29 仮の面
少し慣れた天井で、俺は目を覚ました。
ここに来てから二週間くらい。正確には十日目。
体を起こしながらぼんやりと窓の外を見た。
晴天が広がり、鳥たちが鳴く。この世界でも、やっぱり朝の風景は大差ない。
こんな澄んだ空気が、俺は少し嫌いだ。
清々しく起きれる日なんて、いじめが始まってから、一度だって来ていない。
きっとこれからも、来ないのだろう。この復讐劇が終わるまで。
だから、せめて早く終わりますようにと今日も願った。
感傷に浸り、ポエムを頭の中で書き込んでいると扉から軽快なノックが聞こえる。
「光夜さん、起きてますか?」
恐る恐る、といった様子がよく似合う声で問いかけてきたのはシャーネだ。
「どうぞ、入って」
「あ、はいっ、お邪魔します」
扉を開けて入ってくる。そこにとても久々に感じられる緑の綺麗な髪が揺れた。
「久しぶり、お仕事は?」
「終わって帰ってきて、寝て起きたんです・・・」
にしては疲れた顔をしている。
俺はこの顔を知っている。ジャパニーズの社畜という生き物がしている顔だ。
「お疲れ様です・・・」
「いえいえ・・・」
そんな風に言い合い、頭を下げ、それがおかしくて笑った。
「んで、どうかした?、なんか用があったんじゃないの?」
「あぁ、そうでした。なんだか久々に会話をしたもので、忘れてしまいました」
少し恥ずかしそうに言って彼女はわざとらしく咳払いをして口を開く。
「・・・仮面、出来上がりましたよ」
「おお・・・!」
と、口では言っているが実は普通に忘れてた。
最近シニカさんに訓練という名の暴行を受けていたせいで完全に忘れていた。
「それって、あの店まで取りに行くの?」
そう聞くと、なぜかシャーネは顔を歪め、目を少しそらす。
「いえ、本来はそのはずなのですが・・・」
「珍しく来ちゃってるんですよねぇ?」
「キャァァァァ!?」
後ろから来た黒い影にシャーネが絶叫しながらこっちに飛んでくる。俺はそれを慌てて受け止めた。
・・・やわらかっ、かるっ
後ろから出てきた影に目を向けると、そこには
「お久しぶり・・・というにはあまり経ってはいませんねぇ、光夜さん」
特徴的なペストマスクに黒コート。仮面屋のルロイだった。
「おはようございますルロイさん。仮面の件、ありがとうございました」
「いえいえ、仕事ではありますが私も楽しくやらせていただいておりますので」
吞気に挨拶を交わす中、シャーネは仮面をつけていない時状態とは思えないほどの目つきでルロイを睨みつける。
「・・・だからあなたのことは嫌いなんです」
「ハハハッ、また嫌われてしまいましたねぇ」
「次同じ事やったら、たとえルロイさんだとしても殺します!!」
「ハハッ!、ウェニズマ氏に首を落とされますよぉ?」
「この人殺したら殺されるんだ・・・」
衝撃の事実だった。
「いやぁ、私、こう見えても幹部の一人なんですねぇ・・・普段あんな場所で商売なんてしている上、指揮も全然取らないし、運営にも一切口出ししないものですからねぇ」
笑いながら衝撃の事実をまるで近所の子供にお菓子をあげるかの如くポンポンと出してくる。
「せっかくですから、改めて自己紹介でもしましょうか。私はルロイ・ハーネスト。この教団の技術開発班の統括をしてます。これからここで働くならば彼らや私が力になるでしょう・・・よろしくお願いしますねぇ」
「シャーネにこんな言葉使いしてる俺が言うのもなんですが、いいんですか?、なんというか、幹部相手にしてはすごいフレンドリーというか、殺すとかって・・・」
「あぁ、なるほどですねぇ。その疑問はもっともですねぇ・・・彼女がいくら優秀な人材で特別優遇されているとしても所詮は一教団員。本来ならば粛清対象まっしぐらなのですが・・・」
ペストマスクの奥に映る瞳で彼女をちらりと見た後にどこか嬉しそうな声で続ける。
「彼女は私の特別な友人なものでしてねぇ?、ついつい甘やかしてしまうのですよ」
完全に子供扱いされているのだけはよくわかった。
彼らの関係については教団とはまた別に、何か特別なことがあるのだろう。
「・・・そういえば、本来ここに来た目的を忘れていました。今日はこれらを渡しに来たんですよ」
そう言ってルロイさんはどこからともなく大きめの袋とスクロールを取り出した。
「この袋にはご注文通りの杭が約四十本ほど、残りは備品倉庫にあなたの名前で預けてきました。言えば出してくれるでしょう。足りなくなったらここにいる技術開発班の団員に言えば出してくれるでしょう。話は通してありますからね。あと、杭を持ち運ぶための腰につけれるホルダーも作りました。大丈夫だとは思いますが使いにくかったりサイズが合わなかったりしたら私に行ってくださいね」
そう言って袋を手渡した。・・・結構重い。
というかなんで俺の腰のサイズ知ってんだ?、え?、測った?
