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忘れたころに

 女子寮に着いた時辺りは暗くなっていた。かなり暗くなっていた。一刻も早く八兵衛に会いたいその気持ちからすぐさま車から飛び出していた。

 

「クマちゃん!!ありがとう!!このお礼はまたするから!!」

 

 駆け足のまま女子寮へ突っ込み、階段を一足飛びに駆け上がっていく。

 ゴツンっ!その時に何かにぶつかる。

 

「いってて…ごめんなさい急いでて…あれ?」

「ご、ごめんなさい…私も…ってあれ?」


「天川さん!?」

「澄ちゃん!?」


 そこにいたのは八兵衛の妹、澄ちゃんだった。

 その澄ちゃんは血相を変えていて。

 

「ああ…天川さん…お姉さまが……お姉さまが…その…」

「澄ちゃん?…」

「あの…その…うぅ…えええん…えぐぅ、ひうぅ…」


 僕を見るなりその場で泣き出してしまった。

 

「ちょ…ちょっと澄ちゃん?どうしたの?」

「っぅ…えぐぅ…うう…」


 そんな澄ちゃんの頭を撫でて、ハンカチで涙を拭ってあげる。

 そうすると、感情も少し落ち着いて来たようで…

 

「うぅ…お姉さまが…お姉さまが…」

「うん…大丈夫だよ、ゆっくりで。八兵衛がどうしたの」


 嗚咽をこらえながらも澄ちゃんは少しずつ言葉を吐き出していく。

 

「お姉さまが……その…学校を辞めるって…ダントクを…辞めるって…これで男児支援者もやめだって…」


 胸をこん棒で叩かれたような衝撃が走る。

 は?学校を辞める?男児支援者を辞める?

 僕に相談もなく?僕は八兵衛に捨てられたってこと?八兵衛の信頼が得られていなかったことに、八兵衛の支えとなれていなかった僕に…ショックを隠し切れない。


「八兵衛が…辞める…?」

「そうなんです…さっき、お姉さまの部屋で…そう言われて…」

「澄ちゃんごめん!!僕行かなきゃ!」


 澄ちゃんの言葉を聞くや否や僕は走り出していた。

 廊下を階段を駆け抜ける。八兵衛の部屋までが待ち遠しい。

 

「ごめんなさい!…はぁ…あっ!すみません!」


 すれ違いぶつかる女子たちに謝罪をしながらも走ってゆく。「ちょっと気をつけなさいよって…天川君!?」なんて声が後ろから聞こえてくるが、今は許してほしい。急がなきゃなんないんだ。

 2階…3階…2段飛ばしで駆け上がる。

 

 

「A315号室…」


 何回も来た事のある部屋だ。そしていつものようにインターフォンを押す。

 ガタガタガタッと音が聞こえる。

 しかし、中から誰も出てくることはなかった。

 

「八兵衛…僕だよ…天川夕希だよ…」


 扉に言葉をかけても返事が返ってくることはない。でも、声を上げることを辞めちゃだめだ。

 このまま、指をくわえて八兵衛が去っていくところなんか見てるだけなんてそんなのは駄目だ!!!

 

「八兵衛!お願い!話を聞かせて!!」


 扉に思いっきり声をかけ続ける。枯れても構わない。迷惑だと言われても構わない。今日は話をするまで帰れないんだ!!


「八兵衛、声だけでもいいから!!お願い!!少しだけでも!!」


 その時インターフォンから声がする。

 

「夕希様…ですか?」

「そう!そうだよ!僕だよ…」

「そうですか…私から話せることはありません…お帰りください」


 しかし…八兵衛の声は無機質に僕を拒絶するものであった。


「ちょっと!ねえ!待ってよ!僕には話したいことがいっぱいあるんだ!」

「はい、分かっております、それでも無理なものは無理です…」


 その瞬間…ブツっという音と共に声が聞こえなくなった。

 八兵衛との細いつながりがさらに細くなったように感じる

 でも、そんな僅かなつながりを手放したくなくて、何度も何度も呼びかける。

 

「ねえ…ねえってば!!開けてよ!!」


 そんな時に後ろから声がかけられる。

 

「天川さん!!」

「澄ちゃん!?」


 目と鼻は赤くして、息を切らしてそこに立っていたのは澄ちゃんだった。

 

