最奥に座する混沌
遅くなりました
大鎌を肩に担いで先へ進む。やることは変わらず、扉を見つけたら叩き切って中に入り、物色していった。しかし、興味をひくものはあのリボン以外に見つかることは全くなかった。食料庫にあったパンを食べたこととリボンの魔道具を手に入れたことだけで私の欲は満ち足りていた。後は死ぬことさえできれば完璧なのに。
新しい部屋を探しながら歩いていると別れ道と壁に何か大きい紙面が貼ってあったのを見つけた。
「…これ、ここの地図?」
魂が壁に張り付いている地図を照らし出す。見つけられたのは僥倖だ。地図によると、この遺跡は円形になっているようだ。
地図には様々な部屋が載っている。先ほど通ったばかりの魔道具保管庫、一番最初に見つけた食料保管庫、他には調理室や訓練場など、私が見ていない部屋もまだまだあるようだ。
一番気になったのは中心部の部屋。一番面積の広い部屋だ。それだけなら気になる要素はない。しかし、この部屋に繋がっている道が一つしかない。そしてその道が今いる分かれ道の右側だ。
さらに気になる痕跡が地図にあった。地図に元々載っていただろうその部屋の名前は黒で塗りつぶされてあり、強調するように赤色で「立ち入り禁止」と書かれていた。
「…もしかして、ここなら」
一応と思い、端末を手元に呼び出して《カメラ》を起動する。レンズを地図の方へ向けて写真を撮る。そして誘われるように中心に向かって歩き始めた。
歩き出して数分と経たずに異常が現れ始めていた。最初に感じたのはわずかな違和感、指先が痺れるような感覚だけ。それを何の問題もないと一蹴していた。しかし部屋に向かって一歩踏み出すごとに痺れるような感覚は全身へと伝わっていき、やがて全身が押しつぶされるような圧迫感へと変わり強さを増していった。
「グウッ!はァ、ハァ…」
激しさはさらに増していく。通路の先から流れていた魔力が黒い波動と化して私を吹き飛ばそうとしてくる。壁の光も悉く消えていき、先導する魂から放たれる光以外何も見えなくなっていった。
増していく重圧感は私に吐き気と苦痛をもたらす。絶え間なく押し寄せる嫌悪感、骨が軋む感覚と腹からこみ上げる吐き気、熱病にうなされる感覚は今にも私の意識を刈り取っていきそう。
魔法少女でなければ、現実の私のままならばとっくに倒れ伏して死ぬことができたのだろうか。
しかし、私は確信していた。この先にいる何かは確実に私を殺してくれる。これほどの力をを絶え間なく放出し続けているモノは、私を飛び交う羽虫のように殺してくれる。
嫌悪感よりも、痛みよりも、吐き気よりも。それ以上に私の頭の中は歓喜が支配していた。それが人間でなければ心持たない機械でも、狂った化け物でも構わなかった。
「もう少し、だから…。あと、もう少しで!」
恐怖なんてものはない。死ぬことが至上の喜びなのだから。
絶望する必要なない。死は私の希望なのだから。
ただただ自らの死を、死を求めて、死を尊んで、死を想っていた。
「できれば、痛くしないで殺して欲しいなぁ」
×××××
そして、私は辿り着いた。
「着いた…」
支えに使っていた大鎌を消して右手でそっと扉に触れる。すると扉は重々しい音をたててひとりでに開いていく。あちらから私を招いているように。この中に入らない理由はない。ふらふらとした足つきで中へと入っていった。
同時に私を襲っていた重圧感や嫌悪感といったものが消え去っていき、視界が開けていった。
中は全体的に暗く、ところどころ柱が崩れかかっていたり、倒壊した跡が見えるのと四方に浮いている3メートルほどの結晶、部屋の中心部に明滅する灰色の半円形の膜があった。
間違いない。あの膜の中になにかいる。
