12 仮面ともう一人の彼女
「入ってくれ」
「お、お邪魔します」
本日二回目のお邪魔しますをしながらシャーネの部屋に入る。
ここは宿舎二階の端の部屋。208号室と書かれた部屋は女の子の部屋と呼ぶのに相応しい明るくきれいな空間が広がっていた。
「・・・意外か?、私がこんな部屋に住んでるなんて」
「へ?、いやっ、そういうわけでは」
思ってましたすみません。
顔に出てた上に黙り込んでしまった。苦笑いを浮かべながらシャーネはベッドに座る。
「大丈夫、すぐにわかるさ」
「・・・どういうことですか?」
俺がそう聞いても返しはなく、彼女は唐突に深呼吸を始める。
それを数回続けてから意を決したように彼女は機械でできたような不気味な仮面に手を触れる。
彼女は仮面のロックを外し手に取った。それと同時に緑色のフードもとれる。
そこからは真鴨色の長い髪がふわりとはねて天色の瞳が真っ直ぐに俺を貫いた。
顔立ちは美しく、若干の幼さを残すその姿が年相応の雰囲気を感じさせていた。
「・・・あ、あんまりジロジロ見ないでください。恥ずかしいですから」
「え、あ、ごめんなさい」
なんとなく謝ってしまったが・・・なんかおかしくない?
彼女は仮面をつけていた時よりも口調も声音も弱々しくまるで本当にただの少女のようだ。
「これが私の本当の姿です。仮面をつけてるときは、なんというか・・・仕事モード、みたいなものでして」
恥ずかしそうに俯く彼女に俺は言葉を失う。
まさか鬼教官と姉御を足して二で割ったようだったシャーネが仮面をとるとこんな風になってしまうなんて・・・
「な、なるほど、どうりで村では仮面を外そうとしなかったんですね」
納得納得と首を縦に振ってできる限り動揺をかき消そうとする。どうやらこの感情は深淵は燃やしてくれないようだ。
「私、実はこの姿だと人が・・・こ、殺せないんです。怖くて。だからああやって自分を新しく作ってなんとかやってるんです」
暗い顔で俯く彼女を見て俺はハッとする。
誰もが簡単に人を殺せるはずがない。それができるのは俺のような狂人ぐらいだ。
こんな少女が、平気だということの方が間違っている。
例え俺と同じぐらいだとしても十六、七だ。別人格でワンクッション置かなければ心が壊れてしまうのも必然と言えるだろう。
「・・・あとは、この髪色が恥ずかしいっていうのもあるんですが」
彼女は暗い雰囲気を振り払うためか照れ笑いをしながらそう言った。
「凄くきれいだと思うんですけどね。恥ずかしくなんてないと思います」
「ふぇ!?」
顔を赤く染める彼女を見て先ほどの自分の言葉を振り返る。
・・・完全にナンパじゃねぇか!!
突然の自覚に俺も顔が熱くなる。
「ち、ちがくてっ、その、いやきれいなのは本当なんですけど・・・!!」
「わかってますよ。私がおかしな反応をしたのが悪いんです、ごめんなさい」
そう謝りながら微笑む彼女につられて俺も笑みを溢す。
「でもよかった。嫌われたり気持ち悪がられたりしなくて」
安心したと言わんばかりに胸をなでおろす彼女を見てなんだか少しだけ切なくなる。
少しだけ、彼女と俺は似ている気がする。
「そんなことしませんよ。むしろ仮面をつけてるときとのギャップの方がびっくりでしたよ」
「あはは、みんなそう言うんですよね」
苦笑いを浮かべながらそう言った。まあ、大抵は俺と同じ反応を示すだろうな。
「とりあえず案内しますよ・・・あ、この時の私なら敬語じゃなくていいですよ。歳も近いと思うので」
「そうです・・・いや、そうだな。そうさせてもらうよ」
こっちのほうが楽っちゃ楽だが何ともこそばゆい感じだ。最後に同い年の女子とタメ口で話したのいつだったっけ・・・?
「俺のこともタメ口でいいけど」
「あ、いやっ、私のは癖みたいなものでして。みんなにもこうなので気にしないでください。あとシャーネって呼び捨てにしてください」
「え、あ、えっと・・・シャ、シャーネ?」
「はいっ。光夜さん」
「っ~~!!」
顔を熱くして悶える。・・・チェリー丸出しかよ恥ずかしいなおい。
にしてもこうやって話すと本当にただの女の子だな。
・・・まあ、上司と部下っていう関係は消して揺るがないので俺も時と場所を考えることにしよう。
少し満足そうに足をぶらぶらとさせる彼女は可愛くてずっと見ていたい・・・が、そうもいかない。
俺は早く奴らの首に刃を突き立てなければならないんだ。
一分一秒無駄にするなと《俺》が囁く。
「シャーネ、世間話も楽しいけれどそろそろ宿舎を案内してほしいな。それとも他になにか用事がある?」
「あっ、忘れていました!。すみません!、私が自分で案内するって言っておきながら・・・」
先ほどまでの明るい表情から一転、怒られてしょぼくれる子猫のような顔になる。
本当に表情がコロコロと変わる。面白い子だ。
「いいよ。俺もシャーネと話すの楽しいし。しょぼんとしてるくらいなら早くいこう」
我ながらなかなかコミュ力が上がったものだ。
前までならこんなこと絶対言えなかった。
「・・・そうですね。お昼もまだですし、ついでに食べてしまいましょうか」
彼女は文字通りピョンとベッドから立ち上がり扉まで歩く。
「あ、光夜さん」
「どうしました?」
ドアノブに手をかけたままシャーネは振り返らずに言う。
「本当の私をしっかり受け止めてくれてありがとうございました」
「えっ、あ、はい・・・」
突然の改めてのお礼に俺は動揺する。
それとともに扉の向こうに消えかけたシャーネの姿を見て俺は急いでその背中を追いかけた。