八兵衛とのおうちデート_2
固く握られた手が離されることは無かった。夜食の時でさえも、コーヒーセットを洗う時でさえも…そして、それはお風呂の時でさえも…。
「ほんとに…ほんとに一緒にお風呂入るの!?良くないって…男女で一緒にお風呂に入るなんて!!さすがに!!」
「それでも…それでも本当にお願いしますって!!一人で入るのなんて無理ですって!!後生です!!今日だけでも!!」
叫んで抵抗する僕にそれ以上の剣幕で対抗してくる、
さらに握る手に力を込め直し、絶対に離さないぞという姿勢。じりじりと脱衣所に追い詰められいつの間にか逃げ場も消えている。
「大丈夫です!私はこのアイマスク付けますから!!あ、そうだ!!夕希様もアイマスクを付ければ目から相手の肌までは布があるわけですから、実質服を着ているみたいなことじゃないですか!?そうです!そうに決まってます!」
「いや…それは暴論…」
「いやあ…我ながらいい考えだ!相手の肌に布がつけられているか、相手の肌から僅かに離れた目の位置に布がつけられているかの違いしかありませんもんね!!裸じゃないから!!アイマスクとは服を着たままお風呂に入れる画期的な方法なんです!!」
アイマスク着用=布で見えない=裸ではない=恥ずかしくない。という謎理論を展開する八兵衛。さすがに発想がぶっ飛びすぎてて意味が分からない。混乱する僕にさらに詰めよってくる。
「それで…どうなんですか?一緒に入ってくれるんですか?くれないんですか?」
「まって…待ってて!!今考えるから!!」
握る手にさらに力を込められる。恋人つなぎのせいで手のひらなんかはぴったりとくっついていて八兵衛の指先は僕の肌を少し赤くするほどである。これは仮に断ったとしても、「手を離して、各々お風呂に入るという」意見は出ないだろう。ただお風呂に入らずに一緒に寝るという話になるだけだろう。
どっちの方が良いのだろう…お風呂に入らない場合をシミュレーションしてみよう。まず断ったら…八兵衛はショックでかなり落ち込むだろう。そんな八兵衛を見て僕も何も思わないわけない。かなりショックだろう。
それに、僕のフェロモンは大丈夫だろうか?お風呂に入れず、臭いを落とせない僕と一晩、一緒の布団…いくら八兵衛でも安全だという保障は無い。しかも、八兵衛の心は今少し不安定だ…。
答えを出す、
それなら、お風呂に一緒に入った方がましだ。
「仕方ない…一緒に入ろうか?」
「やった、アイマスクは恥ずかしくないし当然のことですね!!」
そんな僕の葛藤とは関係なく、八兵衛はまだ意味の分からない持論をぶつけてくる。
それにしても…こんなこと言ってても他の人から感じるような性臭を全く感じないことから、本気で言ってるんだな感じ取れる。そういう点では安心できるが、通常の思考回路でこれなら性を覚えた瞬間どうなっちゃうんだろうという怖さが…。
まあ…八兵衛なら大丈夫か!胸に覚えた一抹の不安を掻き消す。
しかし…ここからが本番、鬼門。
二人してアイマスクで脱衣、入浴、着衣をクリアしなければならない。
ここからが本当に大変だった。
脱衣では…
「左手をつないでから、つないでる右手を一旦離して、袖を抜いて…」
ただのパズルだ。手をつないだ状態で服を脱ぐのがこんなに難しいとは。しかもアイマスクという困難がついている。ダブルパンチを食らいながら四苦八苦する。
しかし、そんな時にはダブルパンチだけではなく、トリプルパンチ目が来るもの…
「あ…やばい、シャツに引っかかってアイマスク取れそう…」
「え、え?大丈夫ですか!!アイマスクは気を付けてくださいね、私はもう何も着てないんですから、アイマスクが取れた瞬間裸になっちゃいます!!」
息を荒くしながら焦る八兵衛。それでも、手を離す気はないらしい。
「いや、その…たぶんこの状況じゃいつまでたっても、脱げないからアイマスクを抑えていてくれない?」
「分かりました、ええと…ここですか?」
「ええと…それ、僕の胸だから…」
「ぴゃああああ!!ごめんなさい!!」
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入浴では…
「ええと…石鹸はどこ…?ええと…」
真っ黒な世界を手でゆっくりと探る。そんな時に事故は起こらないわけもなく…
ふにょん…
柔らかい感覚が右手の甲にがっつりと当たる。すべすべで柔らっかくて、でももちもちで…絶対あれじゃないか!?女性の胸に二つある、あの伝説の!!
