再び地上へ
揺れはさらに激しくなっていく。数メートル進むごとに壁が剥がれ落ち、天井は崩れ落ちてくる。すでに浅く浸水が始まっており、私が走った衝撃や岩や内装の落ちた勢いでパシャリと水しぶきが起きている。
跳ねた水の影響で私の体はびしょびしょだ。服が水を吸って動きを鈍重にさせていく。魔法の力で防水機能を、なんてご都合的なことはない。
道をふさぐ瓦礫の山を除けるために大鎌を振るうたび、勢いで服から水が飛び散っていく。この瞬間だけは背中に羽が生えたようだと錯覚を覚える。
私が大鎌を振るう機会が増えたせいか、呪塊は私にしがみつく体制を変えていた。右肩にだけ体を預けていたのを、体を伸ばして左肩に前足を伸ばして捕まっていた。
首の後ろに結界の何とも言えない感触が伝わってくる。その代わりに右に寄っていた重心が均等になったようで大鎌を振るうのは大分楽にはなった。
「『そこを左に曲がれ。そうしたらすぐだ』」
「わかった」
《傲慢》にそう言われ左へと曲がる。顔の前に落ちてきた内装物を長い柄で叩き割っていると背後で大きな音が響く。それと同時に海水が一気に中へと押し寄せてくる。
「この感じ…?」
ふと以前にも感じた気配に気になってちらりと後ろを見る。すると視界に黒いヘドロのようなものが入り込む。
「…Gopri、PooooOooOo!」
何かを吐き出すような、マグマの煮えたぎるような、それとも傘に降り注ぐ強い雨のような。そんな例えようのない不快な音が耳へと入り込む。周りの水しぶきよりも大きく通路中に反響は広がっていく。
「『あらら、どうやら海中の野良呪塊が巻き込まれて入ってきたようだね』」
「『構う必要はないです』」
「じゃあ、足止めだけ」
そう言うとすぐに反転する。野良呪塊に浮かぶ赤い斑点のような眼が一斉に私を認識する。それはすぐに攻撃に転じいくつもの触手を生み出して私へと迫りくる。
それよりも早く3つの大鎌を作り出し天井へ向けて撃ち放つ。同時に大鎌を振るい斬撃を飛ばす。その一撃は私に一番迫ってきている触手を切断する。だがこちらは本命ではない。
放たれた3つの大鎌は野良呪塊の真上の天井に当たる。砕ける音と同時に辺りの天井は崩れ落ち、私は再び走り出す。後方からは押し潰れるような音と同時に悲痛な叫び声が響く。もう追ってくることは難しいだろう。
「『ほう、いい仕事をするではないか』」
相変わらず上から目線な言い方をする《傲慢》。だけど誰かから褒められるのは何年ぶりだろうか。何ともいえない気分だ。
「この扉の先に魔法陣が?」
「『そうだ、開けろ』」
「『ゴールだよゴール、ようやく着いたねぇ』」
バンと勢いよく扉を開く。真っ先に視線に入るのは幾何学的な模様を幾重にも重ねる魔法陣。これが呪塊の言う転移魔法陣なのだろう。
次いでその両隣りにある真っ黒な柱に目が入る。こちらにも転移魔法陣ほどではないが難解な模様を張り巡らせている。
「この黒いのって何?」
「『転移魔法陣を動かすためのものだ。両方に魔力を込める必要があるが…主よ、まだ魔力に余裕はあるな?』」
「大丈夫」
そう言うと大鎌をくるりと回し魂を一つ出す。大鎌を消すと宙に浮く魂を掴み柱に押し付ける。
「《行動強制》、その柱に魔力を流せ」
流れるように詠唱ををするとその魂は光を放ちながら魔力を流し始める。《行動強制》は文字通り動きを強制させる魔法だ。使える対象は心から屈服した相手のみ。それは殺した生物の魂も含まれる。ただし出来ないことまでは強制できない。
魂は命に関わらない範囲なら従順に尽くしてくれる。だから懐中電灯のように光の役割くらいは請け負ってくれる。
逆に命に関わることは《行動強制》を使わないとやってくれない。この魔力を注ぐ作業は命に関わる作業ということだ。魂は言ってしまえば魔力の塊のようなものだ。だから残っている魔力を使い切ってしまえば当然死ぬ。
そして、NPCと呼ばれる存在ではなくプレイヤーと呼ばれる現実に存在している人間は、このゲームの中で私に殺されて魂を奪われたのであれば現実ではまだ生きている。魂の光が尽きる時が現実での命が燃え尽きる時だ。
しかしこの魂にはちゃんとした意識が残っているわけではなく、夢うつつといった状態だ。だから自分の意思で行動することはない。命に関わることは半ば本能的に拒否をしているのだろう。
と、全部ここに向かう最中に呪塊から《魂魄魔法》のレクチャーを受けて知った話だ。
「二手の方が作業が早い」
