命は代償にならない
一度は晴れた煙がまた結界の中が少しずつ呪塊の姿を隠していく。ほんの数秒だけ現した不気味ながらも荘厳な全貌は今はまた灰色の煙でほとんどを包みこんでいた。
「あるの?私を殺してくれる方法が?」
冷え切っていた感情が再び震え上がる。得も言われぬ形容をした呪塊のたった一言にどうしようもないほど心が揺さぶられてしまう。食虫植物に釣られる虫のように体が動き結界へと近づいていく。
「『ええ、あります。最後には必ず、あなたをを殺してあげますですよ』」
《平等》がそう言うと他の3頭が顔を近づけてくる。
「『いいか小娘よ…、この結界を壊すことは絶対に叶わない。それは小娘と我らの力を合わせても無駄だ。今は諦めろ』」
「『だが、今壊す必要はない。優先順位は壊すことより、この場から去ることが先だ』」
「『そうそう。我らと君がここに居続けるの愚策なんだ。ここに居続けると必ず《諦念》の言った最終手段というものを使わないといけないからね』」
「…そういえば、最終手段って?」
《諦念》との会話で出ていたような気はするがその内容がどんなものなのかまでは聞いていない。むしろなぜ使わないのかとも思った。
「『…ああ、言っていなかったか。言っても無駄と思っていたからな。…まあいいだろう。やること事態は簡単だ、我らの全魔力を放出して無理やり破るだけだからな。周囲の呪塊が集まってくるのはその魔力にあてられたせいだ』」
「それじゃだめなの?」
「『はっ、頭が回ってないな小娘よ!全魔力を使うのだぞ!魔法少女どもが来たら魔力のない我らなど集まってくる呪塊より体のでかいだけの的にしかならぬわ!』」
「『つまり復活とは言えど、ただの自殺行為と変わりないのですよ。それも我らの意思で使うことになるのではなく、忌々しいことに管理者の意思で使わされるのですよ』」
そこまで聞いて納得した。魔力切れを起こしたことはないが、なくなれば魔法少女もただの少女となんら変わりはないのはわかる。魔力がなくなれば何もできなくなるのは呪塊も同じだった。
そして同時に思い出した。管理者というものの存在。ログアウト不可能のデスゲームを始めたやつだったと記憶している。
それよりも驚いたのはその管理者と伝言を残した者が同じ人物だということだ。デスゲームなんておかしな事態を引き起こして、そのくせ私の所在地を特定してわざわざ生かそうとしている。殺したいのか生かしたいのかやりたいことが分からない。得体のしれないやつだ。
それに《平等》の言う忌々しいやつだということには同様の念を抱く。なにせその管理者とやらが私を生かしたせいで飢餓死できなかったのだから。私が考えうる限り一番静かに自らの手で死ぬ手段を奪ったやつだ。この人間もろくな奴じゃないだろう。
「『まあ取り合えず、ここにいたら人間どもに殺されるのは分かったよね?だからさ、我らと君が協力してまずはここから出ようってことなんだ。それで、必要なものがあるんだけど』」
「『小娘、お前には今からこの遺跡内にある《最後の約束》というリボンの魔道具を探してきてもらう。光栄に思えよ!我らがここから抜け出るための指先として扱われることができるのだからな!』」
《傲慢》の後半の話を聞き流しながら端末を出す。一度だけ使用者ともう片方に魔法を用いた契約を結ぶことができる。それが《最後の約束》名の魔道具のもつ力。何にも使う予定はない、あるだけ無意味なはずなのになぜか惹かれて手にした魔道具。
「それってこれのこと?」
宙に現れてゆらゆらと浮いているそれをくしゃりと掴んで結界の方へと差し出す。すると《傲慢》は一瞬ぽかんとしてすぐに顔をしかめた。
「『いやあ、あんなに仰々しく言ってたのにすでに持ってきているとは!君に流石だ!と褒めるべきなのか《傲慢》に持っていることを見抜けなかった間抜けと言ってやることか。君たちコントでもしてるのかい?』」
「『ええい黙れ!』」
《傲慢》が痴態を晒したところを《同調》はすぐさま弄りだす。そんな2頭を尻目に《諦念》と《同調》は話を進めた。
「『手間が省けて助かりましたですよ。では手早く行きますですよ。それがどういった魔道具なのかは知っているですね?』」
「うん」
「『それをどうやって使うかも分かりますですね?』」
「それは…知らない」
どんな効果を持っているかは見た記憶があるが、どうやって使うかを見た記憶はない。説明書は倉庫にしまわずに置きっぱなしにしてしまったからここにはない。使うことはないと暗に決めていたのがいけなかった。
「すぐに取ってくる」
「『そんなに早まらなくてよい小娘よ…。それの使い方くらい我らも知っておる。まあ難しいものでもない。魔道具というものは本来ある工程をほとんど省略して簡単に使用することを目的に作られたものだからな。ほとんどの物は魔力を流すだけで使える。故によほど特殊なものでなければそもそも使い方など書いておらぬよ。その魔道具も例に漏れぬ』」
確かに魔法陣を展開したり詠唱をする必要もなく強力な魔法を使えるのは強力だ。しかし、強力な魔道具が多くないことも分かっていた。
「『時は金なり、早速始めるですよ。《傲慢》と《同調》もそろそろ止めなさい。それとお前も項垂れていないで下さいですよ』」
《平等》が声をかけると2頭は醜い喧嘩をおさめる。そして最後の1頭が億劫そうに首を動かした。
