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二人の作戦

 

 八雲は焦っていた…。

 そしてもう一度手元にある夕希の情報収集の報告書に目を落とす。

 

「夕希くんの…童貞ロスト報告書…。男児支援者である五条八兵衛によって10月12日の深夜に盗まれたという疑いがかけられている…と。五条八兵衛といえばあの五条家長女の…くそ!!あの盗人《ロバリー》め…SHIIIIIIT!!」


 3年前、お母様の付き添いで行った社交界で会ったことのあるあの少女のことを思い出す。黒髪をくゆらせている美しい少女だった。話し方には知性を、表情には勇猛さを、そして所作には毅然さを感じさせた。この女の子には勝てない…そう思わされた。

 しかし、私には夕希くんがいる。こと男性関係においては勝っている…そう思っていた。

 

「まさか…夕希くんが…」


 手に持つコーヒーカップにも力が入る。この噂が事実なら夕希くんは五条家に婿入りするのだろう。そんな想像をすればこめかみの血管からぶちぶちという音が聞こえてくるようだ。

 

 ガシャン!!!気付いた時には机にコーヒーカップを叩きつけていた。

 カップは粉々に、右手からは黒いコーヒーと赤い血が流れる。

 

「お…お嬢様!?大丈夫ですか!?」


「……」


「お…お嬢様…?」


「おいぃ!!!!菊子ぉお!!さっさとこっから逆転する方法を考えろ!!秒でだ!!私は夕希くんを観察してくる!!!今日は学校を休む!!以上だ!!」


「…え?は…はい!!分かりました!!」


 おもむろに立ち上がり、メイドに怒声を飛ばす。

 もう怒髪天、普通ではいられなかった。ここからは時間が勝負。首を洗って待っていろ八兵衛め…。

 

 ……

 

 …

 

 朝…夕希と八兵衛の二人を後追う八雲。物陰から彼らの距離感、表情、会話、などの評価項目を確認していく。

 しかし、その表情は柔らかいものであった。

 

「ふにゃあ~ぁぁあ゛ん~夕希くん可愛すぎです~」


 前までは毎日見ていた夕希。それが転校によって引き離されたこの数週間。もう脳内麻薬が止まらない。

 

「はあ゛ぁ…ぁはああぁ゛…夕希くん尊すぎますよ…」


 ゾンビのように陰から伸びようとする右手を左手で抑え込む。

 危ない!!これは尾行なのだ…。

 

『夕希様?どうかしました?』

『う…うーん?なんかすっごい獣臭みたいなものを感じたんだけど…いつものことだから大丈夫か』


 危なかった。あれでいて夕希は性臭に敏感なのだ。それも強姦未遂事件後からさらに敏感になったきらいが有る。

 この性欲は一度抑え込まないといけない。静かに…研ぎ澄ませ…そして、その鋭く尖った感覚であの八兵衛を刺し返すのだ。

 絶対に夕希くんは渡さない。そんなことを考えながら夕希の観察を続ける。

 

『夕希様?首筋にごみついてますよ?』

『え?どこ?この辺?取れた?』

『いえ…もう少し右ですよ』

『どこ?取れた?取れてない?もういいや!八兵衛が取ってよ』

『分かりました…取れましたよ』


 無防備に首筋をさらけ出す夕希。それに何事も無いように手を伸ばす八兵衛。これまではあの場所は私の場所だったのに…。悔しさがこみ上げる。

 しかし、夕希の首筋を見ていると性欲も湧き上がる。

 

「くぅ…なんですか…あの挑発的な首もと…それに鎖骨まで少し見えちゃって…あの曲線美にチョコレート流してチョコレートフォンデュしたい…いや、むしろ夕希くんのバナナでチーズフォンデュしてもらって…それを隅々までペロリアンして…」


 久々に見る夕希に妄想が止まらない。先ほどまでは八兵衛に対するイライラで一杯だったが…今度は夕希のせいで下腹部にもイライラが募ってくる。


「失敗した…一発やって来てから来れば良かった…いや…でも、昨日の夜したばかりなんですよね」


 性生活を思い出しても慰みを一日たりとも休んだことはない。それでもこうやってムラムラするということは、夕希のフェロモンもあるだろうが、それよりもオカズコレクションの鮮度が下がっていることも大きいだろう。

 前は漂う香りで達するだけで十分だったのに、彼と交わした会話を思い出し脳内でぶち犯すだけで心が静まったのに…。

 

「駄目です…どうやっても収まらない気がします。」


 横のガラスショーケースに映る私の顔はひどいものである。目は血走り、顔色は真っ青。足取りもふらふらとおぼつかない。

 それでも、あの二人を尾行しなければ…重たい足を引きずりながら前へ進む。

 

 ずるり…ずるり…ガチンッ!!

 何かにぶつかる。

 

「いたぁっ!!ご…ごめんなさい大丈夫ですか…てあれ?」

「いやいや、こっちもごめんね、前見てなかった…って…え?」

「お姉さま!?」

「八雲ちゃん!?」


 目の前にいたのは夕希の姉である朝美であった。それも、私と同じ顔をしている。

 顔色は真っ青…唇まで白くなっている。目の下には隈ができており、快活な朝美とは思えないほどであった。

 その瞬間にすべてを悟る。

 

「お姉さま…何でここに…という質問は野暮ですね…」

「なるほど…八雲ちゃんも私と同じってわけね…」


「ええ…童貞喪失事件を聞きつけて来てみれば…」

「久しぶりに見た夕希に心奪われたってわけよね…」


 二人して顔を見合わせる。

 

「お姉さま…それであの八兵衛っていう女のことどう思います?」

「分からない…分からないけど仲が良さそうなのは確かね…なにか手を打った方がいいかもしれないわ」

「なるほど…現在私たちの方でも長期的な作戦を練っているところです。お姉さまの方でも何かありませんか?」


 そう尋ねるとやつれた顔で笑顔を作る。


「なるほどね…あるわよ…作戦。とは言ってもあたしのは短期的な応急処置みたいなもの…その作戦に八雲ちゃんを混ぜてあげてもいいわよ」

「…!?」

 

 朝美の口が八雲の耳へと近付く。

 そのまま、朝美は声が漏れぬように漏れぬようと気を払いながら囁く。


「情報が漏れないように答えはハイかイイエで答えなさいよ…まず一つ目…夕希が寮で過ごしているのは知っているわね?」


「は…はい…」


「次に二つ目…寮の中に合法的に入れる方法があるって知ってる?」


「…!?…いいえ…」


「最後…その方法はあたしには行使できて、八兵衛にはできないという事は?」


「…!!?」


 驚きのまま朝美の口元から耳を引いて、彼女の目を見る。猛獣の目をしているではないか…。

 私はそんな彼女の顔を見て同じようにほくそ笑む…。。


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