10 深淵の火
落ちた先は全くもって何もない真っ黒な世界。
先ほどまでいたはずの大聖堂の内装は全くなかった。
『全く、俺の計画を邪魔しないでほしいな』
どこからともなく声が聞こえて咄嗟に振り向く。
そこには《俺》が立っていた。
外見は全く一緒・・・ではない。学校の制服を身にまとい、瞳は深紅。手にはかなり濃い青紫色ともとれる黒い炎が静かに、まったく音を立てずに燃えていた。
「お前は・・・俺か?」
『そうだな、まあ正確に言えば違うんだけど』
そう言って《俺》は笑う。苦笑というか呆れている感じだ。
『俺はお前の復讐心の塊さ。奴らを殺したくて殺したくてたまらない心・・・その殺意と欲望が入り混じった願いが産んだ神の恩恵の副産物ってとこか』
「副産物・・・?」
『ああそうさ。神アクサスがお前に力を与えるときにお前の《願い》を使った。その時にお前の願いに隠れて燃えていた俺がこうして本物の《力》として生まれちまったわけだ』
どうやら《俺》はアクサスから与えられた四つ目の恩恵らしい。
「でも、力って具体的に何してんだよ」
『ひっでぇ言い草だな・・・お前この世界に来てから自分が自分じゃないような感覚を何回か味わっただろ?』
・・・あった。むしろありすぎるくらいだ。
人を殺すことへの躊躇いのなさ。あの子供への罪悪感。短剣と直剣という高難易度な戦い方。そして先ほどまでの喋り方。
まるで乗っ取られたような違和感はこいつのせいだったのか。
『障害になりそうな感情はその都度俺が燃やしてた。喋り方は・・・まあ奴らと適切な関係を築くためだ』
「それは・・・全部奴らへの復讐のためか?」
『当たり前だろ?、俺はそのためにここにいるんだ。だから復讐の邪魔になるんなら人も、物も、感情すらも排除する。それが俺の役目だ』
「なるほど・・・」
自然と口元は緩み、口角は上がる。
不敵な、不気味な笑みで笑う俺を《俺》は同じようにニヤニヤと笑いながら見る。
『お前は俺、俺はお前だ。一心同体、俺とお前は同じであり違う。それぞれに役割があり、それを実行する義務が俺たちにはある』
「そうだな、お前は復讐を遂げるために最善を尽くす」
『・・・ならばお前は?』
《俺》はまるでわかってるとでも言いたげな口調と表情で言った。
いや、わかっている。こいつは俺のなすべきことを知っていて俺に答え合わせをしろと言っている。
ならば、俺にできることをするだけだ。
「俺は・・・俺は人間を演じる。お前が好きに動けるように、目的に支障が出ないように人間を演じ続ける」
『合格だ、最高だぜ相棒。お前はいつだって俺のために動いてくれる・・・嬉しいよ』
そう言って《俺》は気持ち悪いくらいの恍惚な笑みを浮かべる。
「・・・お前、名前はあるのか?」
『ん?、あーそういえばないわ』
頭を掻きながらいう《俺》はわざとらしく顎に手をあてて考えるポーズをとる。
少し考えこんでから何か思いついたように顔を上げて口を開いた。
『思いついたぞ!、これから俺のことは《深淵》と呼んでくれ』
「ふーん、その心は?」
『お前の復讐心から生まれた黒より暗い、汚く淀んだ最悪の炎・・・それがこの俺《深淵》だ』
なるほど。不覚にもかっこいいと思ってしまった・・・
「わかった。深淵、これからよろしくな」
『あぁ!、契約はお前の左手に刻んでおくから。そのほうが使いやすいだろ?』
「ありがとな」
俺が最後に放った一言とともに闇の空間は目の前から消え、俺の左手の甲に吸い込まれた。
同時に広がったのは少し前まで俺がいたアリシアテラ大聖堂の内部だった。
体の痛みも熱も消えているので恐らくは入団試験とやらは無事に成功したようだ。
・・・俺の周りにいる全員が無言で俺のことを驚愕の目で見ていること以外は。
え?、なに?どうかした?。なんかこんな風景を見たことがある気がする・・・
あ!そうだ。漫才とかが滑った時の反応に若干似てる・・・いや、そんな優しいもんじゃねぇよ。
「あ、あの・・・どうかしました?」
俺は周りにいる人にも問うようにマスター・ウェニズマの方を見て恐る恐るそう言った。
全員は何も言わずに無言で俺を見つめているだけで話してくれる様子はない。
マジで?、俺なんかマジでやらかしたの?
・・・待って!!、やめて!!、その無言やめて!!
俺が今にも泣きそうになってたその時、やっとマスター・ウェニズマが口を開いた。
「如月光夜といったな?」
「え?あ、はい・・・そうですけど?」
突然名前を再確認されて戸惑いつつ肯定する。どうしたマスター、アルツハイマーか?
「・・・お前、何者だ」
震えたようなその声には明らかな恐怖が映っていた。




