説得
「はぁ…はぁ…」
「ふぅ…」
二人の吐息が闇に漏れる。
背中には八兵衛の背中の温もりを感じる。
「ありがとう…八兵衛…」
「いえ…それよりも、まだ外にはあいつらが徘徊してます。ほとぼりが冷めるまで騒がないようにしましょう…。」
人差し指を口の前に当てて、シィーという合図をする。
そんな八兵衛はどこか疲れているようだった。
「それと電気は消しておきましょう…明かりを付けてると外から入られるかもしれませんから」
パチリという音共に部屋は暗闇と静寂に包まれる。
狼の遠吠えが聞こえる程部屋は静かだ。いや…窓からのぞいて見れば狼ではなく、僕のハンカチをゲットした女の子の雄叫びだった。
廊下にいる女性たちは諦めたのだろうか?外からは何も聞こえない。
「覗き穴から確認しましたが、外にはまだ何人か待ち伏せしているようです。今日は私の部屋に泊まっていった方がいいのかもしれません…」
「分かった…ありがとう、今日はお世話になるよ」
簡単なやり取りをして、部屋はまた静寂に包まれてしまった。
僕たち二人の間に気まずい微妙な空気が流れる。
「……」
「……」
そんな空気を消したくて慌てて口を開く。
「…ねえ八兵衛?」
「…あの、夕希様?」
二人の言葉が重なる。
「あああ、ご、ごめん、八兵衛からいいよ」
「いえいえ!?私の方こそ…夕希様からどうぞ」
「そ…そう?じゃあ、話したかった事を話させてもらおうかな」
「え、ええ…お願いします」
「それで、話したかったことなんだけど西郷道元にあって来たよ」
僕の言葉に、八兵衛の喉がゴクリと鳴る。
ここからは僕も真剣だ。誤魔化し無しの直球勝負。
「八兵衛の強姦事件の事聞いてきたよ…男児支援者である五条八兵衛が西郷道元本人を屋敷内で襲ったって聞いたよ。それで、八兵衛が学校を辞めさせられるギリギリの状況だってことも」
確信を触れる言葉に八兵衛の瞳が揺れる。
「そう…そうですか…なら、私は解雇って事ですね、これで私もこの学校から解放されることになりますね」
「八兵衛は辞めたいの?」
「え…ええ…やめたいですとも」
「それで、本当にいいの?」
「ええ!わがままな男性から離れられてせいせいします。ええ…夕希様のお世話も大変だったんですから!!」
震える言葉で僕を拒絶するような言葉を投げかけてくる。
それは、間違いなく八兵衛の心の逃げだ。僕はそんな逃げを許すつもりはない
「それじゃあ…さっきは何で助けてくれたの?」
「さっきのは…体が勝手に…あ!…いや!…まだ、手続き上は私が男児支援者ですから助ける義務があるから、それだけです!」
「じゃあ、僕に連絡せずに勝手に学校を休んだのは?義務なんでしょ!」
「そ…それは…ええと…そう!お腹が痛かったんです!体調不良なら仕方ありませんよね!!」
僕の詰問に歯切れの悪い回答をする八兵衛。
違う…僕が言いたいのはそんなことじゃなくて…。逃げ道を防ぐってそういう事じゃなくて…。
そう思った瞬間、もう喉から声は出ていた。
「ねぇ…八兵衛、僕は八兵衛にこのまま支援者を続けて欲しい、強姦事件なんて知らないよ!!僕にとって八兵衛は一番の支援者だよ」
八兵衛の顔がボンッ!と暗闇でも分かるぐらい真っ赤になり、手をバタバタと振り回す。
「え!?その…あの…えと…」
「駄目かな?僕は八兵衛と離れたくない!そんな気持ちも許されないのかな?」
慌てる八兵衛の目線にしっかり合わせて、自分の気持ちを伝える。
この一か月短い時間だったが、ずっと一緒にいて色んな八兵衛を見てきた。照れた八兵衛。怒った八兵衛。男性に誠実な八兵衛。そのすべてが魅力的で…、強姦なんか嘘だとしか思えなかった。だから僕はまだずっと一緒にいたいその気持ちを素直に伝えた。
しかし、彼女は僕から目線をずらし地面を見た。
「えと…あの…その…駄目なんです…。私たちが一緒にいたら…」
「どうして?八兵衛が僕の事嫌いになっちゃった?」
「そんなことないです!!!」
「じゃあ何で?理由を…教えてよ」
「それは…その…お教えすることもできません…夕希様が苦しむことになるから…」
「絶対教えない」そんな意思を感じるその瞳から八兵衛の優しさを感じて胸が苦しくなる。
しかし、僕は今日は絶対に引くわけにはいかないんだ。絶対に八兵衛を説得すると決めたんだ!
