西郷道元
西郷の家までクマちゃんの車で向かう。場所は学校から少し離れた、旧市街の一等地に構えているらしい。
僕とクマちゃんは知らなかったが、どうやら西郷家は貿易関連で財を成した名家らしい。
「で…でけぇな…」
西郷家の屋敷を見て、クマちゃんが呟く。
門から僅かに見える庭園では庭師のおじいちゃんが枝切りしているのも確認できる。インターホンを押すことがためらわれる程の豪邸だ。
「これ…アポなしで来て大丈夫だったんですかね?」
「さ…さあ?でも、手紙には困ったら頼れって書いてあるし…大丈夫なんかじゃないか?さ…さぁ…天川行けよ…」
「ちょ…ちょっと…心の準備が」
しれっとインターホンに向けて僕の背中を押すクマちゃん。
「先生が押してくださいよ!」
「いやいや…俺が不審者だと思われて無視されたらどうするんだ?ここは男であるお前が押した方がいい!」
「いやいや…先生はこんなに小っちゃいんだから不審者扱いなんかされませんよ!大丈夫です!」
「ああ!!今小っちゃいって言ったな!!この天然小悪魔エロ天使!!」
「先生!!その渾名は意味が分かりません!!訂正してください」
こんなしょうもない言い合いをしていると門の内側から声がかかる。
「こんばんは…お嬢ちゃん、お坊ちゃん…仲良く喧嘩してどうしたのかな?」
先ほど玄関から僅かに見えた庭師のおじいちゃんだった。
ラフな服装で肩に葉っぱを付けて挨拶をしてくれる。
しかし、その挨拶にクマちゃんは納得いかなかったようで…
「俺はお嬢ちゃんなんかじゃねー!!立派なレディーだ!」
「ほっほっほ、すまんな…お嬢ちゃん、お嬢ちゃんはお坊ちゃんの妹かな?」
「ちげー!!むしろ保護者だ!ほ・ご・しゃ!!あたしはダントクで教師をやってる虎山熊子だ!」
「ほっほぉっほっほぉ…先生でいらっしゃったか…これは申し訳ない」
クマちゃんの剣幕をのらりくらりとかわす好々爺。
その好々爺はそのままふらりふらりと僕の元まで歩いてくる。
そしてその笑顔のまま僕の瞳を覗き込んでくる。
「良い瞳をしているのぉ…」
「は…はぁ…?」
「瞳は魂を映す鏡…君は神様に気に入られてるじゃろう?」
「…!?…女神様を知っているのですか?」
「いいや…知らないさ、見たことも聞いたこともない。でも…いるのならば君みたいな子を気に入るだろう…そう思っただけじゃ」
急に女神様の名前を出されて、心臓が跳ねる。
この好々爺はどこまで何を知っているのかが見当つかない。質問をしてものらりくらりとかわされる。つかみどころのないお爺さんだ。
そのおじいさんが瞳の奥まで見透かすように言葉を放つ。
「君は為したいことがあるのかね?」
「え…為したいことですか」
突然の言葉に聞き返してしまう。
「そう…為したいこと…君の譲れないものといっても差し支えないもなじゃ」
「は…はぁ…う~ん、楽しく生きることですかね?」
「いーや…それでは無い、君は最後にはそんなことを放りだすじゃろう」
頭の中で色々浮かべる?やりたいこと?圧倒的フェロモン体質を直したいとか?いや…それは前世程はやりたいことってわけでも無いし…。
色々思案しながら無言が続く。
「……」
「なるほど…まだ決まってないという事か…」
「そ…そうかもしれませんね?ごめんなさい…」
「いや…いいんじゃ…また決まったら教えてくれ、それじゃの!それとメイドを呼んでおいたから要件はそちらへ」
そんな勝手なことを言いながら、トボトボと庭園の方へ戻って行ってしまう。
僕はクマちゃんと顔を見合わせる。
「何だったんだ?」
「うーん、全く分からないです」
「耄碌した爺だろ!まあなんにせよインターホン問題が解決して良かった」
そう言って、クマちゃんと軽口をたたきながら少し待つと中から女性が出てきた。メイド服を纏っており、気品のある佇まいだ。
その女性はすぐさま門の鉄格子を開けてくれる。
「こんばんは、ご足労ありがとうございます。ご用件はなんでしょう」
「ええと…この手紙のことなんですけど…」
「なるほどあなたが天川夕希様ですね?」