「どうですか?お姉さまとは何か話せたですか?」

「いや…何も…」

「そうですか…天川さんでも…」


「澄ちゃん!!めったなこと言っちゃダメ!!」

「…!?…そうですね」


 一瞬諦めかけた澄ちゃんだが僕の声で奮起する。

 僕と一緒に扉へ声を張り上げてくれる。

 

「お姉さま!!少しでいいからドアを開けてくださいです!!」

「八兵衛!!」


 僕たちは何度も声を上げ続けた。



 ……

 

 …



 いつしか疲れ果てて、僕達は二人そろって扉の前にへたり込んでいた。

 あれから一時間ぐらいたっただろうか、八兵衛は出てくることはない。

 そんな疲れ切った状況に澄ちゃんは呟く。

 

「ねぇ、天川さん…お姉ちゃん出て来ませんですね」

「そうだね…これは、いつまでかかるかな?」


「さあ…分かんねえです、でも、天川さん…一つ分かってることがあります」

「…?なに?分かってることって…」




「天川さんはお姉ちゃんを捨てて、私を男児支援者に…いや、結婚相手に選ぶべきです」

 

 

 

 その声が鼓膜に届いた瞬間に嫌な汗が噴き出る。

 すぐさま、急いで立ち上がり澄ちゃんに向き直る。

 

「ふふふ…どうしたんですか?なんでそんな焦ってんですか…?」


 澄ちゃんは右足に体重を乗せて、右肩を壁に寄っかけていた。

 その眼はキョロキョロと焦点が定まっておらず、口角は引きあがっていた。

 僕よりも小さいその体躯に威圧感は超ド級。

 

 その時に気付く、<<大声を上げていたことによってじんわりと僕が汗ばんでいることに…>>

 

「まさか…このタイミングで…」

「ずっとお姉さまの応援しようと思っていました…でも、できねえです…そんな、誘うような匂い出されたら我慢できるわけねえじゃねえですか…」


「ね…ねえ澄ちゃん…少し落ち着かない…?」

「…?落ち着くです?何がですか?私は落ち着いてますよ?天川さんは私の事を誘ってて、私はそれに応えて性欲をぶつける…至って普通の事ではねえですか…?」


 ふらふらと千鳥足で僕すり寄ってくる澄ちゃん。

 ダントクに通う女性って、性欲を抑え込む能力のテストとか、男慣れのテストとか受けて入ってくるという前提を揺るがすような肉食獣の目だ。

 

「ねぇ…知ってるですか?女性寮ってえっちのために建てられたんですよ?女子生徒が男子寮に入れないからってルールがあるからです。つまり…この女子寮では自分の部屋に連れ込めば何しても合意…そんな不文律があるんです…」


「はあ!???」


「ねぇ、天川さん…子供はラグビーチーム作れるくらい欲しいです…」


 澄ちゃんが飛び掛かってくる。

 …その瞬間、澄ちゃんの上に何かが落ちてくる。

 ドスン!!その衝撃を受けて澄ちゃんは地面に倒れこむ。

 

「んふふ…夕希君…危ないところだったね…さぁ、ここは危ないから私の部屋へ行こう!!」


 かっこよく登場したのは…知らない人だ。その人は目をどす黒くしながら僕を部屋に誘ってくる。あ…僕これ知ってる、やばい奴だ。

 

「まてぇえぇええ!!夕希はあたしとこの後予定があんだよ!!」

「わたくしとダンスの予定がありますのよ!!ベッドの上で!!」

「うちとの乗馬ごっこはどうしたん!?夕希!!うち待っててんで!!」


 知らない人たちがにょきにょきと物陰からつくしのように生えてくる。

 

「Oh…」

 

 そんな女の子たちが一斉に飛び掛かってくる。

 つかまれば終わりだ。解放されるのは何か月後になるだろうとかいうレベルだろう。

 

「ぬおおおぉおおおおお!!!」


 大声を張り上げて何とか避ける。

 しかし、それは第一陣目、第二陣や第三陣目も待ち受けている。

 

「夕希たん!!待ってええええ」

「ゆうききゅーん!!ちょっとみりゅく飲ませてくれるだけでいいよー!!」

「天井の染み数えてれば終わるからああ!!」


 そんな、飛び掛かってくる女の子に僕の制服の上着を投げつける。

 制服は一人の女の子に上手い事からまる、地面に倒れこむ。

 

