28 異端の白
「あの・・・少しだけ、よろしいでしょうか?」
「はい?、どうされましたか?」
アシェットは俺の顔を覗き込むように見た。
「君、アイボリーって・・・」
「・・・あぁ、なるほど。そういうことですか」
俺の言葉にどこか納得したように手を叩く。またもその行動の意味が分からず、俺は首を傾げた。
「そういえば貴方はあの腐れ女を殺してくださった方でしたね」
彼女はそう笑顔で言った。
・・・笑顔!?
「待って、想像してた反応と違い過ぎて困惑が止まらないんだけど」
にっこにこのアシェットに「あぁ、そういえば」と遅れて納得するシニカさん。
「あっ、もしかして私が怒ってたり悲しんだりしてると思いました?」
俺は無言で首を縦に振る。
「ハハハッ、冗談にしてもあんまり面白くないですよ!。あんなアイボリー家の面汚しなんか死んだところで悲しむわけないじゃないですか。むしろ喜ばしいですよ。貴方には我が家を代表してお礼と廃棄料を支払うまでありますよ」
可愛らしい顔から出てくる罵倒のオンパレードに固まる。
「・・・そんなに?、そこまで言うの?、い、一応肉親なんでしょ?」
「あんなのと血がつながっていると思うと吐き気がしますよ」
「えぇ・・・」
本当に嫌そうなのがなんかもう・・・
「いやぁ、確かにあの人、俺のこと奴隷にしようとしたようなクソ野郎かもしれないけど、そんなに嫌われるようなことお家でしたりしたの?」
苦笑いで問う俺に彼女は少し考えるそぶりをして口を開いた。
「そうですね。この話を外でするのもあれですし、中でお茶でもしながらお話します。あの女を始末してくれたのですから、それくらいはしましょう」
ホントに、急に口悪くなったなこの子・・・
そう言いながら歩き出すアシェット。俺はシニカさんに一瞥し許可をもらって彼女の後に続いた。
宿舎の入り口すぐにある小部屋、外には〈懇談室〉と書かれた部屋に案内され、そこにあるソファにアシェットと対面になるように腰を下ろした。
彼女は入るときに使用中の札をかけていた。・・・システム無駄に可愛いな
「さて、まずはあの愚姉を始末していただき、ありがとうございました。一族を代表してお礼申し上げます」
対面のソファから立ち、深々と頭を下げてきた。
「あぁ、いや、まあ何というか、本来シャーネが殺してたはずなんですけどね・・・俺はそれを譲ってもらったというかなんというか」
「それでも、ですよ。私ではできなかったんです」
窓の向こう、遠くを見て淡々と話す。
「私たちアイボリー家は代々治癒士の家系であり、この教団に仕えてきました」
ソファに座り直し、彼女は俺の目を見つめた。
「私の母、レイビス・アイボリーは幹部の一人であり、衛生医療担当班の統括でもあります。始まりの五人、『グランドナイフ』の一人であった初代アイボリー様は大層優秀な治療士であったそうです」
「そんなすごい家系のアシミットが、なぜ・・・?」
「あれは我がアイボリー家に生まれながら上位治癒魔法を持たず生まれてきてしまった・・・言ってしまえば落ちこぼれです」
どこか悲しそうな目をしながら彼女は続ける。
「それだけならばよかったのですが、何を勘違いしたのかあの女は我々アイボリー家と教団を逆恨みし、情報を流し、教団の人間を数人連れて脱走しました・・・その後は奴隷商のまねごとをし、教団から逃げながらその組織を作り上げ、奴隷商としての皮肉でつけていたであろうその銀色の首輪から〈銀首輪〉の二つ名で恐れられるまで行きました。この教団に、暗殺依頼が来るほどに成長したんです」
その目の悲しみは怒りに変わっていた。
「そこで派遣されたのがシャーネさんでした。なんせ大事にするわけにはいかなかったもので、隠密に素早く、なるべく情報を集めて殺す必要があったんです」
「なぜ情報を?」
「アシミットが、かの大罪人、〈強奪者〉イツキ・クジョウと繋がりがあったからですよ」
その名前に、俺は頭を殴られたような衝撃を覚えた。
九条逸希、あの四人の中の一人であり、王国を追い出された愚か者。
「・・・だからシャーネはすぐに仕留めずにいたわけか」
「まあ、結局それらしい情報も得ることはできず、脱走者とアシミットの始末だけで終わったんですがね」
