私の中の黒いなにか
少し遅れました。
7/31 本文内容を見直し、一部表現・内容を大きく書き換えました。
2/07 本文表現を一部訂正しました。
転送された私はすぐ周りを見渡す。私以外には誰もおらず、地平線の向こうには森が見える。緩やかな風が私を通り過ぎていく。風が体に触れる感覚がこの世界をゲームの中とは思わせない。まるで異世界に来たかのようだ。
「すごい…」
思わず感嘆の声が出てしまう。フルダイブの経験はこれが初めてだが、他のゲームやフルダイブ機器でも同じように感じるのだろうか、といった少し変わった感想が出てくるが、すぐに切り替える。
ざっくりと現状を確認した私は端末を出して《地図》と表示されているアイコンに触れる。すると画面いっぱいに地図が表示された。画面の中央にある明滅する赤い点が私の現在地なのだろう。
私が今いる草原は《宣誓の草原》という場所のようだ。草原の先には先程見えた森、《風の森》という場所のようだ。そして森を抜けた先に《レベー・ルミナス王国》という国があるらしい。
この世界には5つの国がある。森を抜けた先にある《レベー・ルミナス王国》、湖が多く存在する《トリストリアン公国》、大森林の中央にある《ムムート皇国》、活火山の付近にある《ヘイルニール帝国》、地図のほぼ中心地に位置し、5つの国の中で最大規模の大きさを誇る《バビロニア神国》の5つだ。
私たちプレイヤーはこの5つの国から1つ選んで所属することになる。所属するためには国にまで行かないといけない。位置的に1番近い《レベー・ルミナス王国》に所属するのが無難だろう。当面は国に所属しに行くのが目標だ。
さあ行こうと足を踏み出したところで真後ろから光が溢れ出してくる。何事かと思い振り向いてみるとそこには直径2メートルほどの魔法陣が広がっていて光を放っている。いきなりのことで驚いて魔法陣を凝視していると一際強く光を放つ。
思わず目を瞑るが塞いだ目越しに光が無くなったのを悟るとそっと開ける。そこにはぐすぐすという鳴き声と共に1人の少女が力なく座り込んだままの状態で現れた。
「ひぐっ、ぐすん、うえぇ、ひぐっ。なんで、ゆきちゃんどこいっちゃったのっ…」
泣きすぎのせいかしゃっくりが絶えず出ている。鬱陶しく感じその場を離れようとする。
その瞬間、私の中の何かが忘れていた前世を思い出すように急に暴れだす。
「(なぜ…なぜ…!)」
少女の姿、ただ泣き続けているだけのその姿に怒りにも嫉妬にも似た感情が生じる。
「(なぜ、お前が泣いている!)」
走馬灯のように凄惨な景色が脳裏をよぎる。
薄汚れた服を着た少女。いくつもの黒い人影がその少女を嬲る。
蒸し暑い夏の夜、私の体を何度も殴り、蹴り、突き飛ばし、踏みつけてくる存在。
暗い部屋の中、甲高い声で罵声を浴びせ、髪を引っ張り、体を引きずり、爪を立ててくる存在。
誰ももいないはずの平日の午後、私の身体をカッターで切りつけ、刺し、火でで焼き焦がしてくる存在。
癒えることのない傷が疼く中、暗く、狭く、汚い部屋の隅に小さい体を預け、ボロボロのタオルを弱弱しく掴んで座り込んで泣いている少女。
私だ。
ただストレスを発散するためのモノ。悪意をぶつけるためのモノ。そうとしか見られていない。そいつは玩具だと、それが当たり前だと。そんな目をした人間たち。思い出すだけで吐きそうになる。
目の前にある泣き続ける少女の姿は不愉快極まりない。怒り、恨み、妬み、嫉み。黒い感情があふれ出てきて、やがて鮮血のように真っ赤な色が混ざってドロドロとしていく。
「(お前も、お前も同じ存在だ…)」
泣いているのも演技かなにかだろう、そうに決まっている、そう決めつける。外では他者に対し嘲笑し、見下し、暴力と口撃をもってして他者を貶めている。その行為に快感を感じている。そんな人間なのだろう、そう決めつける。
「(いやそうだ、そうに決まっている、私は間違っていない、じゃないと、じゃないと私が、いや違う、私が、おかしいのは私、じゃなくて世界で、違う、怖い、こないで、そうじゃなくて、違う!私は、私は!)」
そんなドロドロとした感情にまた混じろうとする。青色というには濃すぎる、そんな色。これ以上感情を混ぜくれるのはまずいと警鐘を鳴らす。頭を押さえて混沌としていく感情をむりやり押さえつけようとする。
動悸が激しくなっていき、視界が揺れ動く。階段を登り切った後の息切れや乗り物酔いに似た感覚が私を支配していく。
それを耐えて視線を彼女の方へと向ける。混沌とした感情は一つになっていく。青いペンキを塗りつぶしてまた元の赤黒の濁った色へと戻っていく。
この感情を何というのだろう。思い当たる言葉を必死に巡らせていく。
殺意というのが一番正しいのだろう。
「はあっ、はぁ、はぁ…」
混沌とした気分の中で、私が私じゃなくなるような感覚を覚える。正気と狂気がいったりきたりしていて気持ち悪い。何もワカラナクなってしまう。しまいたい。コワレタイ。違う、とにかく、コワサナイト、目の前の不快なモノを壊さないといけない。
そこで考えることを放棄し、端末を右手に出してすぐに《展開》する。すぐに魔法少女に変身し大鎌を具現化して構える。構えたまま目の前の存在へと近づいていく。その存在はまだ顔をうずめて泣いていた。この存在にもう思うことはない。私は大鎌を振り上げそして___
「ぁ…あああぁっ!」
その体を両断する。少女は抵抗することなく、力なく二つになった体を草原に横たえる。ずれた腕から覗かせる顔は何が起こったのかまるで理解している様子はなく、一瞬の痛みのせいか大きく目を広げている。
「あ、あはは、あはははっはははははは!」
断末魔はおろか、呼吸一つすることなく命が消える。流れ出る血が草むらを赤く染め上げていく。両断された体から血飛沫が勢いよく飛び出して私にかかる。血に残る熱が私を安心させる。この暖かさが心地よく感じる。この感情は殺した高揚感ゆえの狂気なのだろう。
殺したはずなのに感じるのは罪悪感ではなく異物を排除した喜びだった。
だが、急に目の前の存在がちっぽけに感じてくる。お前らはその程度の存在だったとのだと、汚物を見ているような不快感。そう思い始めると高揚感はすぐに引いていく。まるで今の出来事がなんでもなかったように。全身の感覚が冷えて冷静になっていく。
ふと、肉塊の上に朧気な光があることに気がついた。どこかに行くわけでもなく、ただ肉塊の上をふよふよと浮いている。不思議に思って大鎌で触れてみると溶けるように大鎌の中に吸収されていった。この光はなんだったのだろうかと、疑問は出るが後回しにする。
大鎌を肩に抱えて何事もなかったように森の方へと足を向けた。
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