「それって…西郷君に関係することだよね?」
「…!?…やめてください…もう…解雇でお願いします…。私の事を解雇してください…後生です…」
懇願するように解雇と繰り返す八兵衛。その眼にはうっすら涙すら見えた。
こんな状態の女の子を説得するなんて僕にはできないと不安が心を支配する。だめだ!!諦めちゃ!!自分の少ない女関係の中で今取りうるべき最高の行動は何かと思案する。
そんな時…一つだけ思いついたことがあった。
「ねえ、八兵衛…おいで」
両手を広げて八兵衛の前に座る。
八兵衛は目に涙をためてぽかんとして表情だ。
「ん…おいで…」
「ゆ…夕希様!?」
何を言っているのか分からないという表情を浮かべなら、恐る恐る僕に手を伸ばしてくる。
僕はそんな八兵衛を…思いっきりハグした。
「ガバァ!!捕まえた!!」
「んにゃあああ!?ちょちょちょちょ…ちょっと…夕希様?」
驚きに混乱し、八兵衛は手をバタバタと震わせる。そして最後には壊れ物に触るように僕の腰に手を回した。そして、真っ赤になり一つも口を開かなくなってしまった。
女の子を説得するためにはハグしてじっくりお話をする。それが一番良いと姉が言っていた。
ハグの効果はてきめんだ。だから後は話をするだけ…。
「ねえ、八兵衛…お伽話を聞いてくれるかな?」
「…?ええ…」
ハグしている八兵衛の耳元に口をつけて、ゆっくり物語を始めていく。
「あるところに女の子の性欲を掻き立てるフェロモンを分泌してしまう男の子がいました。その子はずっと女の子を避けて過ごしていました。しかしある日、女の子二人が男の子を取り合う事件が発生してしまいます」
「は…はあ?…なんかよくある話というか…フェロモンはあんまり聞いたことないですけど…」
「その男の子は運悪く取り合い事件に巻き込まれて死んでしまいます!そして死後の世界に行き、女神様に会ってこう言われます。もっと女性の多い世界に行きなさいと…そして犯されなさいと」
「ええ!?急展開ですね…それでその後はどうなったのですか?」
「危ない事は何度もあったものの、犯されることなくすくすくと男の子は成長していきます。しかし、そんな状況にしびれを切らしたのか、女神様が男の子の発言を好きに乗っ取ることのできる魔法がかけられてしまいます。」
「ええ?やばいじゃないですか!?」
「でも、大丈夫です…五条八兵衛という彼の理解者がいたから…彼女は気持ちに任せて彼を襲うことは無く、最後まで彼を毒牙から守り通したと言います。おしまい」
瞬間、八兵衛はハグを解き、ハッとした顔で僕の目を見る。
「い…今の話って…」
「そう…僕自身の話だよ」
「嘘…じゃないですよね…夕希様が嘘をつくときはもっと口角が上がりますもんね…」
「嘘じゃないよ…てか、僕そんな癖があったの…」
「フェロモン体質?…たしかに…そう考えると、みんなの様子がおかしかったのも…いや…確かに良い匂いはするけど…でも、私に効かないのはなんで…?」
「さあ?分かんないけど…八兵衛の誠実さがそうさせてるんじゃないかな?」
八兵衛は驚きの様子を隠せない。
そんな八兵衛に畳みかける。
「あの…僕は八兵衛に側にいて欲しい…女の子から守って欲しいのもそうだけど、一緒にいると色んな表情をしてくれる八兵衛が可愛いから、僕自信を理解してくれるのが嬉しいから…
…だから!僕の男児支援者であり続けてください!」
渾身の言葉で…ただ素直に自分の気持ちを伝える。
「私でいいんですか?」
「八兵衛がいい」
「私もいつかはあなたを襲うかもしれませんよ?私、強姦事件の犯人ですよ…」
「八兵衛は強姦なんかしないよ…それに、八兵衛だったら襲われてもいいよ」
「!?それは?女神様に言わされてるという例の!?」
「いや…これは本心かな?」
「そんなこと言ってたらいつか本当に襲われますよ!!」
顔を真っ赤にさせてぷんぷん起こる八兵衛が可愛らしい。
「でも…そういう事なら…私が守ってあげないといけないですね!!分かりました、これからも末永くよろしくお願いします!」
そういった八兵衛の笑顔に屈託は無かった。
明日も投稿します