「こっちはあなたが仕事で使うであろうストレージの魔法スクロールです。・・・あなたならスクロールなしでも使えるのではないですか?」
「え?、あぁ・・・はい。あとでやっておきます」
「いえ、今ここで見せていただけないでしょうか。私、まだ一度もあなたの本当の魔法を見たことがないもので、大変興味があるのですよ」
「な、なるほど」
頼まれれば断る理由もない。スクロールから魔法を奪えるのはアクセラレイション・ショットで検証済みなので多分これでもできる・・・はず。
俺はスクロールをルロイさんから受け取り、そのスクロールに魔力を送る。
・・・実はここまで来てこの魔力を送るという感覚が自分でもよくわかっていないのだが、なんか自分の中に流れる力の流れの一部を一点に意図的に集中させる、という感じでやればなんかできるようになっていた。
これも恩恵のおかげなのだろうか。
スクロールが光を放つ瞬間を狙い、今度は左手に力を入れてかざす。
『プランダー』
そう唱えた途端に光は吸い込まれるように虚空に消えた。
「おぉ、それが世にも珍しい魔法を奪う力・・・」
ルロイさんが感嘆の声を漏らす。
「さあ、珍しい魔法も見せていただきましたし、これが本来の目的です。気に入ればよいのですが・・・」
そう言いながら後ろから取り出したのは、仮面。
紺と黒を基調とした顔には赤と黄色の宝石がオッドアイのようにあしらわれている。
紺色で描かれた表情は笑っているようにも悲しんでいるようにも見え、何とも言えない複雑な表情を漆黒の中に薄っすらと浮かべていた。
「・・・って、目の穴とか、空いてないんですか?」
本来それがあるであろう場所には透き通った赤と黄色が輝いている。これからはとても覗ける気がしない。
「・・・まあ、つけてみてください」
俺はその言葉に頷き、仮面をつける。
瞬間、仮面が消えた。
「え!?、ヤバッ!、消えた!?」
「落ち着いてください。そう見えるだけなんですよ」
そうたしなめてきたのは横に立っていたシャーネ。
「その仮面は装着者の視界の邪魔をしない魔術がかかっているんです。ほら、私の仮面にもついてなかったっでしょう?」
そういえば、シャーネがつけていたあの機械のようなごちゃごちゃした仮面にも目の穴はなかった気がする。
「拒否反応はないようですねぇ。よくお似合いですよ」
拒否反応って何?
「魔具には適性があるんですよ。合わないものはとことん合わず、下手すると死にます」
俺の心を読むかのようにシャーネが説明をたす。
・・・というか死ぬって。
「そのために質問であり、血の採取ですよ。私たちはその仮面のようにかなり強い魔具を扱ったりするのでね、拒否反応などにはかなり気を使っているのですよねぇ・・・さて、用事も終えたことですし私はウェニズマ氏にでも挨拶して帰りますかねぇ」
「技術開発班の方にも偶には顔を出してあげてくださいよ」
「ハハハッ、あそこは大丈夫ですよ。ライズ君もいますし、どこかの戦潜実行班よりは統率はとれていますからねぇ?」
「ぐぬぬ・・・」
俺は戦潜実行班なる単語が気になって首をかしげる。
というかルロイさん、統括なのに顔出してないのかよ。
そういえば、ライズって確かあのローズ・サファティの手紙に書いてあった・・・
「では、失礼しますね。あぁ、私は行きませんが光夜さんは技術開発班に顔を出しておいて損はないと思いますよ。これから命を預けるに等しい子たちですからねぇ」
そう言ってルロイさんは消えるようにこの場を去っていった。
「・・・本当にこれだけのために来たんだ」
「あの人は気まぐれですからね・・・」
疲れ切った表情でそういった。かわいそうに
「シャーネはどうする?、休んだ方がいいんじゃない?」
疲れているのはルロイさんだけのせいではない。俺は彼女に休息を進める。
「そういうわけには・・・と言いたいところですが、正直すごく疲れたのでもう少しだけ部屋で眠りますね・・・お疲れ様です」
そう言って今度はシャーネがゾンビのようにふらふらと隣の部屋に消えていった。
俺はそんな姿を見ながら少し笑い、仮面を外しながら次にどうしようかを考える。
「・・・とりあえずシニカさんのとこに行くか」
もはや日課である稽古に俺は昨日殴られた右の横腹を抑えて彼女のいる管理室へ向かうことにした。




