グッバイ日本。よろしく異世界。
「今日の動画の編集は終わりっと……」
俺の名前は渡良瀬 葉。高校二年生の17歳。
趣味……というか、将来の夢は有名な動画投稿者になること。
世界で最もユーザー数を占めている『ヨウツベ』で現在、ほぼ毎日動画を撮っては投稿し続けている。
しかし、俺のチャンネルの登録者数は僅か五人。この五人というのは俺の友達である晃平と幼馴染である明日香。そして俺の妹の鈴で三人占められており、もう一人はネット仲間である『まーりん』さん。もう一人はanknownと、全く知らない人。
実質、身内しか俺の動画を見ていない。悲しいことに。今時赤ちゃんにだって何百人もの登録者がいるってのに、このザマだ。
毎日また新たな投稿者が増え、その中から未来の億万長者が生まれていく。
そう考えると、俺は全くもってダメダメだ。
「やっぱ、センスねーのかなぁ」
それに比べて、動画編集の休憩中に見たこの動画『異世界で生き残る方法7選』を投稿した『神様のワダイ』というチャンネルはすごい。
先週から投稿を始めたのにもかかわらず、すでに登録者数は10万人を突破していた。
主にハウツー系の動画ばかりなのだが、その絶妙な編集技術や使っている画像、そしてナレーションの女性の透き通るようなハッキリとした声。全てがうまい具合に纏まっていて、視聴者からすれば満足がいく。一つ一つの動画がまるで芸術作品だ。
「俺もこんな動画作りたいところだが、なんせネタがないからな……。やっぱ雑学も勉強しておくべきか」
対して俺の動画は、『メントスコーラやってみたw』程度の、中学生レベルの動画しか出来ていない。
ゲーム実況を主に動画にしているのだが、コメント欄には『こんな敵も満足に倒せないのかよw』『俺の方がもっと面白い実況できる』などと、視聴者によく叩かれている。んなこと言うなら試しに一本でも動画作ってみろや!と言いたいところだが……。
「さて、そろそろ明け方か。学校行く準備でも……っと、その前に軽く寝るか。一睡もせずに学校は流石に辛い……」
スマホのタイマーを一時間後に設定しておいて、ベッドに潜り込む。
今日は何かしら動画のネタでも手に入ればいいな? と、ほんの少しの願掛けをして、意識は沈んでいった。
***
「……はい、遅刻だな」
バッチリ寝坊してしまった。
スマホの画面を見る限り、アラームはしっかりスヌーズ機能まで仕事をしていたようだが、そんな甲斐も虚しく、俺の睡魔が打ち勝ってしまったようだ。
そしてlineの通知を見ると、『アンタまさか寝坊? また怒られるよー』と、幼馴染である明日香から届いていた。
「ま、しゃあない。準備しますかね」
素早く制服に着替え、リュックにカメラなどの撮影機材も詰めておく。無理して買った13インチのノートPCも入れた。教科書? 学校に全部置いてあるから大丈夫。
俺は洗面所で顔を洗い、寝癖を直す。
すると背後から
「あら? まだ居たの。気づかなかった」
母親の渡良瀬 恵だ。
普通の家庭ならば学校に遅刻するとなれば叱られるだろう。しかし我が家は基本的に放任主義なため、これくらいでは叱られない。何ならちょっと具合が悪そうにしているだけでも、「学校行かなくていいんじゃない?」と言ってくるほどだ。やはり人間、これダメ! あれダメ! と言われると反抗したくなる生き物なのだろうか、こんな家庭で生まれ育ったが故に、反抗心などなく、逆にそれなりに真面目に育ってきた。
「鈴はもう学校行った?」
「ええ。つい二十分前に」
「あいつもバッチリ遅刻じゃねーか」
鈴とは俺の妹のことだ。
黒髪のボブカット? というのだろうか。動きやすそうな髪型に、健康的な体躯をした同い年の妹。ちなみに同じクラスである。
てか、あいつ俺がまだ寝てるって知ってて先に行ったの!? 起こしてよ!!
「そいじゃ、俺も行くわ」
「そう、気をつけてね。今日の占いだと、あんた達ビリだったから」
「幸先悪いなおい……んじゃ」
母親は専業主婦なのだが、趣味でタロット占いなどのスピリチュアルなものに没頭している。家の間取りも幸運を呼ぶ風通しだとか、金運を呼ぶ置物だとか、そんな感じだ。不思議なことに、親父の稼ぎも良くなったらしい。知らんけど。
……しかし俺はこの時は想像もしなかった。
今日でこの日本から、いや、この世界からいなくなってしまうことに。
***
電車を使って三十分。
俺の通う吉良総合高校についた。
既に時刻は九時四十分と、一時間目が終わってしまう頃だ。
先生にどやされるだろうな? と、若干のビビリ具合。廊下をコツコツと歩いていると、いつもなら聞こえてくるはずの授業中の先生や生徒達の声が聞こえてこないことに気がつく。
何故だろう? 気味が悪いくらいに静かだ。
考えてみれば、学校のグランドにも生徒は誰一人として居なかった。
そんなことを考えていると、自分の教室に着いた。やはり、教室からは活気のある気配はない。まあとりあえず入ろう。
「遅れてすいませーん……ありゃ」
予想通り、誰一人として生徒はいなかった。何故だろうか?
