ある少女の終わりの始まり
しばらくこっちの方書きます。気が向いたら戻ります。
7/30 本文内容を見直し、一部表現・内容を大きく書き換えました。
目を覚ますと、そこは一面真っ白な世界が広がっていた。視線を下ろすと綺麗すぎる手が映る。自分の姿は機器内に記憶されているデフォルトアバターというものになっているようだ。そして同時に、ここは『キャラクター作成』をする場所であることを理解した。
2046年、地球上に世界で初のフルダイブ機器が作られた。2035年から数国の政府直轄の研究所が提携して研究することが決まり始まったフルダイブ技術の研究は11年もの年月を経て、地球上に誕生した。
ヘルメット状の形をしたものに10数個のケーブルが繋げられているその機器は《創造世界》と名づけられ、それを元に量産が始まった。
この機器には2030年からさらに活発になった宇宙開発の最中に見つかった特殊な鉱石が含まれているらしいが、その詳細な情報は秘匿されており、世間一般に出回っていない。
《創造世界》の発売当初に、機器を分解して構造を知り、その情報を元に鉱石の性質を把握しようとした者がいたらしいが、結局何一つ分からずその試みは途絶えたという話もあったらしい。
やがて少しずつ形を変え、簡易化、量産化されていく。大規模な実験が行われ、安全性が確認され2047年に一般向けに販売された。当初、1カ国につき5万台用意されていた《創造世界》は予約開始して1分経たずに再入荷待ちになった。
付属していた世界初のフルダイブソフトは職業体験ものだった。消防士や警官のようなアクティブなものやコンビニ店員や飲食店の厨房担当のような無難な仕事含め10程あったらしい。
しばらくすれば新作が山のように出てくる、レースゲーム、運動系ゲーム、音ゲーム、RPGなどなど。少なかったソフト本数はすぐに解決されていった。
そして現在2052年、世界中がこの機器に夢中になっていた。《創造世界》の後継機である《新世界》が発売され、順調に販売数を稼ぎ続けている。
既に先進国内において、フルダイブ機器を持っていない成人は99%いないとまで言われていた。社会の中で幅広く活用されており、業績や記録を伸ばすベンチャー企業が続出した。
そんななか私、《一都椎名》は運よくフルダイブ機器を手に入れることができた。《第二世界》と言う名が箱に記載されていた。
この機器について世間ではほとんど情報が出ていない。どこが作ったのか、安全なのか、起動するのか。疑念は1度出れば蛇口を捻ったように溢れ出す。
でも、その疑念は全て振り払って無かったことにする。
《第二世界》を段ボール箱から取り出す。軽く説明書を読み、プラグをコンセントをさす。長い配線コードを引き摺りつつ少し埃っぽいベッドの上に寝転がり、起動するために一言発する。
「《第二世界》起動」
すると間髪置かずに脳内に響く人工音。
『ボイスデータを参照中…。確認しました。続いて、起動シークエンスを行います』
起動シークエンスが始まり、だんだんと体の力が抜けてくるような感じがする。説明書通りならフルダイブがこの時点で始まっているらしい。大人しく体を楽にする。
部屋の中は仰向けになっている私の呼吸音、外から聞こえるセミの声、機器から流れる音が木霊している。
鼻をスンとすると、どこか鉄のような匂いが鼻腔をくすぐった。
『…全感覚オールグリーン、同調を開始します…』
ここで私の意識は途切れた。
そして、現在に至る。
私が起動したゲームソフトは『Magic&Girls Online』、日本では「魔法少女オンライン」と呼ばれているゲームだ。数日前からから発売、ダウンロード開始しており、今日からサービス開始とのこと。私の場合は一緒に付属していたので買いに行く必要はなかったが。
因みに、「魔法少女オンライン」などとは言われているが、男性でも普通にプレイすることは出来る。素体は男性のままなのか、女性にもなれるかは私の知るところではない。
このゲームには独自開発のシステムがあり、そのシステムが画期的なところもあって、RPG好きのファンから期待されている。また、《限りなく現実に近い別世界を再現》というフレーズに期待されているらしい。
長い間夢うつつとしていたようだ。ずっとこの状態でいるのも飽きたのでそろそろ始めることとする。
数歩前に歩き、ウィンドウに表示されている『Start』アイコンを指先でクリックする。するとパラパラと本が開くような音が聞こえ、それと同時に声が響く。
『ようこそ、《Magic & Girls Online》へ。これより、キャラクターの作成を始めます。最初にランダムで作成されますので、変更したい箇所をご自由に変えてください』
