侵入者
太陽が昇ると共に目が覚める。
横に寝ているのは八兵衛。この一週間悩みに悩んだのだろう。昨日は説得の後すぐに寝てしまった。そして今も変わらずぐっすりだ。
この安らかな寝顔を見ていると、やっぱり僕の匂いが利かないのは本当だと再確認できる。
「さて…」
僕は八兵衛を起こさずに布団からゆっくりはい出る。
八兵衛を説得することはできたが、まだやるべきことはあるのだ。
そして、物音を立てない様にゆっくりと八兵衛の机を漁り始める。
「まだ…聞いてないことがあるからな……えっと…あった…」
引き出しの浅いところから見つかる。見覚えのある封筒。
恐らく、西郷道元から五条八兵衛に対して出された手紙だろう。
この手紙を見てから八兵衛の様子がおかしくなってしまった。だからこそ…八兵衛には悪いが僕自身の目で手紙の内容を見なければならない。
はやる手で封筒を開け便箋を取り出す。
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五条八兵衛へ
君はいつまでダントクに拘っているつもりだ。君の存在は支援対象者である天川君の害にしかならない。犯罪者がいつまでもこの学校にいることを男性は快く思わないだろう。それは天川君も同じだろう。
君のした仕打ちをいつまでも忘れることは無い。僕の願いは君を退学させることだ。それにはどんな犠牲も厭わない。西郷家のすべての力を使い君を男児支援者でなくさせる、覚悟しておいてくれ。
西郷道元
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予想通りというか…あの西郷の書きそうないやらしい手紙がそこにはあった。
恐らく八兵衛はこの手紙を見て、僕を巻き込むことを嫌ったのだろう。だから、連絡を絶って部屋に引きこもって退学を決めたのだろう。そこにどれだけの苦悩があったのだろうか。本当に無理やりにでもここに来て話をできて良かった。
ただ…ひとつ気になることがある
「"君のした仕打ち"って書いてある…」
やっぱり八兵衛は何かしたのか?そんな疑心が胸に浮かびかけたが、頭を振って振り払う。何を考えているんだ、信じるって決めたじゃないか!でも…実際に書かれてるってことは…?
その時ガチャリ…部屋の扉が開く音が聞こえる。
「スンスン…ムッホォォ!?何ですか?この充満した匂い!!やっぱりここです!お姉さまの部屋の合鍵持ってて良かったです!!」
澄ちゃんが鼻を鳴らしながら、入ってくる。今八兵衛を起こせば、手紙を見ていることがバレてしまう。それを恐れた僕は机の下に入り込み椅子の陰に隠れる。
「スンスン…おっと、お姉さまも居やがりますですね…ここからは静かにしないと…スンスン…」
足音を殺しながら、部屋を物色し始める。部屋の中には八兵衛の寝息と澄ちゃんの鼻息の音しか存在しない。
その時、鼻息が聞こえなくなる。
何事かと思い陰から僅かに身を乗り出して状況を確認すると…
「……ふぅ♡…ぅ……ぁぅ…」
澄ちゃんは僕のカバンの中に頭を突っ込んで静止していた。そして、その体は2秒ごとにビクンッ!と跳ねる。
三回ほど跳ねた後にガバァと徐に立ち上がる。
「あ…危ないところでした…危うく飛びかける所でした…」
ヽ(゜ロ。)ノの顔をしながらまたふらふらと部屋を物色し始める。
そして澄ちゃんはガバリとこちらへ振り向く。
「あ…」
「あ…」
焦点が定まらない眼となぜか目が会った。
そして、その眼がニタァ…と形を変える。
「やっぱりぃ…いるじゃないですかぁ…」
舌なめずりを一回ペロリ…瞬間カサカサカサァ!!と床を這いずるように近付いてくる。
いくら可愛らしい女の子であろうと、恐怖しか湧かない。
「ひぃぃぃいいいいいぃいい!!!」
「待ってください!!ねぇ!!お願い!!」
澄ちゃんは逃げ惑う僕の下半身に抱き着き押し倒す。
そして、僕の体はビタン!と床に倒れ伏してしまう。
「いたぁ!!」
「捕まえたです…」
ものすごい力で僕の足を羽交い絞めにする。
ヤラレル…そう思ったが、澄ちゃんはそこから動こうとしなかった。
「ねえ…天川さん…取引をしませんか…?」
「は?」
「恐らく、天川さん…いいえ…お兄さまがお姉さま起こさないのには何か理由があるんですよね?」
「…!?」
「でも、いざという状況になればお姉さまを起こす…私はそう考えたです。私のリップがお兄様の太もも、おへそ、そしてもう一回太もも、胸、首筋、そして『まうちゅとぅーまうちゅ』そのゴールまでの道のりは恐ろしく長いです…絶対それまでにお姉さまが起きるです…だから…取引です…」
しれっと呼び方を変えて、取引を持ち掛けてくる澄ちゃん。
思考は意外とクリアだった。
「ま…まあ、取引は聞くだけ聞いてみるよ…」
「ふふふ…そうですか…じゃあ、聞いてくださいです…。今私…興奮が収まらないんですよ…。だからね、少しだけさすって欲しいだけです。してくれたら、すぐ帰ります…むしろ、感触を忘れる前にしたいので直ぐ帰ります…」
「う、うーん?」
言ってることは分かるがなんか犯罪臭くて…前の世界の倫理観も少しは残っている僕は返答に困ってしまう。
「い…いやですか?な!なら…オカズ用写真でも…」
「え…ええと…それも…」
「ええ!?じゃあ…お兄様の近親相姦いちゃいちゃえっちボイスでも…」
「はぁ!?」
返答に渋っていると他にも代替案を出してくるがどれも大差が無い。
「そのどれかです…それ以外に譲歩はしません5秒以内に答えてください。答えてくれなければ電光石火で唇を奪いに全身リップしますよ、ごぉーーーー!!」
澄ちゃんの目が怪しく光る。
何か答えなければいけない。その状況が僕を焦らせる。
ええと、さするのもちょっとやばそうで…ボイスとか写真とかはそれはそれで…
「よおぉおん、さぁっぁん、にいいいぃい」
無情にもカウントが進んでいく。
「いぃぃいいち!!ぜえええろおおお!!」
やばい!?カウントが0に到達したか…?
…そう思った瞬間澄ちゃんの体が宙へ浮く。
「澄?何してるの?」
「……ん?お、お姉さま?」
八兵衛が澄ちゃんの襟を掴み持ち上げていた。
表情はニッコリと温和だが、声には明らかに怒気を孕んでいる。
「ねえ、澄…答えて?夕希様に何しようとしてたの?」
「ええと…そのぉ…あの…ちょっとお喋りをしようと…」
「ねえ…澄?私は嘘が嫌いなの…」
「あの…あと…ええと…ちょっとお触りを?」
それを聞いた八兵衛は澄ちゃんから合鍵を取り上げ、澄ちゃんを抱えたまま窓へと歩いて行く。
「お姉さま!!お姉さま!!許して!!ねえ!お姉さま」
八兵衛はそのまま、窓を開け。
ポイ☆ミ
すぐさま窓を閉め、鍵をカチャリ。
「夕希様?大丈夫でしたか?」
「え…今澄ちゃん窓から?え…ここ三階だよね?」
「大丈夫です…澄も女の子です、これぐらいじゃ死にませんよ」
ニッコリと微笑む八兵衛…。
これで一件落着…となるわけもなくて…
「それで…夕希様はその手紙を見てしまったわけですね?」
八兵衛の目は確かに僕の右手に持っている手紙へと向いていた。
 