もしかして、教室間違えたどころか、学校間違えちまったか? それとも、緊急避難訓練の可能性もある。
校庭ではなく、体育館に集合しているのかもしれない。
「ま、とにかく行ってみるか。もし本当に誰もいなけりゃさっさと帰っちまおう」
しかしその時、
「おや? 君は……?」
凛としたクリアな声音が背後から響いた。
振り向くとそこにいたのは巫女服を着た美女が立っていた。黒髪の長髪は櫛で巧く纏められ、大和撫子という言葉が最も似合う人物だろう。年齢でいうと、二十歳前半ぐらいだろうか。色っぽいお姉さんだ。
しかし、声を掛けられるまで全く気がつかなかった。まるで存在していなかったかのように。
「えっと、こっちのセリフなんですが……」
「遅刻かい? いけないなぁ。先生にも迷惑がかかるだろう? いいかい? 今度から時間は厳守すること!」
「あ、はいすみません」
なんで知らないお姉さんに怒られてんだ俺? そもそもどう考えてもあなたこの学校の関係者じゃないですよね?
「あの……クラスのみんなは何処へ? さっきから誰もいなくて何がなんだが……。俺、帰ってもいいっすか」
ぶっちゃけ、もはや帰りたい衝動に駆られてるまである。
家に帰ってヨウツベ見ながらポテチ食いてぇ。
「ダメだよ。どうせ、ポテチでも食べながらヨウツベ観るんでしょう? これだから現代っ子は」
あなたなんなの? 俺の心でも読みました? はっ! さてはエスパーだなオメー!
「エスパーではないかな? 心は読めるけれど」
「ですよね〜……はい?」
あれ、心の声漏れてたかな? ラノベでよくある意中の女性のことを思いすぎて心の声が漏れた末に、相手の気持ちが伝わってしまうあれか?
「き、君……。もしかして会ったばかりの私に恋心を抱いているのかい? 悪いけれど、私には心に決めた人がいるんだ……。ごめんね!」
「告ってもないのにフラれた!?」
ていうか、この人完全に俺の心読めてるよな? 何でだ? 得心術の類か何かか?
考えてみればこのお姉さんの雰囲気、普通じゃない気がする。只者じゃないどころか、尋常じゃない存在といった雰囲気だ。
「……」
「……どうしたんすか?」
俺をマジマジと見てくる大きな瞳は、まるで品定めをされているかのようだ。猟奇的な視線というか、面白いことを考えついた子供のような、嬉々とした表情。少し、悪寒がする。
「君、面白いものを持っているね」
「面白いもの?」
「君のリュックの中身さ」
「リュックの中身? リュックの中には撮影機材と動画編集用のPCしかないけど……ってか、透視ですか?」
彼女はニコリと笑って済ませる。これはイエスということなんだろうか。
もはや何が何だか訳がわからない。
このお姉さん、可愛いけど怖え……。
「……そうだね。せっかくだし、君はみんなとは別ルートと行こうか」
「はい? 別ルート? ってか、クラスの奴らはどこいったんすか?」
「こことは違う世界……いわゆる、異世界というやつだね。わかるでしょう?」
イセカイ? イセカイって、異世界だよな?
え、大丈夫この人。今時中二病の患者でもここまで堂々と異世界なんて言わないぞ?
「ははは……。へー異世界っすか。スゴイっすね」
俺がバカにするように言うと、あからさまに不機嫌になる。ムクッとした表情は大人っぽさが消えて可愛い。
「ムカつく。じゃあいいや、君には私の加護はあーげない」
「はい?」
「もう説明するのも面倒だし、行ってらっしゃい!」
「さっきから何言ってー……!?」
突如、足元から渦巻きのようなものが発生する。その中はドス黒く、飲み込まれたら最後、生きて帰れないのではないのかという感覚を覚えた。
飲み込まれまいと、近くの机にしがみつくも、抵抗も虚しく、呆気なく黒い渦に足が吸い込まれる。
「ちょっ! た、助けて!!」
お姉さんは以前として笑顔のままだ。俺を助けようという気持ちは微塵もないらしい。
「大丈夫。多分いきなり危険な場所には飛ばされないと思うから、安心して。君の検討を祈ってるよ少年!!」
バッチグーと親指を立て、俺に謎のエールを送ってきた。こんな危機的状況だがムカついたので、俺は親指を下に向けて返した。そして俺の意識はそこで、暗闇に飲み込まれていった。
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「可愛くない少年だ。一応神様なんだけどなー私」
そんな私に向けて地獄に落ちろって、罰当たりにもほどがあるよ。
だけど、私が見た限りこの学校の生徒の中じゃダントツに彼は運を持っている。彼ならば、私の加護は必要ない。むしろ、天性の運の力を阻害してしまうかもしれない。
少年よ、信じるんだ。見えない運の力を。
深淵の魔女に連れ去られたクラスメイトたちを取り戻すんだ。
そして願わくば、どうか救ってほしい……
魔女に敗れた、勇者たちをーーーー
「私は干渉できない。そういう存在だから……」
異世界へ、レッツゴー!