不安の足音
先日は思わぬ来訪者がたくさん来たことで少し危ない事もあったが、それ以来はごく安全に過ごしてきた。そして、今日も今日とて八兵衛と登校しているのであった。
そして、いつものように下駄箱を開ける。
「あれ?何これ?」
見覚えのない封筒が上履きの上にちょこんと乗っていた。
少し小さめの茶封筒。お約束の展開ならばこれはラブレターだが…
「どう見ても、ラブレターなんかじゃないな…」
開けるかどうかを迷っていると横から八兵衛が声をかけてくる。
「またですか?転校してからもう10通目ですよね…今度はどの女の子を引っ掛けたんですか?私の妹もあれからショックで寝込んでますし…手を出すのもほどほどにしておいた方が良いと思いますよ」
「いやいや…僕としては手を出した記憶なんて無いんだけど…楽しくおしゃべりしてただけで…」
「そういうのが…女子からしてみれば私のこと好きかも…ってなるんですよ!!気が無いなら突っぱねてあげるのも優しさですよ。ちゃんと読んであげてくださいね!!」
そう言って、八兵衛は先に教室の方へ歩いて行ってしまった。
これは席を外すから早く読んであげろという八兵衛なりの優しさだろう。
「そういう事ならばここで読むしか無いか…」
封を開け中から出てきた便箋を取り出す。
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拝啓 天川夕希様へ
私はあなたのご活躍を影ながら拝見しております、西郷道元という一介の男子生徒にございます。
あなたの物腰、笑顔、知性どれをとっても世界へ羽ばたく人とはこういう人のことをいうんだ!と思い日々尊敬をしながらお手本にさせて頂いています。
ただ、あなたがこれからこの学園で過ごしていくにあたって一つの弱点が存在します。
それは、五条八兵衛という存在です。
彼女は過去に強姦という重い罪を犯しており、いつしかあなたの未来を奪いかねない存在です。可能であれば今すぐ支援者を変えられることをお勧めいたします。
よろしければ西郷家を頼ってください。
中等部2年 西郷道元
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八兵衛が強姦事件?八兵衛を支援者から変えろ?突拍子も無い事を書いてくる手紙だ。なんか西郷家とかでかい名前を出してきているが僕は聞いたことが無い。封筒にでっかいそれっぽいハンコなども押してあるが、おそらく質の悪い悪戯だろう。
「まあ、要求は無視すればいいか…時間があったら八兵衛にも見てもらうか」
八兵衛を待たせているため、妙な手紙をカバンの中に押し込め急いで教室へ向かうことにした。
教室では既に八兵衛は席に座っており、何かしらの文書を読んでいるようだった。
「八兵衛ごめんね?お待たせ!!」
大きな声を出して八兵衛に呼びかけるが、どこ吹く風だ。一心不乱に手元に持っている文書を読み続ける八兵衛。手に持っている文書をよく見れば、先ほど僕の下駄箱に入っている便箋と同じものではないか。
真剣な表情で読み続ける八兵衛…そんな様子をおかしく思いもう一度声をかける。
「八兵衛?それって…?」
「えっ!?あっ夕希様!?こ…これは何でもないです、それよりもうすぐ授業始まりますね!!準備しなきゃですね、そういえば!?夕希様今日の小テストの準備してきましたか?虎山先生のテスト難しいから頑張りましょうね」
急いで手紙をカバンの中に隠して、笑顔を見せてくれる。
しかし、その笑顔にはどこか陰りがあるようにも感じられた。
気になるが無情にも授業は始まる。
「おい!おめーら席に就け~!小テスト始めるぞー!!」
虎山先生の声とともに一日が始まった。
……
…
朝の八兵衛の様子が心配だったが、今日一日特に変なところは無かった。
いつも通り完璧な八兵衛。授業中も完璧な受け答え、体育の授業でも大活躍だった。
しかし、なんだか僕にはいつも通りには思えなくて…帰り道に彼女に尋ねてみることにした。
「八兵衛?朝の封筒のことなんだけど…」
「封筒?ああ…朝のラブレターのことですね?あれがどうしたんですか?」
いつも通りの返答のようにも思える彼女の声。しかしやっぱり何かが変だ。彼女とは幾年というような長い付き合いでは無いが、ずっと一緒にいるのだ。でも、このように平静を装われては内情を察することもできない。
ここは少し鎌をかけてみるか…。
「やっぱり、あの封筒にはなんか愛の言葉が書いてあったよ、困っちゃうよね…」
「…!?そうなんですか…返答はどうしますか?断るのが辛いようなら私から遠回しに伝えることもできますが?」
「そう?ありがとう…じゃあ頼もうかな?本当は僕の方から直接言ってあげればいいんだけど」
「仕方ありませんよ…いちいち会って返事してれば、会いたいという方が次から次へと夕希様の下駄箱へ押し寄せることになるんですから」
「それもそうかもね…」
「そんなもんですよ…それで相手はどなたですか?」
「相手はね…西郷道元という男だったよ」
西郷道元という名前を出した瞬間、分かりやすく八兵衛の方が跳ねる。
とっさに平静を装い直す八兵衛。
「!?…そうですか…お相手さまは男性だったのですか?男性から愛の言葉をもらったと…」
「ごめん…今までのは嘘、手紙には八兵衛が強姦事件を起こしたことが書いてあったよ?」
「そ…そうですか…そうなんですね…そのことが…」
次第に驚きの表情から絶望の表情へと顔色を変えていく八兵衛。
何かを諦めるような、怒りと悲しみを押さえつけているような顔だ。
「僕はその詳しい事を聞こうと思って…」
「そうですか…」
「だからさ…僕にも聞かせて欲しいな、そのことを…」
口を引き結んだ後に、ゆっくりと言葉を漏らす八兵衛。
「今年の春先に…私が強姦事件を起こした。そのままの…ことです。相手は手紙の差出人の西郷という男です」
「ちょ…ちょっと待ってよ、嘘だよね?」
「嘘ではありません…事件の詳細を聞きたければ相手方に話を聞かれることを願います、すみませんが体調が優れませんので私はここで…」
「ねえ…八兵衛…ねえぇ!!」
僕を置いて女子寮へ帰る八兵衛。いくら呼び掛けても彼女が振り返ることは無かった。
それから一週以上彼女と会うことは無かった。