謝らなければ…しかし、焦りの声は八兵衛からだった。
「ひゃあ!?…ご…ごめんなさい!こんないやらしいものを触らせてごめんなさい!!違うんです!!わざとじゃないんです!!」
驚いていた心に何とか平穏が戻る
あ、そういえばこの世界って、そういう世界か…。女性の胸の価値ってめちゃくちゃ低いんだよね…。いや…それにしても、初めて女性の胸触った…感慨がすごい。
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着衣では…
八兵衛の着衣が完了したらしいのでアイマスクを外す。僕は全然まだまだ裸なので八兵衛はアイマスク姿だ。
「あれ…僕のシャツが…って!?八兵衛!!着てるのそれ僕の服だよ!!」
「ん…ええ!?くんくん、ふぁ…いい匂いする…は!?これ夕希様のシャツ!?ごめんなさい!!今脱ぎます!!」
いきなり脱ぎだし、衣服の裾からまろび出る双球。当然のことながらその双球は『もちんっ』と自己主張をして来る。
「八兵衛!!僕今アイマスク付けてないから!!待ってストップ!!危ない!!」
「うわああぁあ!!ご…ごめんなさい、また嫌なものを見せてしまいました!!」
急いで脱ぎ掛けたシャツを戻す。それと同時に八兵衛のアイマスクがシャツに引っかかって…?ずりっ!!
がっつり、八兵衛と僕の目が合う。そして、そのまま八兵衛の視線は僕の顔から下がっていき…
「え…?ぷらん…ぷらん…だ…」
八兵衛が僕の下腹部を見始めてから数瞬の時が止まる。
八兵衛の体やその表情はその間一切変わらない…。その後、少しずつ八兵衛の顔から血の気が引きだす
「ひゃああうううぅぅぅ~ごめんなさいぃ…もう終わりだ…男に恥をかかせてしまったぁ…」
うずくまって涙ぐむ八兵衛。それを必死に慰める僕。しかもこんな状況なのに手だけは離さないし…。
「大丈夫!!大丈夫だから!!とりあえず落ち着こう!!ね?」
「うう、ごめんなさい…」
もうてんやわんやだった…アイマスク理論何の意味もなかった…、
それでもなんとか、八兵衛とお風呂という難行事を終わらせたのだ。
どの工程でも簡単な道のりなど一つもなかった。何もなく終われた自分を褒めてあげたい。八兵衛の精神はボロボロだが…。
「…うう…失敗だらけです」
少し可哀そうだが、お風呂は終わったのだ…後は寝るだけだ…と寝床を見る。
眼前に広がる一枚の180×240の敷布団。こんなもの一緒に寝たら足も腕も胸も腰もなんでも当たっちゃうじゃん…。
それでも横を見れば…子犬のように懇願する八兵衛…。
こんなん断れるはずが無い。
「それじゃあ…一緒に寝ようか…」
「は…はい!!」
満面の笑みでうなずく八兵衛。
二人して一人用の布団に潜り込む。
「す…すみません、狭くてまた胸が当たっちゃってます」
僕の手が八兵衛の胸にめり込んでいる。八兵衛の胸は柔らかく、たわんでいる。
八兵衛の顔が近い、鋭い目つきはやや涙で潤んでおり、まつげも水滴で輝いている。唇は薄ピンクに震えており…こうやって見ると本当に美人さんだな。
「今避けます…ご…ごめんなさ」
そしてまた、その唇から謝罪が紡がれようとする。僕はその薄桃色の唇に人差し指を当て、さらに体を近づける、
「謝るのは無しね」
「ふぇ?」
「さっきから謝ってばっかり…僕は八兵衛とこんなことできて嬉しいって思ってるんだよ?そんな言葉聞きたくないな」
こんなことを普通の女性に言うと勘違いされるだろう可能性はある。しかし、そんなこと関係あるか、僕は八兵衛ともっともっと信頼しあえる関係になりたいと思っている。勘違いを気にして二の足を踏んでいる暇はない。
自分の本心を伝えた。すると八兵衛に完全に笑顔が戻る。
「あ…ありがとうございます。本当に夕希様は男性じゃないみたいです」
八兵衛も安心しきった様子でくっついてくる。
僕たちは身を寄せあって寝ることができた。
