やりたいことやらなければいけない事_1
「見てしまったんですね…」
僕の右手を一瞥して、目を伏せる八兵衛。
そのまま僕の後ろに腰掛ける。
「ご…ごめん…」
「いいんです…なんだかんだいつかは伝えないといけないと思っていましたから…」
そういう八兵衛の声は優しげだった。
背中に八兵衛の温かさを感じる。
「去年…私は西郷道元の男児支援者だったんです」
「…うん」
「そして、男児支援者に任命されるときに西郷家の当主様から言われたんです『道元を正しく導け』と…」
ポツポツと自分の過去を話し出す。
僕は一言も漏らさないように耳を傾ける。
「そう言われたこともあって、男児支援者として頑張ろうと一念発起していました。勉強も頑張り、スポーツも、男児支援者としての作法もいっぱい勉強して成績はいつも上位をキープしていました…そして、その一環として西郷道元への家庭教師も行っておりました…」
その時に八兵衛の言葉が詰まる。
背中に伝わる僅かな振動、震えているのだろう。
「もしかして…その時に…?」
「…はは…夕希様は、察しが良いですね。当時、私は最難関と呼ばれるダントクで上位を取り続けることによって少し冗長していたのかもしれません。次第に私への不快感を顕にしていきます。時には、夜通し館の前で立ちっぱなしを命じられたり、ひ…ひどい時には…他のメイドを通してリンチされたことも…」
「…!?」
他にも、八兵衛からいくつかのいじめを伝えられる
八兵衛は褒められても、少し頬を染める事しかしない女の子だ。自分では冗長したなどと言っているが、澄ちゃんがあんなにも懐いているのだ…調子に乗るなんて事は絶対無いだろう。
では…そうでなければ?恐らく、ただ八兵衛の口下手が災いしただけ。
西郷道元自体があんなにも絡みづらい人間なのだ。八兵衛の人見知りが発動したことは容易に想像できる。
でも、恐らく本当にそれだけだろう…。
「周りの人は?なんて言ってたの?」
「私は妹にも親からも期待されています…誰にも相談できませんでした。夕希様ならできましたか?『西郷家の支援者なんてすごい!!』と言ってくれる澄に…、『あなたは五条家の誇り』だと言ってくれる母に…いじめられてるなど…言えませんよ…」
「ごめんね……辛かったんだね…」
「そして、審判の日は訪れます。夏の真っただ中…西郷道元本人から勉強を教えて欲しいと私を客間に呼びつけたのです。そのころにはもう彼本人とは顔も合わせることも無くなっていたので、もしかしたら関係修復ができるかも…と思い希望を持って飛んでいきました…」
八兵衛が僕の服の裾を強く握る。
「それで、起こったのが強姦事件ってこと?」
「ええ…笑顔で部屋に招き入れてくれた西郷道元は部屋に入って数十分後、いきなり自分の着衣を乱し始め、大声を上げ始めました。『助けてくれ…』『誰かいないのか』など…私は状況が掴めずにおろおろするだけでした。」
裾を引っ張り続ける八兵衛の手の上に僕の手を重ねる。
「…その後は?」
「屋敷の人たちがすっ飛んできて、私の事を強姦魔扱い…、相手は西郷家のご令息です。私の証言なんて何一つ通りませんでしたよ。話はトントン拍子に進み、示談にはなりましたが…私は犯罪者まがいになってましたとさ…おしまい」
「……」
「それからです…私が男性を信じられなくなったのは…。そして今なお、夕希様にこんなに優しくしてもらっているのに体が震えているのはその後遺症かもしれません」
背中からはくっついてはいるが僕に体重をかけない様に…
重ねた手はまだ震えている。
「こんな状態でごめんなさい、夕希様のことを信じたいと思っていますが、まだしばらく時間がかかりそうなんです…夕希様がこんなにも体を張って、私を助けてくれようとしているのに…こんな体たらくでごめんなさい…」
鼻声ですすり泣くように、謝り続ける八兵衛。
「ごめんなさい…本当は信じて思いっきりこの体重を預けたいのに…!なぜか…できないんです!!」
床に頭をこすり付けて謝罪を続ける。泣き顔を見られないようにか…それとも、男である僕から体を守るようにか…
止めて欲しい…
止めてくれ…
そんな八兵衛の姿を見て、自分の力不足を感じる。
また八兵衛を泣かせてしまった…。 悔しい…自分の無力が…悔しい!!
その時、西郷家で会った…あのお爺さんの言葉がよみがえる。
『君は為したいことがあるのかね?』
心にふわっと…腑に落ちるものを感じる。
『そう…為したいこと…君の譲れないものといっても差し支えないものじゃ』
おじいさんの言葉が胸で反芻される。言葉は自然と口から洩れていた。
「あるよ、じいさん…」
女神様に言われて、犯されるだけが僕の人生じゃないんだ…。
震える八兵衛の右手を引っ張り上げ立ち上がらせる。
「…え…えっ?夕希様?」
「いこう!八兵衛!!」
着の身着のまま、財布だけをポケットに突っ込んで寮を飛び出す。
八兵衛の手を引っ張り、前へ前へと進む。
”不安定な立場にいる女の子を助けるために”
寮を出て、交通が多い通りに出る。いつもは通行には使わない道で、八兵衛とくるのは初めてだと感慨深い…。とそれは置いておいて右手を上げる。
一台のタクシーが僕の前に停車した。
「兄ちゃん…どこまで行くんですかい?」
「西郷家まで…道…分かりますか」
「あたりめよぉ!あのでけえ屋敷だろ!?任せんしゃい!!」
「ちょ…ちょっと!夕希様!?」
何が何だか分からないままの八兵衛をタクシーに乗せる。
「まぁまぁ…」
「何が『まぁまぁ…』ですか!?それに、西郷家に向かうって!?」
「大丈夫だよ」
「大丈夫な訳無いですよ!!今だってこんなに震えて…」
確かに八兵衛の体は震えていた…。
「でも、大丈夫…全部僕に任せて」
「なにが大丈夫なんですか!?私もう心臓が辛いですよ!!」
「まぁまぁ…さあ深呼吸しようか、吸って―?」
「すぅーーーー」
「吸って―?」
「すぅうーーーー」
「吸って―?」
「しゅぅーーーー!!」
「吸って―?」
「ふすぅーーーーっげほげほ!!なにするんですか!?」
「あははぁ!!兄ちゃんと姉ちゃん仲いいんだな!!タクシーやって二年目だけど初めてこんな仲の良いカップル見たよ!!あははははぁああ!!あちしもそんな相手欲しいぜぃ!かっははあ!!」
「カップルじゃありません!!」
慌てる八兵衛、宥めるすかす僕、笑うタクシーのお姉さんそんなやり取りをしているとすぐさま西郷家に着いた。
お金を払おうと財布を取り出す僕の手をタクシーのお姉さんがそっと抑えた。
「男から金取るのは粋じゃねえ!事情があるんだろ?あちしも野暮じゃねえ…金は要らねえ…粋に行きな!!」
そう言って、タクシーのドアを開けてくれた。
「ありがとうございます!!行ってきます!!行こう!!八兵衛!!」
「あ…ちょっと…」
そう言って八兵衛の手を引き飛び出し西郷家に向かう。足取りは前へ前へ…。
明日…か明後日?に次投稿できたら…