「もごぉおお!もごもごぁ!!」


 制服の中で言葉にならない声を上げながら足をバタバタとしていたその女生徒は、少しずつその動きを弱め、ピクリとも動かなくなってしまった。

 そして、その動かなくなった女子生徒に他の女子生徒がわらわらと群がる。否…僕の制服に群がっている。

 

「まるで…ゾンビの様だ…」


 そんな軽口をたたくことができるぐらいには僕の心は落ち着いている。

 前に襲われた時は恐怖で意識を飛ばしてしまったが、もう二度目だ。今回は絶対に逃げ切るぞ強く心に刻む。

 

「そらあぁあ!!とってこーい!!」


 僕がハンカチを窓から投げ捨てると幾人かの女生徒が窓から飛び出す。

 

「それを捨てるなんてとんでもなーーーい!!」

「あれは夕希君じゃない!分かっててもむりぃ!!体が回収しに行っちゃううう!!」


 窓から様子を確認すると飛び降りた女生徒は素早く受け身を取り、ハンカチの端っこを持って四人で仲良く引っ張りあっていた。


「ふぅ、危ないところだった…」


 周りを見渡せば同士討ちによって女生徒は減っており、今ならば抜け出せるかもしれない。僅かな逃げ道を何とか探そうと注意深くあたりを観察する。

 

「あそこ…は無理で…、階段もギリギリ無理かな…」


 可能性が一つ減るたびにこめかみに汗が流れる。

 そんなこめかみに流れる汗を拭き取られる。

 ありがたい…、汗は集中力を乱すからな…。

 

「ありがとう…たすか…」


 左を向くと、そこには人差し指で僕の汗を拭い、ちゅぱちゅぱと舐めしきっている澄ちゃんだった。

 

「あまぁ~い…です…。もっと、もっと舐めたいです…。願わくば、脇のあたりの蒸れてそうなところとか、太ももと袋の間の汗溜まるところとかもお願いしますです!!!ああ…でも足の指の間も捨てがたいです…」


 そのまま、澄ちゃんは僕の両足首を使い、寝技に持ち込もうとしてくる。

 

「私の縦四方固め、横四方固め、上四方固め!好きなの選んでいいですよぉ!!」

「ちょ…待って!!澄ちゃん!!袈裟固め!!それで!!」


「袈裟固めは密着が少ないから無しです!!許されません!!そんなのを選ぶなんて罰です!!そんな天川さんにはぶっちゅーの刑です!!愛のある舌をからませあう最高のファーストキスにしましょうね~です!!まずは上唇ハムハムの攻撃で~す!」


 そのまま僕を抑え込んでくる。顔を両手でロックしてくる。

 僕より明らかに小っちゃい彼女はビクともしない。

 

「ああ…澄ちゃん…」


 もう、僕のことを犯しつくすまで、僕の声は興奮剤にしかならないだろう。

 この世界でも結局こうなっちゃったのか…女神はほくそ笑んでいるだろう。しかし、前世と違って後悔はない。僕はやりたいことができたから。

 もうこうなったら夜の世界で頂点を目指してやるぜ!そんな覚悟さえ決める。

 

 

 

 

 ガチャリ…

 

 その瞬間…扉が開く。



「夕希様伏せてください!!」



 その瞬間僕の上に乗っている澄ちゃんの胸元に回し蹴りが決まる。

 

「天川さん脱ぎ脱ぎしま…んげぇええ!!!」


 ニタニタとした笑いを浮かべる澄ちゃんはそのまま吹っ飛び寮の壁に頭から突っ込んでしまった。

 

「八兵衛!?なんで??」

「夕希様!!話すのは後!!今は私の部屋に!!」


 部屋に連れ込もうとする八兵衛…出ないのは目を見れば一瞬で分かる。僕は八兵衛に手を引かれ一緒に部屋に飛び込む。


「先っちょだけだから!!ほんとに先っちょだけ!!」 

「まてよぉおお!!ゆぶううぎぃいい!!」


 僕たちを追いかけて一緒に部屋に飛び込もうとした輩たちは八兵衛に投げ飛ばされる。


 「ふん!!おらぁ!!」

 

 ガタン!!ガチャリ!!全員を追い出したところで鍵を閉める。

 僕と八兵衛はその場に座り込んだ。

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