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大人の余裕

あの手紙に関するやり取り以降、一週間以上八兵衛と会うことすらできない。寮の部屋のインターホンを押しても、メール等の連絡をしようとも、一切の反応が無いわけだ。

 

「はぁ…なんでだろ…僕、間違えちゃったかな…」

 

 教室で一人、手元の件の手紙をクルクルとまわしながら思案する。

 あの短いやり取りの中で、僕が言ってはいけないことを言ってしまったのか?八兵衛の逆鱗に触れるようなことを言ってしまったのか?

 やり場のない後悔が胸に渦巻く。そんな後悔を吐き出すように大きな溜息。


「はあぁぁぁあ…」


 その時、机の向こう側から声がかかる。

 顔を上げるとクマちゃんこと虎山熊子先生が机に寄っかかって僕の顔を覗き込んでいた。


「そんな、でっかい溜息ついてると幸せ逃げちまうぞ~」

「ああ…クマちゃん…おはよう」

「お…おいぃ!クマちゃんは学校ではやめろよ!学校では()()()()だろ!ま…まあ?二人っきりの時はクマちゃんでいいんだけどさ…」

「あ…ああ、ごめんなさい…虎山先生…」


 八兵衛のことで頭がいっぱいでいつも遊んでいる時のように返答することができない。

 そんな僕の様子にクマちゃんも普段とは違うと感じたようで、僕の前の席の椅子に座る。


「…どうした?悩み事なら聞かせてくれ…」


 そんな言葉と同時に、優しい眼をしながら僕の頭を撫でてくれた。僕の頭に頑張って手を伸ばしている姿は可愛らしいが、頼もしくも見える。


「誰かに話すことによって楽になることもある、俺じゃ頼りにならねーと思うかもしれねーが仮にも教師なんだ。それでなくても、お前は親元離れた14歳の男なんだ…ここで見捨てりゃ女が廃る。頼ってくれよ」


 手紙の内容のこともあり、話すの事を一瞬ためらうが…

 凪いだクマちゃんの目を見ていると、どうしようもなく頼もしく感じられてつい言葉がこぼれてしまう。


「この手紙の事なんですけど…」

「ん?なんだこれ?少し読ませてもらってもいいか?」

「どうぞ…」


 クマちゃんは僕の持っていた封筒から便箋を取り出しパラパラと眺め、その表情を歪める。


「なんだこれ?…強姦?…八兵衛を解雇しろ?…そうか…これが悩みの種か…」

「ええ…これの話をしてから、八兵衛と連絡が取れなくなってしまって…何か僕が気に障ること言っちゃったのかと思って…」


「なるほどな…このことを八兵衛に伝えたことを後悔していると…」

「そうなんです…僕は間違ったことをしたのでしょうか?ただ、僕は八兵衛と話したかっただけなんです…」


 そんな思いの丈をぶちまけると、クマちゃんは慰めてくれる。

 僕の目尻を拭い、頬に手を当ててくれる。


「大丈夫だよ…あいつのことだ。お前を嫌いになるなんてことはないさ…」

「せんせぇ……」


 そんなことを言いながら、外が夕焼けに赤くなるまで言葉をかけてくれた。


 ……


 …


 前世も含めると僕の方が長く生きてるのにこんなにも甘えてしまう。やっぱり大人の包容力って大人として生きてきた年数なんだな。そんなことを考えるほどには心が落ち着いていた。

 先生は僕の落ち着いた顔を見て少し安心したようで。


「落ち着いたようだな」

「ええ…ありがとうございます!もう落ち着きました!」


「そうか…それなら良かった!あんまり気負うなよ」

「はい!もう一度八兵衛と話してみようと思います!!」

 

 そういうとクマちゃんはもう一度手紙を読み直し始める。

 そして、その顔は封筒の印の部分でハッとした表情を浮かべる。


「思い出した…この西郷とかいうやつ…前の八兵衛が担当していた家の子供か?」

「…!?…クマちゃん!!それってほんと!?」

「う、うん…いや…たぶん、そうだな、前言ってた問題起こして示談になった事件について話したろ、たぶんその家だな」


 今になって大事な情報を言い出すクマちゃん。それは僕にとって蜘蛛の糸の様なものだった。自信なさげなクマちゃんに詰め寄る。


「クマちゃん、もしかして西郷家の場所が分かったりする?」

「え…急にどうした?ま…まあ、うちの学校の子だし調べれば分かると思うけどよ…」


「今から会いに行く!!それでこんな手紙を出した理由を聞いてやるんだ!!」


 僕の心は一つに決まっていた。






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