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G,D's2061 ──breaking heart──  作者: ヤチヨ リコ
part1 ゴーストドリーマーズ
5/8

ACT0 ダミアン・ブラックの記憶 



 こころとボナベラは夢を見る。何処か懐かしい夢を。

 歴史の中に閉じられた過去を。時が刻む三つの運命を。

 きっと、知るだろう。





 ────十九世紀後半 ロンドン 貧民街


 コープス通りのある家からはしわがれた男の怒声が一日中響く。

 ある家──ブラック家では幼い兄妹、それと二人の父親が暮らしている。

 その父親がこの産業革命から取り残された溝鼠も寄り付かないこの世の汚点にまで堕ちた男の行く末だとは誰も思うまい。




 その父親──ダズビーは青年だった頃は貴族の屋敷で庭師として働いていた。といっても今のように人の手柄を奪って自分はのうのうと怠けるような人間ではなかった。おちゃらけているし女好きだったがそれでも仕事は給与分はきっちりとしていた。


 ある晴れた日のこと、その貴族の家のお嬢様が友人を家に招くというのでいつもより念入りに庭の薔薇の手入れをしていたとき。

 女が声を掛けてきた。その女は自分のように固く分厚い手もメイドのように荒れた手をしていない正真正銘の貴族だと思えた。


「こんにちは。この家の方かしら? 申し訳ありませんが案内してくださると嬉しいのだけれど……」


 この女を心底美しいと思った。透けるような白い肌、とろけるような甘い声、日に輝く金髪。


 運命の出会いだ。ダズビーは女と大恋愛の未に駆け落ちし、彼女の家から遠く離れたロンドンで暮らすようになる。

 女の兄が女にコッソリと渡してくれた小さな金のペアリングは彼らの新しい生活の資金へと消えた。


 ダズビーがペアリングの金で立ち上げたパブも経営が立ちゆかなくなり、不幸が続く。女が流行病で命を落としたのだ。

 ダズビーは彼女のことを忘れるように仕事もせず酒浸りになり、次第に彼女の忘れ形見である子供達にすら暴力を振るうようになっていった。


 あの恋が身も心も焦がすようなものでなかったのならと愛した筈の女のことさえも憎くて憎くてしょうがない。


 そんなことは一切知らない妺は打たれた頬の痛みを隠しながら今日も貧民街の男達に買われる。どんなに幼くても母譲りの美貌から女として性の捌け口とされた。この溝のような街で屑の父親を世話をして生きていく為に必要なのだ。


 兄のようなずる賢さを持っていたのならこの街で一生を過ごすことはないだろう。ただ妹が持っていたのはこの街には相応しくない聖女のごとき優しさだった。腐った死体のような乞食に自分の客から貰ったパンを分けてやり、飢えたハイエナのような目つきの男達を二週間相手にして金が払えないと知った時は微笑んでそれを許した。


 母の色は何もなく姿だけ似せた人形にダズビーは腹を立てて商売道具の体にまで傷を残すようになってきた。それを受け入れて顔が痣だらけになろうとも男に買われた。傷のついた少女に興奮を覚える人間はこの街だけではなく世界中どこだろうと探せばいるものでいつからか貴族すらも客として彼女を買うようになる。

 やがて、民衆から彼女に送られる言葉も労りの言葉ではなく嘲りの言葉へと変わっていった。


 ある日のことだ。家に金に困った妹の客がやってきた。何度も何度も代金を支払わずに通い続けるため妺以外の娼婦から相手になどされない、他にも様々な悪事を働く小悪党。そんな奴が金を貸してくれとせびりに来たのだ。


 その時、幸か不幸か家に居たのはダズビーただ一人。兄妹は父親の酒を買い行っていて不在だった。


 ダズビーは男に対してこう一言。


「娘の客にゃ貴族やらアメリカの金持ちがたんまりいる! そいつらから貰った金をどっかに隠し持ってやがる! オレの娘がだからな……娘を殺せばよォ~ッ大金が手に入るってコト……間違いねェぜ! だが、情報をくれてやったのはオレだッ。分け前はたァっぷり貰う!」


 自分の娘だというのに親子の情を一切感じない。親としてではなく彼女の給与でこれまで生きてきた寄生虫として彼女を殺す計画を起てる。コープス通りは人を人として見ない蛆虫共の巣窟だった。