「『…』」
「『相変わらずだな《絶望》よ…。まあよい、それが今のお前の役目だからな』」
《絶望》と呼ばれた頭は何も話すことなくただ茫然と虚空を見つめていた。私には見えない何かをその黄金色の瞳で覗いているように見えた。あとは頭たちの中でも一際湾曲した角を持っていること。私にとってはそれだけ分かれば十分だった。
「それで、私は何をすればいいの?」
「『最初はねぇ、浮いている結晶があるだろう?あれを壊してくれ。あれを壊すだけである程度だけど結界の出力が下がるんだ』」
「…あれを壊すだけじゃ結界を壊せないの?」
「『それが無理だから言っておるのだ!いいか、あの結晶は結界を生成する魔法を発動するための補助に使われていたものだ。我らを封じ込めた後は魔力を送り続けて結界の内部と外部を隔絶し続けているのだ』」
「『結界の外からの魔力は内部に入らず、中からの魔力を外には出せない。この魔道具を使うためには我らと小娘の魔力が必要なのですよ。だからその隔たりを解消しなくてはならないのですよ』」
そこまで聞くと短く返事を返してすぐに一つ目の結晶の下へ走り出す。常に動き続けている結晶だが速度はそれほど速くない。
程なくしてたどり着くと、それほど眩しくなかった光が急激に強さを増していく。結晶自体には防衛機能といったものは付いてない。この眩しいだけの光が最後の抵抗のように思えた。それも長くは続かずだんだんと光が弱まっていくと、結晶の中に埋もれているものが姿を現す。
そこには一人の魔法少女が手を組んで呼吸をすることなく静かに眠っていた。一見死んでいるように見えるが、固有魔法で魂を可視化して見れる私にとってはまだ生きていると言えた。
結晶内の魔法少女の魂はまだ肉体という器を離れずにそこに留まっている。が、肉体の機能は損なわれており、その在り方は人柱でしかない。生きていても死んでいるのとなんら変わらないものがそこにあった。
その姿を見て何か思うことはなかった。喜び感じるわけでもなければ哀れとも悲しいとも感情を抱くことはない。愛好することもなく嫌悪することもない。この感情のことをきっと無関心というのだろう。
右手に大鎌を作り出して振りかぶり、刃を中心にめがけて一気に振り降ろして叩き割る。私よりも大きな結晶はそれだけで抵抗することなく砕け散る。中の人柱も同時にその体をひしゃげて崩れ、赤色の吐瀉物で結晶と荒れた床を色染めた。
魂はその一撃で大鎌へと吸収されて、辺りには暗闇と美しくも醜いオブジェの残骸が巻き散らかっていた。
残った3つの結晶を流れ作業のように壊していく。澄んだ空色の髪が舞い、純白のフリルは切り裂かれ、魔法少女という完成されたフォルムからは考えられない醜い造形の物が砕かれた結晶の中から見え隠れしていた。
大鎌と一緒に握りしめていた《最後の約束》は血しぶきで不格好なまだら模様へと変わっていた。
「『ほう、なかなかいい手際ではないか。我らであればより早く終わらせられたがな!』」
《傲慢》の話は基本無視することに限る。一番まともであろう《平等》に次の指示を求めた。
「…それで、次は?」
「『これで準備は整ったのですよ。最後はその魔道具を使うだけ。魔力を流して結界へと触れさせるのですよ』」
言われた通りに《最後の約束》に魔力を流し始める。リボンは表面をほのかに光らせながら垂れ下がった部分を浮かび上がらせる。
それをそっと近づけていき、間近になったところで握りしめていた手を緩めて結界にギュッと押し付ける。瞬間、結界越しに衝撃を感じた。手を離さないようにさらに力を入れていると私の込めた魔力の中に異物が混ざり込んでくるような感覚がする。体の内側と外側が入れ替わったような感覚と共に嫌悪感と吐き気を呼び起こしていく。
そんな感覚が無くなるまでどれくらい経っただろうか。荒れる呼吸を整えながら顔を5つの頭の方へと向けた。
「『ほう、まさか一回目で受け入れ切るとは思わなかったな。自分の能力を過信した愚か者かと思っていたが…やるではないか』」
「『うんうん、《傲慢》の言い方はよくないけどすごいのは確かだ。すごいや!波長が合うのかな?それともやせ我慢かな?』」
「『ふざけるのも大概にしろ。はあ…《平等》よ、本当にうまくいくのか?お前が言うから乗ったのだぞ?』」
「『ええ、問題ないですよ。さて小娘よ、この契約によって我らは完全なる復活の日までお前の僕へと成り下がる。小娘の手足となってこの身を尽くそう。お前は我らの契約者となり、我らの力の一端を望みのままに扱えるようになる。その代償は望む通り命を持って支払われる。異議はあるか?』」
「最後には私を殺してくれるんだよね?なら大丈夫。それにどちらが上とか下とか、そんなの関係ないから」
そう言い切ると《最後の約束》はより一層光を増していく。さらに熱を帯びていって抑えきれなくなるほどに暴れ始める。
やがて熱と光が収まるとリボンは私の手からパッと離れる。ふと瞬きをした瞬間には目前から消え、頭に何かが触れたような感触を最後に異変は収まった。
まだ熱の残る右手で髪の毛に触れると髪以外の何かに触れたような感覚がした。
ワクチン接種に行ってきました。
左腕が筋肉痛みたいに痛かったので、次の日はペンより重いものは右手で持って、マウス動かしたりポテチ食ったりして過ごしてました()
のりしお味最高。