放つ黒閃
空気が吸い込まれるような、収縮するような異音が鏡層から響き渡る。そこに込められた魔力は先ほどの一撃よりはるかに多い。すでに限界が迎えているのかガタガタと震えて今にも暴発しそうだ。
鏡層の向こうにいるレイは勝利を確信していることだろう。その顔に薄く笑みを浮かべ、私を嘲笑っているのに違いない。実際、私が詰みに近い状況なのには間違いない。
だが、まだだ。まだ終わっていない。
もうあの鏡層を割る時間はない、今にも放たれることだろう。万が一壊せたとしても限界を超えて魔力の込められているものを壊すのは危険だ。制御しきれなくなった魔力がここら一帯を吹き飛ばすことになるだろう。それに巻き込まれて死ぬなんて無様な真似をするつもりはない。
それに、私の命は皆のもの。他の誰にも、ましてや人間になんてあげない。やるものか。
周りに張られている防御壁に魔力を込める。ゆっくりと慎重に、編むように込めていては遅すぎる。多量の魔力を一瞬に使うのは初めてだ。まだ完全に制御しきれてはいないが、強引にでも一気に魔力を込めていく。
全身から魔力が無くなっていく感覚とともに少しずつぼーっとするような、熱を出した時にも似ている悪感触が私に圧し掛かる。魔力残量が少なくなり体に負荷がかかり始める。
倦怠感を振り払うように大きく息を吸い込む。その瞬間だけは体が楽になる錯覚を覚える。何度も呼吸を繰り返してダルさを払拭し、思考を冷静させる。鏡に映る私の顔は、今朝窓の中に覗いたものに戻っていた。
「さあ、これで終わりです!《幾百万鏡層砲》!!!」
レイはその両腕を鏡へと突き出し、極光が放たれる。視界いっぱいに光が広がり世界を削り取っていく。それと同時に身に纏う防御壁の形状がマントのように開いて前方へと広がる。一瞬の後に厚さを増すと十数センチの透明な壁を形成した。
鏡層から放たれた極太の光線は壁もろとも私を飲み込んでいった。暴風にも似た衝撃を右手に受けると同時に周りの景色を白く塗りつぶしてのみ込んでいく。
「あああああっ!っぐっううううううぅ!」
防御壁へと突き出した右腕に激痛が走る。ガクガクと震え、骨が軋み、柔肌が裂け、流れる血が衝撃で吹き飛んでいく。全身の至るところが浅く裂けては血が弾けとび、引き伸ばされた時間の中で激痛が齎される。
一秒一秒が永遠にも感じる中で、極光に埋もれて見え隠れするレイの姿を視認する。体から明らかに減っていく魔力、何重もの鏡を反射して歪んだ顔からも苦悶する表情が見て取れる。同時にこの一撃で決めるという強い意志を感じる。
相手は既に限界を迎えている。この我慢比べに挫けた方の負ける。それはどちらも同じ考えだろう。
「はああああああああああ!」
「ッああああああああああ!」
聞こえてくる叫びに応えるように咆哮をあげる。泣き叫ぶように、畏怖するように、吠えるように、獣のように、恐怖に打ち勝つように。お互いにがむしゃらに叫びをあげ続ける。
そして、その時は来た。
パリンと軽快に割れる音が響く。それは私の防御壁が崩れた音か、鏡が砕け散る音なのか。そのどちらでもあった。
それを合図にするように極光は晴れわたっていく。青々とした草花や木々は黒いオブジェクトと化して姿を現す。重ねられた鏡は全てひび割れており、両腕を前に突き出して茫然自失としたレイの姿が視界に入る。
防御壁も崩れかけ、肩の骨が外れそう。魔力もほぼ尽きかけていた。だがこの根競べの勝者は、私だ。
このまま隙を晒すつもりはない。残った魔力を振り絞り、一気にレイへと駆け寄る。わずかな抵抗とばかりに残った鏡から極細の光線を放ちながら短く後方へ退く。避ける気力の残っていない私は躱しきることは叶わず、その一撃は私の左肩に命中し、空いた穴から血が流れ出る。
痛みを歯ぎしりでこらえながら乱雑に大鎌を振り回す。極細の光線に魔力はほぼ込められておらず、容易に散らしていく。飛翔する斬撃は反射されることなく鏡に当たり破砕していく。もう斬撃を反射することも叶わず、レイは先の一撃で完全に魔力を使い果たしていた。
