1 おはようin異世界
眠りから目覚め体を起こす。
辺りを見回してみるとそこは少し狭い民家の部屋のような場所だった。
壁や床、天井は木材で出来ておりコンクリートなどの俺が住んでいた世界にあったような建材は見当たらない。少なくとも日本ではないようだ。だが、まだ異世界に来たという実感が湧かず心のどこかで疑っている自分がいた。
そんな風に思考を巡らせていると突然部屋の扉が開かれ一人の女性が入ってきた。
「あ、目が覚めたんですね。よかった・・・」
女性は安どしたように胸をなでおろしながら言った。日本語で聞こえるってことはここの言葉は何とか理解できる言葉のようだ。
見た目はおそらく俺よりも二つか三つほど年上。長い茶色の髪は三つ編みで一つにまとめられ肩から前に出されている。落ち着いた雰囲気のお姉さんという感じだ。
「びっくりしましたよ、村の外に倒れているんですから。冒険者の方ですか?、荷物を持っていないってことはもしかして襲われたんですか?」
心配そうに顔を覗き込んでくる女性に俺は反射的に後ろに下がる。年齢=彼女いない歴の俺には年上のお姉さんの顔アップは精神的に多大なダメージを与えるのには十分だ。
「あ、えっと・・・」
彼女の質問に答えることができず口ごもる。さすがに異世界から来ましたなんて馬鹿正直に言えるわけがない。下手すれば警戒されて今後の計画に支障をきたす可能性がある。
ここは適当にそれっぽい言い訳を考える必要がある。
「実は遠い国からここまで来たのですが、途中で賊に襲われてしまいまして・・・」
我ながら完璧だった。どんな国があるかわからないからとりあえず遠い国とだけ言っておけばそれっぽく聞こえるだろう。
「そうだったんですか、大変でしたね。あ、まだ名乗ってなかったですね、私はニネットといいます。このアソックの村で治癒術士をしています」
ニネットと名乗った女性は微笑みながら自己紹介をしてくれた。
「俺は如月光夜です」
「キサラギコウヤ・・・もしかして東方の方ですか?」
「え?、あ、はいまあ・・・そんなところです」
つい適当に言ってしまったがこの世界にもどうやら日本的な国があるらしい。
そこまで言って突然俺のお腹が悲鳴を上げる。どうやら飯をよこせと抗議をしているらしい。実際腹が減っていた。相当の時間行き倒れになっていたようだ。
「あはは、お腹空きましたよね。お昼ご飯を準備するのでついてきてください。・・・立てますか?」
「すみません、大丈夫です」
俺はベットから出て立ち上がりニネットの後をついていく。
「そういえばその服は何ですか?、東方の方でも見ない服ですが・・・」
そう指摘されて俺は自分の服を見る。着ているは俺の学校の制服だった。ニネットの服はRPGでもよく見るようないかにも町娘というような草布で作られたロングスカートの服だが俺はどう見たって奇抜な服にしか見えない。目立たないためにも着替える必要がありそうだ。
「実は俺の家に伝わる旅の正装なのですが、動きにくい上に目立つので取り換えれないですかね」
我ながらよくこんなにポンポンと噓を吐けるものだと自分でも感心してしまう。詐欺師になる才能でもあるのだろうか。・・・まあ、冗談抜きでこれから必要になりそうなスキルではあるが。
「そうですね・・・ここの万事屋に行けば色々見繕ってくれるかもしれません。お金がないならその服を売ってみるのはどうでしょうか?、そうすれば町まで行くための武器や防具ぐらいは買えるかもしれません。」
丁寧に説明してくれるニネットに俺は頭を下げる。
「何から何までありがとうございます」
「いえいえ、それよりもご飯にしましょうか。そこに座っててください、すぐに持ってきますので」
そう言ってニネットは台所の方へ向かった。
暇になり辺りを見回してみる。ここの部屋も木や石が中心に作られており少なくともプラスチックなどの化学製品は見当たらない。この村だけが発達してないのかこの世界全体の文明レベルがこれぐらいなのか。もし、世界全体が、大きな国なども中世ヨーロッパレベルでそこに魔法を追加しただけのような技術ならばこれからの生活は慣れるまで苦労しそうだ。だが、それと同じぐらいの高揚感もある。この世界の魔法がどれぐらいのものかは知らないが、もし、そんな魔法を上手く強奪すれば今や一国の王や貴族となったあのくそ野郎どもの首にも俺の刃が届くかもしれない。泣いて許しを請うあいつらを痛めつけながら最後にはこの世界に転移してしまったことを心の底から後悔するような辛い殺し方で殺してやる。
そこまできてハッと我に返る。顔の違和感に手をやると口角がびっくりするほど吊り上がっていた。心配になってニネットの方を見たが料理をしていてどうやらこちらには気づいていない様子だった。
おそらくさっきまでの俺は相当やばい顔をしていただろう。これからは気を付けなければ。
ふと思い出し、俺は自分の制服のポケットの中をあさる。先ほどニネットが言っていたように俺の世界のものはもしかしたら高く売れるかもしれない。ならば売れるものなら全部売ってしまいたい。うまく行けばこれからの活動資金になるのだ。
そう思って制服のポケットというポケットをあさる。すると携帯の入っている右側のポケットに見覚えのない紙が入っていた。
「・・・なんだこれ」
そう呟きながら紙を開く。そこには『如月光夜へアクサス・イルオーネより』と書かれていた。俺は急いで紙を開いて中身を読む。
『やあ、これを読んでいるってことは君は無事に異世界に着いたということだと思う。早速本題で悪いが実は君にどうしても伝えなくちゃいけないことがあったんだ。それは魔法強奪の詠唱と効果なんだけど、時間がなくて説明できなかったんだ。発動は相手が魔法を使う直前、魔法名を言って魔法が構成された瞬間に相手の方へ手をかざして《プランダー》と唱えて。そうすれば相手の魔法の指令を解析して頭の中に効果と使い方が刻み込まれる。そのあと相手の魔法は消去されて二度と使えなくなる。もしそっちで仲間が出来たら間違ってもその人に使わないようにね。その能力は奪うことはできても譲渡することはできないから。それじゃあ君の夢も、復讐も、応援しているからね。』
そこまで読んで俺は苦笑いを浮かべた。最後までラフな人だった。なんだかまたどこかで会うような気がしてならない、そんな神様だった。
「ご飯できましたよ」
後ろから声をかけられ振り向くとお盆に料理をもって立っているニネットの姿があった。
「食べ終わったら万事屋に案内しますね」
「はい」
ニネットは素早く料理を机の上に並べた。メニューは野菜のスープとパンだ。
「いただきます」
「はい、たくさん食べてくださいね」
考えるのは後でいいかと思考を一旦止めて俺はとりあえず腹を膨らますことにした。