鈴のような音とともに目の前に自分の分身のようなものである ランダム作成されたキャラクターが浮かび上がってきた。容姿は赤髪にポニーテール、目は少し鋭いような感じであり、口元は少し緩い感じがする。身長はだいたい165センチくらいだろうか。体型は普通くらいで胸元は破裂しそうだ。ぶっちゃけこれはないだろうとランダム作成とツッコんでやりたい。
すぐさま左にある変更ボタンを押す。先程と同じような音とともに変更パーツが表示される。
「…髪の型は長めのツインテールに、色は銀にして、身長は大きくなくていい。目は…デフォルトのものを…。あとは…」
そうして完成されたアバターは銀色の髪で髪型は長めのツインテールで地面スレスレ、口元と目付き、鼻はデフォルトのものを使用し、身長も160センチほどあったものから136センチと現実の私と同じにした。胸元も身長相応の小ささにし、目の色も黒から赤にした。
「これでいいかな…」
軽く見直したあと確認ボタンをクリックし、《Yes・No》表示が出たところ迷わず《Yes》をクリックする。
『キャラクター作成が終わりました。可愛いキャラクターが出来ましたね』
「…」
定型文のような物言いに少しムスッとする。お世辞にしたって芸がない。
『では続いて武器、もしくは固有魔法を選んで貰います』
「……」
鈴のような音と同時にウィンドウが現れる。表示された武器と魔法は《剣・短剣・筆・鞭・魔道書・二槍・バット・大鎌・標識・黒魔法・火縄銃・風魔法》の12種類だった。標識?と思う気持ちを抑えて選び始める。
「試しに持つことは…」
と、手元に大鎌を意識するとズシンと重みが現れる。慌てて落としそうになるが両手でしっかりと掴み持ち上げる。
試しに軽く振ってみる。大きく上に振りかぶり、下に振り下ろす。ヴォンっと空を斬るを音が聞こえ、大鎌の先端は真っ白な床に突き刺さる。
「…ふぅ」
私の身長よりも大きい大鎌。不気味さとその中に狂気の様なものを折り重ねたものを私は大鎌から感じた。しかし、それが何だか心地よくて、こうして手で持っているだけでどこからか長年感じることのなかった安心するようなものを感じる。
「…これ、これにしよう」
大鎌を一度左手で持ち、直ぐに右手で《大鎌》と表示されているボタンに手を伸ばす。《Yes・No》と表示され手早く《Yes》を選択する。
『では最後に、名前を入力してください』
すぐに名前の入力欄が表示される。入力文字数は無制限だが長くするつもりはない。自分の名前から簡単にもじっただけだ。
『《しぃ》ですね。……使用されていない名前です、この名前でよろしいでしょうか』
私は迷わずに《Yes》のボタンをクリックする。
最初はもう少し現実離れした名前を付けようと思っていたが、結局思いつかなかったので名前からもじることにしたのだ。
『登録完了しました。これよりこの世界でのあなたの名前は《しぃ》になります。続いて《デフォルトキャラクター》に作成したキャラクターを上書き保存します』
そう言われて直ぐに体全体が光に覆われた。目を瞑って眩しいのを我慢しつつ20秒くらい待っていると光が消えたので上書きが終わったのであろうと思い目をあける。
「こうなるんだ」
軽く手を開いたり閉じたりしたり、髪の毛を触ってみたりしたところでもう一度容姿がら見たくなった。
「鏡って見ることできる?」
『可能です。表示します』
直ぐに目の前に鏡が表示された。鏡に映る《しぃ》の姿をみて何とも言えない感情がふつふつと浮かぶ。
髪と目の色以外はあまり現実の私と離れた容姿ではない。現実の私と全く同じ容姿に設定してもよかったかもしれない。
『…よろしいでしょうか?』
「…大丈夫」
『では…最後にこちらをどうぞ』
そう言って手元に10センチほどの端末を渡される。この形、スマホと呼ばれた端末を昔の人は大人から子供まで沢山の人が使っていたらしい。
『この端末の中にはいくつか機能がありますがそれは後ほど確認してください。変身も基本的にこの端末を使って行いますのでそれだけいま確認しましょう。《展開》と表示されているものがあるはずなのでそこに触れてください』
指示通りに《展開》と表示されるアイコンに触れる。すると魔法陣が私の足元に展開された。
「これでいい?」
『はい。ではその魔法陣の上で声の大小は問わないので《起動》と言ってください』
ようやくだ、と思いつつ声を発する。
「起動」
変化はすぐに起きる。魔法陣がカッと光を放ち、その光に飲み込まれる。1秒もかからないうちに光は消える。すぐに目の前にある鏡で確認してみると、私の姿は、白と黒で彩られたロリータなワンピース服になっていた。黒い布に白いフリルとリボンが可愛らしく飾られていた。
「おお…」
普通のひとがどんな感想になるかは分からないが、少なくとも私はこの姿をかわいいと思った。あまり着飾った服は着たことがないから新鮮だ。
『お気に召しましたか?』
「大丈夫」
平坦な声をしている割に、内心興奮している自分がいる。これからこの姿が私になるのだ。
そしてこの瞬間から私は《一都椎名》から《しぃ》になった。