「は…はい!」
「申し訳ありませんが、現在道元は留守にしております。帰ってくるまで30分少々かかりますが、日を改められますか?客間で待たれますか?」
クマちゃんの方を確認すると、「俺は時間大丈夫だから好きな方で」と小声で返しくれた。
「それなら、中で待たせてもらいます」
「分かりました。それならば案内いたしますので私の後に」
そういうと、メイドさんはくるっと踵を返し屋敷の中に向かいだす。それに遅れないように僕たちも慌てて着いていく。
……
…
通されたのは一般的な客間、ソファーやら花瓶やらゲームで見たことあるような客間だ。
「本当に広いな、こういう所って隠し通路あるか気になるよな?」
「いや…ゲームじゃないんだから…」
そんな客間にゲーム好きのクマちゃんは興奮していた。そんなクマちゃんを落ち着かせるように突っ込みを入れる。
そしてクマちゃんを諭すように暖炉の横の出っ張ったレンガを押す。
「そんなものあるわけないよ…ほら、この暖炉も特に何もないし…」
ガコンッ!!
出っ張ったレンガの一部分が完全に取れてしまっていた
「え…まじ!?」
「わわわ…やっちゃった!?」
「お…おい、アロンアル〇ァあるから、使ってくっつけろ!」
「あ…ありがとうございます」
すぐさまレンガの欠片をくっつけようとするが上手い事くっつかず、すぐに取れてしまう。
その時、ガチャリと客間の扉が開く。
「あわわあわ…」
「天川!急げ!」
見られては怒られると思い、僕たちは急いでレンガはカバンに押し込み、客間のソファーに姿勢を正す。
入って来たのは、小太りの少年と先ほどのメイドさんだ。
そして二人は机を挟んだ僕たちの前のソファーに座りニタリと笑ってくる。
レンガのことがばれたかと思い、背筋が凍る。
「こんにちはぁ、天川君!キミのことをずっとまっていたよぉ、僕は西郷道元、君の仲間さぁ」
そう言いながら、完全に作り切った笑顔を僕に向けてくる。
レンガは全くばれていない様でほっと胸をなでおろす。
「こんにちは、天川夕希です。こちらは僕の担任の虎山先生です。それで…単刀直入にこの手紙の事なんですけど…」
「いやいやぁ…待ってくれよぉ…まずはその手紙よりキミのことだ」
「僕の…事?」
手紙の話に持っていこうとする僕を制して話をする西郷君。なんだか少し胡散臭い人だな。
「そう…君のことだぁ…君はあの八兵衛に何かされていないかな?例えば言葉によってセクハラをされたり、例えば偶然を装って体を触られたり…とかかなぁ」
八兵衛のセクハラ?そんなもんあるか!と言いたいがあの一緒にお風呂事件なんかは強くは否定できない。まあ、僕自身としてはあれぐらいならば別に全然大丈夫なんだが…と返答に困る。
「僕は知っているよぉ…あの八兵衛によってキミの貞操が奪われかけた話を…そして君はあれを八兵衛の天然だと思っているぅ…どうだい違うかい?」
「え…?ええ…まぁ…」
「なに?ほんとか?天川!!?」
言葉を濁す僕に、驚愕するクマちゃん。いや…真に受けないでよ…。
そんな僕の反応に笑顔の西郷君はご機嫌に話を続ける。
「そうだろぉそうだろぉ!しかし、八兵衛は天然ではない…あれはすべて計算だ」
「は…?」
「奴の本当の姿はただの男狂い、それは彼女が僕の男児支援者だったころから見せていた姿なのさぁ!」
「それって、僕に渡した手紙にも書かれていたことにも関係しますか?」
そういうとニタリと嗤い、立ち上がって両手を広げる。
「そう!そうなのさぁ!!彼女はちょうどこの部屋で半年前に僕のことを強姦したのさ!!服を破かれ、ちょうどここのソファーに押し倒された。何度も大きな声で助けを呼んだことを覚えているぅ!それ以外の時にも…僕のことを触ろうとしたり、寝顔を覗きにきたりとその行動は思い出すだけで腹立たしいよ!」
そう言いながら八兵衛の昔話をぐちぐちと繰り返し始める。
昔の話だ、この話が嘘かどうかは僕には確かめようもない。
しかしただ一つ言うとすれば、八兵衛はそんなことしなさそうというぐらいだろうか?
