19 後悔と利用価値
首に突き付けられた刃を横目に黄木は汗を流す。
俺は釘を刺すようにその動揺した瞳を睨みつける。
「・・・理由を聞いてもいいかな」
少しだけ震えた声でそう言った黄木の首に短剣にの先をあてた。
そこからは深紅の液体がゆっくりと流れた。
「まさか五年たったので忘れましたなんて言わねぇよな?」
体勢は一切変えずに一つひとつ丁寧に、罪を自覚させるように口にする。
「お前は集団心理に呑まれて、俺のことを貶めた。俺の人生を滅茶苦茶にしたんだ。実行犯だろうと傍観者だろうと関係ねぇ・・・あそこにいた時点でお前らみんな同罪なんだよ」
こいつに関しては特に笑ったり一緒になって暴力を振るってきた覚えはない。
だが、我が身可愛さにあいつらを放置したのも事実だ。せっかくならあのクラス丸ごと沈めたかったがそれは叶わない。
ならばいる奴だけでも殺す。俺はそのためにここに来たんだから。
「・・・今更何を言っても言い訳にしかならないけど、俺はあの時何もできなかったことを今でも後悔してる」
視線を下に落としてそう言った奴から噓の臭いは感じられない。
俺は少しだけ困惑していた。
「そもそも、あそこまでいけば犯罪だ。僕たちは全員訴えられてもおかしくなかった。他のみんながどう思ってたかは知らないけど、少なくとも僕は罪を償うつもりだったんだ」
確かに言い訳にしか聞こえない。しかし、ここまで聞くとなんとなく殺しずらくなってくる。
「だけどあの事故が起きた。僕も転生の話を聞いたときはすごく驚いたんだ。その時は自分の夢を優先したんだけど、最後に神様と名乗る人に君のことについて聞いたんだよ。先に転生してないかってね」
語る黄木はどこか自傷気味に言葉を紡ぐ。俺はそれを黙って聞いていた。
「結局はぐらかされてしまったよ。だからこの五年間、ずっととはさすがに言えないけど心残りだったんだ」
そこまで言って黄木は俺の目をまっすぐに見つめる。
「・・・長々と語った通り自分なりに反省して罪を償うつもりなんだ。だけど君がどうしても僕を殺したいというならば僕は大人しく殺されよう・・・遺書も机の中にあるしね」
黄木は目を閉じて上を向いた。それはまるで首を差し出すかのように。
俺は自分でも意外なほど悩んでいた。
実のところこいつ自身に罪があまりないこともどこかでわかっている。だが、それでも認めたくなくて、今まで恨んでいたものを信じたい自分がいる。
けして黄木の誠意に心打たれたとか、そんなふわふわした理由ではない。むしろそんな単純な理由だったらどれだけ楽だったかと思うほどだ。
なあ、俺はどうしたらいい・・・?
俺は虚空に向かって問う。
『お前の好きにしな相棒。俺の対象はソレじゃねぇ』
紅い目を光らせて深淵が答えた。
ならば、俺は俺らしく言い訳を探そう。自らの選択肢をより正しいものだと信じるために。
「・・・お前には利用価値がある。償いたいなら俺の役に立ってくれ。お前は、お前だけはそれでいい」
黄木はゆっくりと目を開き深く息をついた。
俺も突き付けていた短剣を鞘へと戻して先ほどまで座っていたソファーに戻った。
「ありがとう如月君。僕に出来る事なら何でもするよ」
「なんでもなんて簡単に言うもんじゃねぇよ。俺だって鬼じゃないんだ。さすがにそこまで無理難題を押し付けたりしねぇよ」
やけに誠実な黄木の姿になんだか調子が狂う。悪意が感じられないのが余計と気持ち悪かった。
「・・・にしても如月君は今何をしてるの?、さっきの女の人は一体?」
ぜったい聞かれると思った。・・・まあ、この様子なら行っても大丈夫だろう。
「暗殺者教団に入った。一応は風見隼人筆頭の四人に復讐することを第一目標にしてる。あの人は俺の上司みたいな人だ」
黄木は一瞬驚いたように目を見開いたがすぐに戻る。・・・思ったより驚かない。
「なるほど、納得したよ。つまり僕は僕の出来る範囲で如月君のサポートをすればいいんだね」
「まあ、そういうことだ・・・というかお前は何も思わないのか?、俺が言うのもおかしいが腐っても元クラスメイトだしあまりよくないんじゃないか?、ほら、関係とか・・・」
・・・本当にお前が言うなって内容だが黄木はこれでも一応チェーン店が何店舗もある商会の頭だ。国と敵対はまずいのではと思うのだ。
潰れてもらってはこっちが困る。情報源としてもこれから活用させてほしいのだし。
「大丈夫さ。こっちの話になってしまうが今は税金が風見が引き上げたせいで厳しくてね、この国がひっくり返ってくれればこっちとしても助かるってことさ。それにうちはこのユトニシア王国自体とはそんなに取引とかもしてないんだ。むしろ外の国の方が関係良好って感じだね」
笑いながら言うがなかなかすごいこと言ってるぞこいつ・・・
なんにせよ、お互いに利益があるなら動きやすい。
「分かった。少し癪だがそちらからオウキ商会として何か依頼があるんならこっちで受けれるように手配してみよう。俺にはそんなに権力はないがさっきの女の人・・・シャーネが結構な地位にいるはずだから上手く手回ししてやる」
「本当かい!?、ありがとう如月君!」
「ちょっ、まだお前のこと許したわけじゃないからな!?、殺すのを最後ぐらいにしてやる程度のやつだからな!」
手を握ってぶんぶんと振ってくる黄木に俺は怒鳴る。
すっごい面倒だがなかなか優秀な駒を手に入れた。使えるものなら何でも使おう。
・・・悔しいがそうでもしないと、奴らには到底手が届きそうになさそうだからな。