▲▽▲▽
コケコッコー!!!鶏は鳴く。朝は来るものだ。
今日はお姉さまに聞かなくてはならない。どうやら、あの美人の聖人さんを映画に誘ったらしい。映画は私が貸してあげた。
「あーいうのって、怖いシーンで男性が抱き着いてくる事があるって話だし…成功してるといいけど…」
一緒に映画を見ることはできたのだろうか?もしかして、そのあと少しイチャイチャしたのだろうか。あの硬派なお姉さまのことだから夜遅くなる前に男子寮に返しているだろうが…。それでも羨ましい。
戦果が気になって仕方がない。はやる手にある合鍵でお姉さまの部屋を開ける。いつもなら起きて朝ごはんを準備してくれている時間だ。
「お姉さまああ!!おはようございます!澄ですよ~!」
大きな声で挨拶するが部屋の中は暗い。
「お姉さま?いるの?いないの?」
電気のついていない部屋に不安を抱く。お姉さまがこんな時間におきていないなど珍しすぎる。
「お姉さま?あ…まだ寝てる」
奥に入ると、膨らんでいる布団を見つけて安心する。寝坊だったのだ。
そしてそのまま、笑顔で掛け布団を掴む。
「お姉さま!!おはようございます!!朝ですよ!!!」
掴んだ掛け布団を思いっきり引っ張る。すると…二人いるではないか…。
二人は足を絡ませ右手はがっちりと握られている。お姉さまは夕希様の頭に鼻をうずめ、夕希様は八兵衛の胸に顔をうずめて寝ている。
これは幻かな?硬派で男嫌いをを相談してきたあのお姉さまがこんなことするわけがない。見間違いに決まていると確信して顔を洗うことに決めた。
シンクを借りてジャバジャバと強めに顔を洗う。ついでにうがいもして朝の空気を味わう。
「ふう…スッキリしました、やっぱり寝ぼけてたみたいですね」
冷たい水を味わって頭がすっきりしたことにより、さっきの夕希様の姿は幻であったことを確信する。ああ…良かったと安心する。
その時…
「あれ?澄ちゃん?来てたんだ?」
後ろから美しい声が聞こえる。お姉さまも美しい声をしているが、こんなに自分の中のメスの部分を飛び跳ねさせるような声は出さない。明らかに姉の声ではない。
誰なんだろう、ゆっくり振り返ると…
「おはよう、澄ちゃん!」
妖精がそこにいる。夕希様だ。
自分の中で幻が消えないことに不安を抱く。
「あれぇ?まだ寝ぼけてるのかな?」
必死に顔を洗う。じゃばじゃばじゃばじゃば、いつもよりも強めに洗う。
「どうしたの澄ちゃん?」
幻が私の肩に手を置いてくる。なんだこれは?すごいリアルな感触だ。
いくら顔を洗ってもその感触が消えることはない。
もう一度振り向く、ニッコリとした柔和な顔が見える。その時にやっと気づく。
「これ…本物?」
その瞬間色んな情報がリアルになって伝わってくる。鼻腔を通るアドレナリンを呼び覚ます香り。肩に乗る温かく柔らかい手…。全てが現実で私の心を高鳴らせる。
あ、唇がてらてらしてて美味しそう…むしゃぶりつきたいな。変な気持ちまで沸いてしまう。
それと同時に、何でここにいるのだろう?朝に?それも当然のようにだ…。自然と導き出される答えは一つしかなかった、
これって俗にいう朝帰りってやつではないのか?
「あれ…なんで?……おねええさままああああああああ!!おね!?お姉さまが大人になった!大人になってるよおおおお!!!」
お姉さまが私をおいて大人になったという悲しみとお姉さまが良い人を見つけたという喜び。しかし、相手が夕希様だという悲しみ。あの夜ナデナデしてくれたのは私に気が在ったのではという淡い期待が崩れ去る。
色々な感情がないまぜになり、大声を出しながら走り去る澄。
その次の日、町中に『八兵衛と夕希が本番をいたした』という噂が広まることをこの時誰も知らなかった。
八雲ちゃんならアイマスク外したまま付けたふりをするでしょう。
八雲「え?私そんなことしませんよ…ふふふ」