「とりあえず、君とアシミットの関係はわかったよ。話してくれてありがとう」
「いえいえ、こちらとしては当然のことですし、知っておいて損はない情報だと思いますしね」
彼女は少し落ち着きを取り戻したのかその見た目とはかけ離れた大人びた笑みを浮かべて返した。
「・・・あの」
「どうかしました?」
「いや、さっきの話をされた後にこんなこと言うのもなんという、失礼なきがするんだけど」
不思議そうな顔で首を傾げたアシェットに俺は何とか口を開く。
「あれだけ言った後だけどさ、俺、ちょっと彼女には感謝してるんだ」
「・・・はぁ」
よくわからない、という反応をされる。当然のことなので俺は言葉を続ける。
「まあ、感謝してると言っても、俺はアシェットにというよりニネットさんに感謝してるんだよ」
「・・・ますますわかんないです」
「俺さ、ここに来るまで結構虐げられてきたというか、死にたくてさ。人の優しさとかに全然触れられなくて、両親も俺のこと全然見てくれないし、誰も助けてくれなかったんだよね」
過去、言っても感覚では二週間ほどしかたっていないが、その情景を俺は心の中で睨みつける。
「だから、例え嘘だとしても、俺の反応を見て遊んでただけだとしても。嬉しかったんだ。あの温かい野菜スープの味が、今でも忘れられないほどに」
「・・・なのに殺したんですか」
「だからこそ、かな。俺の温かさを少しでも残すために、あの優しいニネットさんを忘れないように、俺はこの手で殺した。今でもナイフを突き刺した感触も、死ぬ寸前の表情も、生暖かい温度も、全部はっきり覚えてる。それが、あの人にできる恩返しであり、償いであり、俺自身への覚悟と誓いだった」
彼女は、まるで別世界の住人を見るかのような目で俺を見ていた。
「変わった人。それはもう、狂人の域ですね」
「自覚してるよ。でも、この仕事はそんな人間でなきゃできないと思うんだよね。少なくとも、今まで普通の生活を送ってたような人間はね」
「わかったような口を」
皮肉を込めた口調で、でもどこか柔らかな音も込めてアシェットは呟いた。
「本当に、面白い人。想像以上でした。初めて聞いた時はいったいどんな化け物が入ってきたのかと思ってたんですがね。別の意味で狂気的な化け物でしたよ」
「化け物って・・・」
「色々な人から貴方の噂は聞きましたが、シャーネさんから聞いたお話が一番興味深かったです。魔王を倒した歴代勇者の中でも最高クラスだといわれる四人、〈強奪者〉、〈電撃者〉、〈防衛者〉、そして〈破壊者〉・・・この四人を殺そうだなんて、本当に面白い方です。」
・・・奴ら、そんな二つ名ついてたんだ。
この二つ名はそれぞれの恩恵による能力を表しているのだろうか。なんかいまいち聞きづらいし、後でシニカさんあたりにでも誰が誰か聞いておこう。
つうか中二病くせぇ・・・自分たちで名乗ってんのかな。だとしたら死ぬほど痛々しいけど。
「堂々とそんなこと言う人、この国では自殺願望者と呼ばれるんですよ」
笑いながらとんでもないこと言ったよ・・・これ素なのかな
「まあ、元々あってないような命だったし、復讐に使ったって問題はないでしょ」
「あはは、確かに、私のようにその命の使い方を最初から決められている人でなければ、そうやって使うのもありかもですね」
「決められてる?」
「アイボリー家はこの教団と共に生き、滅びる存在です。創設以来それは変わらず、初代様の、私たちアイボリー家の誓いであり、使命です」
どうやら、この子の家の事情はこの教団の歴史そのものに深く食い込んでいるもののようだ。
今聞いても分からないことだらけだろうし、何よりこれ以上深く話してくれるとは思はない。
「・・・わざわざ色々話してくれてありがとう。話も聞いてもらっちゃったし」
「いえ、これに関しては私が感謝をしたかったので・・・本来は当主である母が言うべきことなのにこんな形になってしまったことも・・・」
そんな話をしつつ、彼女との対談は終わった。
部屋から出てシニカさんに合流し、「今日は休んでよし」と許可をいただいたので今日は休むことにする。
俺は殺されかけた事と話による疲れで重くなった足を引きずりながら、部屋へと戻った。




