諦念の遺跡探索
本日二話目です
冷たい、という感覚が私の目を覚ました。下半身に目を向けると腰の辺りまで海水に浸かっていた。濡れた右手を顔の前に掲げると指先から雫が滴り落ちてきた。
「死ねなかった、か…」
腕を下ろして立ち上がる。海水から出て数歩歩き、壁を背に座り込む。そして悪夢を思い出して鬱屈とする。死ねなかった自分に嫌気がさした。
私が倒れていた方を見る。また海へと身を躍らせる気にはなれなかった。一度私を殺せなかったのだ。次は死ねる、という保証はない。
くるりと反対の方角を見る。ゴツゴツとした壁が広がり、灯りは一つたりとも灯っていない。人工物らしいものも見当たらなかった。壁にはところどころフジツボが引っ付いていて見ていて少し気味が悪い。
「…いこう」
じっとしていても何かが起きるわけでもない。先へ進むことにした。
私を殺してくれるものがあることを願って。
×××××
魂を一つ取り出し、灯り代わりにして暗闇の中を進む。景色が変わることはなく、同じ場所を歩き続けているかのように錯覚する。が、同じ場所を歩いていないことを壁に付いていたフジツボがなくなっていることが証明していた。ふと端末を出して時間を確認すると22時13分と表記されていた。
途中からフジツボに変わって植物をちらほらと見かけるようになったがそれ以外に変わったものはない。おどろおどろしい雰囲気はいかにも呪塊が出てくるよ、と言わんばかりだが出てきたことはないし、出てくる気配もない。この雰囲気さえ除けば安心安全な洞窟といっても過言ではないだろう。
歩き始めてだいたい十分経ったところで変化は急に起きた。
「これは…遺跡?」
岩の壁や道は途中から整えられた石レンガに変わっていき、等間隔で灯りがついていた。古びた様子はなく、今さっき作られたと言っても信じられるくらい綺麗な一本道が続いていた。
そこに躊躇することなく足を踏み入れる。警報が鳴ることも罠が作動することもなく、舗装された道は私を受け入れた。
コツ、コツと歩いていくと右側に扉があることに気が付いた。一番近かった扉を大鎌で叩き切って中に入ってみる。部屋の中はたくさんの棚と小さな小包が置かれていた。小包を軽く斬ってみると中からは手ごろな大きさのパンが4切れほど現れる。大鎌を壁に掛けて試しに一つとって鼻の前まで持ってくる。匂いを嗅いでみたところ特に腐ったような感じはしなかった。
不意に小さくお腹がなる。目の前のパンに我慢できず、大きく口を広げかぶりつく。噛みちぎって、咀嚼して、もっちりとした感触に舌鼓をうち、あっという間に食べ終わった。
「おいしかった…」
まともな食事をしたのは現実でもゲームの中でも久しぶりだった。
それからも扉を見かけては叩き割り、部屋の中を見ていった。部屋の種類は無数にあり、先ほど入った食料保管庫をはじめ、図書室、医務室、食堂、会議室、寝室、武器庫、宝物庫。途中にあった窓からは水没した庭だったであろう場所が見えた。この遺跡は元々地上にあったものだったのだろうか。
また扉を見つけて中に入る。今度の部屋は少し変わっていた。何に使うか分からないものが一つ一つ大事そうに補完されている。宝物庫、というよりは武器庫に近い感覚がした。銀色の十字架、虹色に輝く羽衣、一見普通に見える振り子時計、何かを象った15センチほどの彫像、黒い色のリボン。どれも魔法のようなものを感じるが何に使うかはまったくわからない。
「…後回しにしよう」
部屋を出ようと体を扉の方に向けると、不意に体が机の角に当たる。同時に机から何かが書かれた紙束が足元に崩れ落ちた。大鎌を消して無造作に一つ拾って読んでみる。
「これは…ここにある道具の説明書?」
この部屋にある道具は魔道具というものらしい。そして今拾った紙は《命の杯》という魔道具の説明書だった。仰々しい名前をしているこの魔道具の効果は魔力を込めると水を生み出すというものだった。魔道具の効果が完全に名前負けしていた。
崩れ落ちた紙を拾い集めながら一つ一つに目を通していく。魔道具の効果は本当に様々だ。例えば《天神の十字架》、一定範囲の気温を自由に変更できるという強力なものだ。逆に《命の杯》同様に名前負けした効果を持つ魔道具もある。いや、名前負けした魔道具の割合の方が圧倒的に多かった。
「これは…」
いま拾った紙には黒いリボンの魔道具について書かれていた。名前は《最後の約束》、効果は使用者ともう片方に魔法を用いた契約を結ぶことができる、それを破ると罰が発生する、一度しか使えない、といったものだった。
特に何に使うかなんて決まっていない。だけどその特異な効果に引き付けられた。拾い終わった紙束を机に置き、先ほど見かけた黒いリボン、《最後の約束》の方へと向かう。透明なガラスケースの中に安置されていたそれは一つの美術品のように見えた。
「ふっ!」
大鎌を薙ぎ、ガラスケースを破壊する。大鎌を手放してリボンに手を伸ばす。触っただけだと特に変わった感覚はしなかった。そのまま頭部へと持っていき髪に結ぼうとする。
「…あっ」
そして髪にリボンが触れる直前に左腕の空虚感を思い出した。仕方なく端末を出し、倉庫の中に保管した。
「…行こう」
再び大鎌を右手に持ち、散乱したガラス片を気に留めることなく部屋から飛び出した。