたメイド達が昇り龍のごとき動きに変わっていく。
その姿はメイド龍とでも呼ぼうか…うねりながら僕の元へ飛び込んでくる。
ぐぅぉおおおおおおああああお!!!!!!!
足も怪我、相手に隙は無い。あの龍に飲み込まれればもみくちゃにされて、好き勝手にされて、最終的には西郷道元によって罪人に仕立て上げられるどろう。
そんな未来に戦慄が走る。
――数か月前が思い出される。
三人の少女に襲われて、気を失ってしまった事件だ。自分は為すすべもなく気を失って、八雲ちゃんにすべてを押し付けてしまったあの事件。三人は深い後悔を…母や姉は悲しみを…八雲ちゃんには苦労を…自分の不注意が!自分の弱さが招いたあの事件だ。
「ここで、諦めるとまたあの時と同じだよね…」
そうはなりたくない。母や姉を悲しませたくない。ここを勧めてくれた八雲ちゃんを落ち込ませたくない…。何より、八兵衛の泣き顔をもう見たくない。
痛む足に力を込め、思いっきり飛び退く。
「ぐぅぅう……」
痛みの稲妻が頭を駆け巡る。でも、そんなのも関係ない!!諦めることの方がもっと辛いからだ!!
「うぉおおおおおおお!!!!!」
とてつもないメイドの奔流が僕の頬を掠めながら、グワァアアアアア!!と飛んで行く。
そしてその奔流はそのまま部屋の壁を突き破り、隣の部屋で暴れまわる。
轟音を鳴らし、まるで周りを威嚇する龍のようだ。
「ふぅ…はぁ…なんとか避けれた…でも…」
ここまでのやり取りで息も絶え絶えだ…。次弾が来れば立つこともできないだろう。危機には変わりない
しかし、メイド龍は次の突進をすることもなく、その場で暴れまわるのみ。その姿はまるでのたうち回っているように…。
「なんだ…来ないんじゃなくて、来れないのか?」
先頭で龍の顎門を司っていたメイドAさんが答える。
「ふっ…良く分かったわね…このフォーメーション四十三型は完全なる攻の動き…でも、その分守りも薄くなる諸刃の剣よ…」
そんな厳しい顔をしたメイドAさんの姿を見て僕はほっと胸を撫でおろす。
しかし、そのメイドさんの後ろから新しいメイド―メイドBさんがニヤリと顔を覗かせ前へ出でる。
「でもね、ただのたうち回ってただけじゃないのよね!これは負荷がかかる場所への交代動作よ…そしてその動作はもう終わり」
「……!?」
背筋が凍る。メイド龍はまだ終わりじゃない?
メイド龍は再びうねりを上げながら息を完全に吹き返す。
「ターゲットロックオン!!すすめぇええええ!!!」
そしてメイド長の号令を契機に僕の元へ真っすぐ向かって来る。
足の痛みはまだ引き切らない。さっきの様な逃げ方は無理だ。でも…諦めない!!
足を引きずりながらの何とか射程の範囲外に逃げようとする。少しでも…少しでも!!
「敵は虫の息だ!!恐れを知らずに一気に飛び越め!!!油断せずに大胆に!!」
しかし、メイド龍は急激にうねりを加えながら僕を逃がさないような動きに変わる。
「なっ!?」
先頭のメイドと目が合う、勝ちを確信した目だ。それもそうだろう、僕は動けずに必勝のフォーメーション。このまま行けば後二秒後には僕は童貞を失うだろう。
何かないか?頭の中で思考が堂々巡りする。
「もう遅い!!」
多くのメイドが僕の元に飛び込んでくる。
ズドドドドドドッドドドォオオオドオ!!!!!
その奔流に思わず目を瞑る。
飛び込みの轟音が止まることは無い。
ズガガガガガアッァアアアアアアア!!!!
しかし…いくら立っても僕に触れるものは存在しない。
「あ…あれ?」
恐る恐る防御態勢を解き、ゆっくりと目を開く。
「大丈夫ですか?夕希様?」
仁王立ちの八兵衛がメイド龍を正面から受け止めていた。
床には摩擦によって焦げた跡があり、八兵衛の靴からは煙が上がっていた。
「は…八兵衛!?」
「すみません…遅れました、本来はもっと早く来たかったのですが…」
後ろを振り返れば多くのメイドが床に倒れ伏していた。
「こ…これを全部八兵衛が…?」
「ええ、当たり前です」
「な、なんで?安全な場所に逃げても良かったのに…」
僕の言葉に八兵衛が溜息をもらす。
「はぁ…何言ってるんですか?夕希様の目を見れば分かります。この勝負絶対に勝つんだって目です…支援男児が諦めてないのに、男児支援者の私が先に逃げ帰るなんて…そんな道理は通らないですよ」
ニッコリと僕に微笑みかけ、再びメイド龍に向き直る。
「私は一生あなたの男児支援者です。そう在りたいし、そう在らせてください。ここは私が抑えます…だからお願いしますよ」
その言葉を皮切りに八兵衛はメイド龍の中に飛び込みその陣形を突き崩していく。
獅子奮迅、一騎当千、形容する言葉は様々だ。とにかく強い。一人、一人となぎ倒していく。
「夕希様!!作戦があるんですよね!!この事態任せましたよ!!!!」
その叫び声を聞いた瞬間、八兵衛の声が胸の中に広がっていく。僕が…僕のみができることがある。やってやるんだ!その決意が体中にみなぎる。
「任せて、八兵衛!!!」
痛む足を抑えながら西郷道元へ走り向かう!!!