 妹が例の客に呼びだされて人通りの少ない場所へ行くと、彼女の耳には乾いた銃声が三発分残った。




 彼女の兄がどんなに気丈に振る舞っても心配されることなどないし失った生命は戻ってはこない。長く伸ばしてお揃いだと喜んだあの妹はもう、戻ってはこないのだ。

 妹の遺体は晒し者にされた。首から腹まで裂かれ、血がドス黒く変色する程放っておかれたのだ。


 兄──ダミアンは妹を殺した犯人を妹のように赦すことは出来なかった。あの禄でもない父親に唯一感謝の言葉を送るとするのなら。妹が死んだと知って、殺されたと知って涙を流したことくらいだろう。家族としてはもう父親に失望していたし父親の血が自分にも半分流れていることも嫌悪感しかない。


 家に手紙が送られてくるまでは父親を少しだけマシかと思っていた。妹に与えられていた拳が自分にも向けられて前の倍以上酒を呑むようになったが、酒を呑んでいるときは妹の死を嘆くのだから。それに、妹が生きていた頃よりも父親は彼女に対して穏やかになったと思う。


 手紙にはこう綴られていた。


『同胞D・ブラック氏へ

 

 私の仕事ぶり満足いただけたでしょうか。貴方の娘、エリナ・ブラックの財産の内、貴方の分け前は五割となります。

 よろしいですか。警察には貴方の功績は一切お話しいたしません。


カスター・ヌーンより愛を込めて』


 手紙の『仕事』というのはエリナを殺したことか。自分の父親は娘を殺させて金を得たのか。


 感心が殺意へと変わる瞬間。こんなにも冷静になれるものなのだろうか。

 愛してくれた母を、愛した妺のことは今は忘れよう。復讐を人生の支えにすると叶ったとき空虚でしかないのだから。今更、殺人に躊躇するほど出来た人間ではない。

 酒に毒でも混ぜれば奴のことだ。喜んでかっくらうだろう。


 もう肉親の情もない。ただ、奴を殺したという罪だけで刑務所に行くのは御免だ。人間ではない肉魂を殺した程度で何の罪になるというのか。妹の誇りを汚した奴こそが死ぬべきではないのか。


 いや、あまり急ぐと疑いの目がこちらに向く。ゆっくりとだ。ゆっくりと殺す。

 

 ──妹を、己を嘲り笑った社会のゴミどもに復讐してやる。金のせいで母も、妹も惨めな世界での暮らしを強いられた。クソッタレの父親を殺して、世界一の金持ちになってやる。

 そうダミアンは心から誓った。




「おいッ! ダミアンッ! 酒だッ! 薬買う金があんなら酒を買ってこいッッ!」


 ベッドにはやせ細った老木のようなダズビーが横たわっている。ダミアンを殴るために振り上げた拳は弱々しく孤をえがいて落ちた。

 エリナに傷を付けた拳も面影は既になく、今はもう毒の作用で弱っていくダズビーが虚勢を張るくらいにしか使えない。


「父さん、これは治る病気なんだ。薬さえ飲んでいれば必ず治る病気さ。僕は父さんを思って言っているんだ」


 いかにも父親を労るようにダミアンが語りかける。

 白々しく薬だと言ってはいるが酒に混ぜている毒と同じ物だ。老いていくのと同じように白髪や皺が増え、筋肉が衰え、そして最後には死に至る。

 随分と皮肉な症状の出る物を選んだものだ。妹は老いて家族に看取られながら死ぬことは出来なかったのだから。

 妹も惨めな気持ちで死んだ。奴にはそれを後悔しながら死ななくてはならない。そうでなくては気が済まない。


 呆れたふうに酒瓶を手渡すと咽せて殆ど呑めてはいない。けれど片手でダミアンの手を握った。


「ダミアン、オレはよォもう長くねェ。判るんだ、自分の身体のコトだからな……オメェは賢い。パーカー家にいけ! あそこは母さんの育った家だ。きっとオメェはあそこで世界一の金持ちになれる」


 クズが娘を攫っていったのに何故そのクズの息子を引き取ると思ったんだとそのときは思った。


 ダズビーが死んで数日過ぎた頃にその言葉は現実となる。


「ダミアン・ブラック様ですね?」


 年老いた御者はそう言った。


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