肩で息をしながらゆっくりと近づく。傷だらけの腕で大鎌を握りしめ、射程圏に入ったと同時に一閃した。
「あ…ガハッぁ…」
半身を分かたれ、一瞬目を大きく広げ驚愕したような顔を浮かべるが、すぐに苦痛に満ちた声と血を吐き出す。どさりと上半身を大地に落とし、枯れた喉から力なく呼吸を繰り返す。両目から大粒の涙を流して、私の姿を逃さない。潤んだ瞳で睨みつけてくる。
「まだ…まだ、終わって…なんか…!」
血反吐を吐きながら何度も負けていない、終わっていないと言って力なく腕を私へと向けて魔法を使おうとするが何も起こることはない。レイの魔力は完全に尽きてしまっており、体の強化もままならないだろう。
痛みに軋む体で近づいていき、大鎌を振り上げる。同時に《付与》を詠唱し、大鎌はほのかに輝く。それを見つめるレイの顔つきは強い意志に満ちたものから諦めを帯びたものへと変わっていき、振り降ろされると同時に目を閉じた。
ミチャッという生々しい音をたてて切先は心臓部に深々と突き刺さる。体を一瞬ブルリと震わせると、全身の力が抜けていき完全に沈黙する。変身が解けて白い私服姿を晒し、魂の抜けたそれは人だったものから異物の混ざる肉塊へと変貌した。
それを見届けると同時に足元に何かが触れる感覚がする。視線を落とすとそこにはいつの間にか皆がいた。
「『ふむ…なんとか倒したか、小娘』」
「『ギリギリだったねぇ~。ま、勝てたからオールオッケーてことでいいかな』」
「…疲れた」
「『そうだろうな。だが主よ、今日中に国境は超えるぞ』」
「…うん」
労いの言葉に耳を傾けつつ、魂を一つ取り出しては《行動強制》を使いその魂の持つ全魔力を使った魔力補給をする。一つで全快することはなく、もう一つ出しては魔力補給を行っていく。
「『さて、少し待つですよ』」
スイはそう言うと肉体の主導権を奪って死体へと近づいていく。それに乗ると口でパクリと何か薄いものを咥えてこちらに持ってくる。
「『しぃ、この魔道具を壊すのです』」
「これは?」
「『情報を自動で記録する魔道具です。これを放置すれば、死体を回収しに来たもの達にあなたの情報を与えることになるです』」
「わかった、そこに置いて」
そう言うと、血の付いた口から紙のようなものをペイっと落とす。表裏にそれぞれ難解な魔法陣が描かれているが、それがどういったものかは全く理解できない。魔道具を作るのには向いてなさそうだ。それに、そういったものは皆がやってくれるだろう、私が心配することはない。
大鎌を紙へと近づけていき、切先で撫でるように斬る。すると魔法陣が小さく光を放ちながら消えていく。これでいいのかと皆の方を見れば肯定するようにうなずいている。
「『主よ、取り合えずここを離れよう。長居は危険だ』」
「国境のほうに行くの?」
「『ああ、時間は有限だ、急がなくてはならない。越境を一日でも延ばせば防備はより強固になるぞ。理解したか?』」
「…ごめんなさい」
「『誰が謝れといった。…早く肩に乗せろ、行くぞ』」
「うん」
軽くしゃがむとアカは小さく跳んで右肩に着地する。そのままくるりと一回りすると私と目線を合わせる。
ふと、崩れ落ちた門の方へと振り向いてみるとようやく《働きものの左腕》らが戻ってきていた。最初に生み出した数より減らして4体が戻っていた。
肝心な時に戻ってこない役立たずな従者達に嘆息を吐くと、私についてくるように首で促す。全員が小さく頷くのを見届けると視線を元に戻す。
「それでどっちに向かえばいい?」
「『うむ、こっちだ』」
アオの案内に身を任せて、硝煙の匂いの立ち込める荒れ果てた黒焦げの大地を後にする。魔力は回復したが痛みが引いたり傷がすぐに治るわけでない。体のあらゆるところから血が滴り、大鎌を持つ手はだらんと力なくぶら下げられている。ボロボロの体に不安は残っているが、ここで立ち止まるという選択肢は既に無くなっていた。
トリュフの広がるなんとか~っていうポテトスナックを買って食べたんですよ。
こう風味というか塩加減というかなんというか…おいしかったです。
…本物のトリュフ食べたことないからそこんところ上手く言えないけど。