大鎌を作り出して膜の下へと近づいて行く。コツ、コツと広さゆえか足音が妙に響く。中もそこまで明るくなく、浮かんでいる結晶が膜を中心に回りながら魂と同じような明るさで光っていた。
そして膜に触れるまであと数歩というところで、
「『…結界を抜けてきたか、小娘』」
声が聞えた。
普通に聞こえたわけではない。脳に直接響いてくるような感覚がした。それが魔法を用いたものだと気づいた私は半ば本能的に大鎌を構え上を向く。そこには部屋の入り口で見た時にはなかったはずの金色に輝く光球が二つ浮いていた。
「(いや、違う!これは…!)」
光球がゆっくりと上から下からと黒く染まり、また黄金色に輝く。その様子はまばたきのよう。
いや、まばたきそのものだ。これは光球なんかじゃない、目だ。それも巨大な。
全貌はすぐに明らかになった。明滅していた膜は明るさを増し続け、膜の中にいるそれを映し出した。
「『気づいたか小娘、我らに』」
黒色の胴体から突き出す五つの首、口元から覗かせる不気味な牙、頭上に生えている黒色の大角、その巨体から放たれる威圧感、私を捉えて離さない10の瞳。その姿を一言で言うなら大蛇。もしくは、海蛇。
そして巨体から絶えず噴き出している灰色の煙を見て気づいた。結界が灰色なのではなく、この化け物の影響で灰色に見えていただけだったのだと。
私は分かる。この煙は色は違えど本質は同じだ。この化け物は呪塊だ。それも私が倒した呪塊なんかとはレベルが違う。煙の色の違いはその格の違いからなのだろう。
私は、この呪塊には勝てない。
「あ、あぁ…」
「『この遺跡に我ら以外の者がいるのは、なかなか久しいな』」
巨体からあふれ出る威圧感は膜をすり抜けて私にぶつかってくる。私に向けた威圧など気にもせず、世間話でもしようと言うような声色で中央の顔が膜のギリギリまで近づいてきた。
「『どうした、そんなに大きく息を吐き出して。我らの姿に恐れでも抱いたのか?』」
「…ううん」
「『そうか…、何十、何百年前は我らの姿を見て畏怖の念を抱かぬものはいなかったのだがな…。残念なものだ、偽りの年月と言えどもな』」
私の答えに対して目の前の呪塊は呑気に言葉をこぼす。
「『さて、小娘。我らはおまえに伝言を頼まれている』」
「…は?」
この化け物は何を言っているのだろうか。この海中遺跡の中で私に伝言だ、と。誰が、なぜ私に対して、私なんかに伝言を残したのだろう。
「『そっくりそのまま伝えさせてもらう。…【君の体はこちらで回収させてもらったよ。だから安心してそちらの世界で殺しに励んでくれ。昔に比べて医療が発展していてよかったねぇ、一昔前の環境だったら君の体を維持するのは無理だっただろうから。といっても元の体がボロボロだったからねぇ、維持できるのは最長で2年…から3年くらいかな?それまでに終わらせるんだよ。…それじゃあ、頑張ってくれ】…以上だ』」
一息つくこともなくあっという間に伝言は終わった。
体の回収。確かにそう言った。つまり現実の私は自宅にいない。どこかも分からない場所に連れ去られているとうことだろう。さらに連れ去ったうえで私に対して延命処置を施していて、その上ゲーム内での私の行動を容認している。
なぜそんなことをするのか理解できなかった。もう死ぬつもりなのに。餓死が出来なくなったところで結局今から殺されるのだから。
「『伝言について質問があれば聞こう。何かあるか?』」
これで私は、終われるのだから。
「質問はないよ。…でもお願いはある」
「『…願い?』」
そして私は祝福の言葉を告げる。
「私を…殺してくれませんか?」
これでようやく終わる。私は、幸せになれる。
…はずだった。そう、思っていた。
「『…それは無理だ』」