そんなことを考えていると、西郷君が僕の横に座り肩を組んでくる。
「だからこそぉ、僕たちは仲間なのさ…!悪い事は言わない!八兵衛を男児支援者から解雇するんだぁ!僕みたいな犠牲者を増やしたくないんだぁ!!ただそれだけなんだぁ!大丈夫…八兵衛が怖いって言うのなら西郷家を上げて協力する!どうだい?」
僕に張り付けたような笑顔を向けてくる西郷。
この作り笑いのせいで彼の真意が分からない。
その瞬間先ほど聞かれた質問を思い出す。
「西郷君…君の為したいことって何?それは譲れないものって言っても差し支えないものなんだけど」
「為したいこと?僕は男性の権利を守りたいんだぁ!ただそれだけだよ!」
西郷君の眉間に一瞬皺が寄るのを見逃さなかった。恐らくこれは彼のやりたいことでは無いんだろう。それだけは分かる。なるほど…あの老人もこうやって見分けていたのか。
「八兵衛を解雇しても別の男児支援者になるだけだと思うんだけど…それについては?」
「それは大丈夫だよ!男児支援者は解雇期間3ヵ月以上または二人以上からの解雇で資格の永久剥奪だ行われるんだ!つまり、君が彼女の首を切ればもうこの学校には戻ってこないってわけ!恐らく、五条家からも追放されるかもね?化物女の退治ってわけさ!どうだい?良い話だろ?」
作り笑いでは無い笑顔でゆうゆうと未来予想図を語りだす。なるほど…彼の本質が少し垣間見えたような気がする。悟った瞬間僕の心は一つに決まっていた。まあ、元々一つだったんだけど。
「あの…僕は八兵衛を解雇をするつもりはありません」
西郷君はオーバーアクションでのけぞり、僕の言葉に驚いている。
「はぁ…?キミはあの強姦魔と生涯を共にしてもいいと!そう思っているのかい!?」
「あの…強姦されたならその時後悔することにします、僕が自分自身の目で八兵衛を測ることにします、できたら放っておいてください!それでは!!」
「ちょ…ちょっと待ってよぉ!!君は絶対に後悔するよ!!それでもいいの?」
追いすがる西郷君を振り払い、部屋の出口へと歩いていく。
ふと、その時に気付く。僕は怒っているのだと…。そうか…そういう事か。
八兵衛を馬鹿にされたことを…何も話してくれない八兵衛を…そして、こんなところまでわざわざ来ている僕自身に怒っているのか。
するとどうだろう…今後すべきことが明確になるではないか…今すぐに八兵衛に会わないといけない。
「クマちゃん!!どうやらここには僕の聞きたかったことは無かったみたい!!それと、もう一つ行きたいところができちゃったんだ…僕を学園の女子寮まで連れて行ってくれない?」
自然と僕のやりたいことは口に出ていた。




