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破綻少女は死に想う  作者: 七天 伝
第一章 求めるもの
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呪塊問答

 わけがわからなかった。目の前の呪塊(カース)は間違いなく私を殺せる存在だというのに。それを私だけでなく、この呪塊もわかっているはずなのに。


 なのに。


「…無理、というのはどういうこと…!?殺せないっていうのは、どういうことなの!?」


 胸中に渦巻くものを抑えきれず、思わず絶叫した。


「なんで!?どうして…!?あなたは呪塊でしょ?まさか殺すことに抵抗があるなんて馬鹿なこと言わないよね!?私なんて簡単に殺せるでしょ!私はね、死にたいの!でも、でも死ねないの…人間(あいつら)の手で殺されたくはない、自分のことも信じられなくて自殺なんて簡単なことも出来ない!だから、だから!」


 床に膝をついて、顔を呪塊へと向ける。荒れた呼吸を整えることもなく、頬に垂れた雫も拭わずに言葉を続ける。


「お願いだから、私を殺して…。私は死なないといけないの…」


 決壊したダムのように頬に雫が流れ続ける。死にたい。その意思は、想いは本物なのだから。しかし残酷にも呪塊は告げる。


「『出来ないのだ、この結界のせいでな…。何百年も前に張られたこの結界は我らの力を封じ込め続けている。内側からはもちろん、外側からも容易に破壊できない強力な結界だ。幾百年経ても綻び一つ発生しない…、完璧な封印だ』」


 そう言うと呪塊は目を細めて上の方に顔を向けた。その声色は諦めを含んでいるように聞こえた。


 そんな言葉では引き下がれない。私は死にたいから。死なないといけないから。

 大鎌を握りしめ、結界に向かって振り下ろす。しかし結果は虚しく、結界は強い光を発して私ごと吹き飛ばした。


「はあ、はあ、はあああああ!」


 立ち上がり無数の大鎌を作り出して結界へ向けて射出する。真っすぐだったり弧を描いたりして飛んで行った大鎌の群れは一つとして有効打には成りえず、結界に触れたものから吹き飛ばされて霧散していった。


「なんで…」


「『言っただろう、聞いていなかったのか?その結界は強力無比だ。そのうえ魔力の練り方がなっていない。そんな稚拙な攻撃が効くわけないだろう。はあ…、我らも抵抗することをとうに諦めている。あとはシナリオ通りに動くだけだ。小娘の存在もバグでしかない…』」


「シナリオ…?」


 シナリオ。確かに呪塊はそう言った。この呪塊は一体何を、どこまで知っているのだろう。この世界のことをどこまで知っているのだろう。


「『ああ、そうだ。シナリオ通りだ』」


「…そのシナリオ通りにいくとあなたはどうなるの?」


 そう尋ねると頭を結界から離し、少し考えるような仕草をして口を開いた。


「『そうだな…、我らは今から数か月後に結界を破るためにある手段を用いる。その影響で各地の呪塊が活性化して私の元に集まり始める。異変に感づいた魔法少女たちがこの海底遺跡に向かい、呪塊の殲滅しつつ我らの下にたどり着く。しかし、惜しくも間に合わず我らが復活。だが不完全な復活だったため弱体化しており、我らは抵抗虚しく討伐される…。そんな筋書きだな』」


 そして一息いれて言った。


「『つまり、我らには確定的で確実的に死が訪れるのだよ』」


 確実な死。何をしようと、どんなに足掻こうと自分らは死に、それを受け入れていると。目の前の呪塊はそう言った。


 私は、それが羨ましかった。だって、そんな簡単に自分が死ぬまでの筋書きが決められているのだから。死ぬまでの手順が用意されていることのなんて羨ましいことか。


「あなたは、簡単に死ぬことができるのね」


 どうしようもないくらい、目の前の呪塊が羨ましかった。私もそんな風に自分の死に方を定められていればよかったのに。


「『小娘、お前は難儀なものだな。死に方一つで悩み、苦しみ、自分すら信じられないとは。それに、我らからすれば、自由に死に方を決められる小娘の方が羨ましいのだがな』」


 そう言うと呪塊は首をもたげた。すると入れ替わるように私から見て一番右側の頭が私へと近づいてきた。


「『小娘、少し質問に答えてもらうぞ?ああ、拒否権はないからな!』」


 その声はさっきまで話していた頭とは違い、傲岸不遜に満ちたものだった。その声色にも諦めの意は一切含まれていない。よくみると角の形も違う。先ほどの頭の角が牛に似ているとするならこの頭から生えている角は王冠のように見えた。


「『小娘、お前はさっきから死にたい、死にたいと言っておるが何故死にたいのだ?』」


「…何を言っているの?だから、私は生きていてはだめで、いけなくて、私は、死なないと」


「『はあ…全く意味が分からんぞ。なぜ死なないといけない?何者かがお前に死ねと命じて、お前はそれに従う義務があるのか?生きていてはいけない?お前が一人死んで何が変わる?世界中から不幸がなくなるとでも?そもそも何故生きようとは思わない?死んで全部終わらせるなんて身勝手だとは思わないのか?』」


 身勝手?どういうこと?私が死ぬことに誰かが何かを想うわけがない。私が死んでも何も変わるわけがない。

 じゃあ、なんで私はいま、こんなにも死にたがっているの?


「ッそんなわけない!私が死ねば!っ死ねば、その、私はその、いや、嫌だ、あ、ああ、うああああああ!」


 右腕と空虚な左腕で頭を抱えて勢いよく地面に突っ伏す。荒れた石畳は気になどならない。額から赤くてヌルヌルしたものが滴り落ちる感覚も数瞬の後に嫌悪感に塗りつぶされた。

 答えが見つからず、思考を巡らすと吐き気が押し寄せてくる。耐えられなくなって口の中から液状のものぶちまける。


「おええええ!はっ、はあっ、ガッごっおえええええ!」


 口の中がイガイガして、先ほど食べたパンと鉄の味が口内を支配する。しかし今の私にはそんな状態すら気にならない。

 何のために死ぬのか。そんなことを想わずに死んでいれば楽だったのに。死ぬ理由が分からないのに死にたいだなんて。こんなの、おかしい。


「『いいや、いいや。人の身で非ざるとも我らには分かるよ。《諦念》と《傲慢》じゃあ分からないだろうけどね』」


 また、新しい声が聞えた。諦めとも傲岸不遜とも違う、どことなく覇気の欠けているような。


「『可哀そうに、はっきりとした死にたい理由があるはずなのに出てこないだなんて。まあ、殺してくれると思っていた相手が無理だなんて言うものだから混乱するのもおかしくない。本気で死ぬつもりでなければここまで反応できないよ。そもそも死にたいと考えるからにはそれに至る理由があるに決まっているじゃあないか』」


 汚物にまみれた顔を上げる。すると今度は羊のような角をした頭が話しかけてきていた。


「『ではそんな可哀そうな君のために僕が答えを教えてあげよう。君は誰かの為に、この世界の為に死にたいわけじゃあない。すべては自分のために。()()()()()()。そうだろう?』」



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