すぐにもう一つの柱へと歩いていきそっと触れる。グッと力を入れると同時に魔力を注ぎ始める。隣の柱の方を見ると上手く注げていないのか漏れ出た魔力が線香花火のように散っていた。
「『使えないねぇあの魂』」
「『なんとも脆弱なものだな』」
《同調》の言葉に同意するように《諦念》が答える。私としては作業が少し早まるだけでもいいものだと思う。遅いと叱られてばかりだ。
大体3分くらいだろうか。私の方の柱は注ぎ終わり、柱の模様が光を放ち始める。魂の方はというと私が転移魔法陣の上に立って10秒ちょっとしたあたりで柱が輝き始める。そして魂も役目を終え、しぼんだ水ヨーヨーのような形をしてパシャンと音をたててはじけ飛んだ。
「『起動するですよ』」
《平等》の言葉を合図に転移魔法陣は輝きを強める。魔法陣周りに透明な膜が張られ落ちてきた岩を防ぐ。どうやら結界が張られたらしい。
やがて光は結界の中を埋め尽くし、崩れゆく遺跡は視界から消えていった。
×××××
ぎゅっと閉じた目を開くと薄茶色の壁が視線に入ってくる。だが整備されている様子はなく、全部土で出来ている。洞窟というよりは人工的だ。記憶を掘り返していくとそれが防空壕のようだと気づく。
「ここは?」
「『遺跡からそう離れてはいない、《風の森》だ』」
「『そこに転移魔法陣設置のために地下に一室設けられているのさ』」
《風の森》、私が最後を迎えるはずだった場所。そしてティエル・アーディアと会敵した場所。そう思うとなぜか体が震える。魂の奥底がここにいたくないと叫びをあげる。
「…早く、ここから逃げよう」
「『そうだな、まずはここを離れるとしよう』」
人一人分の幅しかない細い坂道を登っていく。その道のりがあの大広間に通じる通路のように鈍重なもののように感じる。何か衝動的な恐怖に襲われて右手に大鎌を作り出す。刃を上に向けて杖のように地に付けて歩く。時々刃の向きがずれて壁にガツガツと当たる。
思い返すとやっぱりあの存在が恐ろしい。人間に対する怒りや恨みを凌駕して、あの存在には恐怖しか湧いてこない。
彼女に挑む前の、人間への憤怒を抱く私はもうすでにいない。
「『…小娘、お前に一つ言ってやろう』」
「…何?」
「『お前は今逃げると、そう言ったな』」
「…ん」
「『いいか小娘、お前は逃げる側になるのではない。追う側になるのだ。全て命を脅かす追う側にならなければいけない』」
「…」
「『お前を殺すのは我らだ。それ以外の何者にも殺されてはならない』」
「…!」
《傲慢》はそう言うと尻尾を首に巻き付ける。だが力は全く入っていない。
「『今はこのようなざまだがな。この枷を解き放った時、必ず殺してやろう。人間ではなく、大呪塊たる我らが。その為に人間を殺すのだ』」
その声色はどことなく私を想ってくれているようで、安心する。体の震えが自然と収まって柄を握りしめる力が抜けていく。
私には殺してくれる化け物がいるから。私の死を想ってくれる仲間がいるから。そう思うと自然と前向きな気持ちになる。
「…よし、いこう」
この化け物のためだったら、何人も殺す。ティエル・アーディアだって殺してやる。自らを奮い立たせるように何度も何度も念じる。
やがて出口の手前にまでたどり着く。私の魂はすっかり落ち着きを取り戻していた。あともう一歩で外という所で一度大鎌を手放しそっと私の契約相手に触れる。相変わらず手には結界の感触。
いつかこの毛に触れるようになるのだろか。
「『どうした、小娘よ』」
「…ううん、なんでも」
そう言って大鎌を持ち上げる。言葉にできないこの感情は何というのだろうか。でも不思議と不快感はない。
「これからよろしくね、《アオ》《アカ》《ミカン》《スイ》」
「『ん、ああ…。待て小娘、それは我らの名前なのか!?』」
「『あっはっは!もしかして考えてたのぉ?』」
「『…まさか名前をつけられるとはな』」
「『ですね…、《絶望》が忘れられていて平等ではないですが』」
「『…』」
「…じゃあ《クロ》で」
「『《クロ》って!《クロ》って!まんま猫みたいな名前じゃん!笑えるね!』」
「『うるさいぞ《同調》!ああいや、ミカン…か?』」
耳元で目まぐるしく入れ替わり続ける声、それの煩わしいこと。でもそれがなんだか面白くって口元を緩めた。
これで第1章は終わりです。
…長かったなぁ。
第2章を始める前に手直ししたりキャラ紹介したりする予定です。
モチベが続くうちにやります。
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