兄妹会議
・書籍の発売から一週間が経ちました。
・裁判の被告の気分です。
・生きることを許されたい。
兄上の突然の家出宣言に騒然とする、というほどでもない我が家。
「はぁ!? ちょ……家を出るってどういうことだよ!?」
と、珍しく取り乱しているウィル兄ですが。
「あー……やっぱりそうなりましたかぁ……」
「まあ、落としどころとしては好ましい部類じゃないかな」
と、薄々予想していた事態になったことに嘆息する私とピーター兄。
そんでちょっと気まずそうな兄上。
「ええい勝手に納得するな! 馬鹿にも分かるように説明しろ!」
「んー……いや、そのままの意味なんだが……」
「もっと噛み砕けよ! 馬鹿の脳味噌は小さいんだぞ! 一度に詰め込む情報量は一口サイズを柔らかくしてからでお願いします!」
口いっぱいに頬張るのも楽しいですよ。
「あー……簡単に言うとな、俺が次のナイトレイ伯爵になるからだ」
「…………は?」
あ、ウィル兄がフリーズした。処理限界に到達しましたか。
「あー、どう話したもんか……」
「僭越ながら兄上、ここは私から」
「え、あ、うん……」
【よくわかる解説!】
まずは今回の件の後処理についてです。
先日行われた王城での裁判の結果、ナイトレイ伯爵・リットン子爵並びにクーデターに関わった両家の二十五歳以上の男女全員の死罪が決定。
次いで二十四歳以下の者は貴族位を剥奪、特に男子は永続的な帰領の禁止や国外追放など、年齢や役職、立場に応じて様々な処分が下されました。
例えばロイド氏の場合は国外追放処分、ただし五年間国外での特殊任務に従事すれば帰国が許されるといって感じの判決だったと思います。
まあちょっと特殊な兵役とでも思えば良いでしょう。生きて帰れるかは知りませんが。
で、ここで問題になるのは領主のいなくなった土地の扱い。
当面は代官を送ってどうにかするそうですが、ずっとそのままというわけにはいきません。
国で統治しようにも霊国は遠い──直線距離ではそうでもないのですが山脈に囲まれているので遠回りが必要になります──ので、どっか良い感じの貴族に任せたい。
ファニーウォーしてただけの西方貴族は地理的にも功績的にも論外。
東方貴族もあまり活躍できなかったこと、割と昔の因縁が残っていることを理由に遠慮がち。
『じゃあ今回すごく頑張ってくれたアブソルートにあげるね!』
って雰囲気になりかけたところ父上が「キャパオーバーなので勘弁してください」と迫真の土下座。うちも前の戦争の傷跡がやっと癒えたばかりなのでしんどみがあるのはもちろん、ぶっちゃけ霊国近辺の土地ってかーなーり不毛。
元々清貧を志す宗教の色もあってか、正直不経済なのです。
言い難いのですが父上の統治能力で領内の生活水準を維持できるかと言えばかなり微妙、ルドルフが二人いてギリみたいな。
そもそも彼の地の領民にとっても、王国への感情は決して良好なものではありません。上層部のクーデターは本意でなくとも、昔は戦争をしていた相手。
最近は多少打ち解けてはくれたりもしましたが、それも『恨んだところでどうにもならない』みたいな妥協と諦観の上での友好だったりもしますね。
『今日から君たちの領主はアブソルート侯爵家でーす! 拍手!』
とか言った日にゃあバナナの皮もビックリの滑りっぷりに違いありません。
しらけるとかそういうレベルじゃないです。
然して、そこに名乗りを上げたのは『任せられる貴族がいないのなら新しく作れば良いじゃない』という逆転の発想。
しかも、ちょーど良く話し合いの場には「王城占領事件解決」の立役者(という設定を対外的に与えられている)血統書付きの優秀な男がいるではありませんか。
そう、その名もジョー・アブソルート、兄上ですね。
アブソルート侯爵家の長子にして王立学院主席卒業の男。
身分・能力・功績・人望、どれをとっても高水準。
う~んこれは叙勲(笑)。
加えて兄上の現在の婚約者はナイトレイ伯爵令嬢、つまりは義姉上。
一々新しい相手を探す必要もなく、そのまま婚約を続けるだけで急な領主の変更に対して複雑な想いを抱く領民感情への配慮にもなります。
さらに両者の関係の良好さをアピールすることによって積極的な融和の推進、そして過激派への牽制も可能となればこれはもう間違いなし。
ここに、新興貴族の爆誕が決まったのです。
「ということなのですね?」
「……なんとなく理解した」
「いや、合ってるんだけどさ……なんでお前知ってんの? これ決まったの昨日なんだが」
「………………ニコッ」
「擬音を喋るな」
そういうこともありますよ。
だからそんな怯えた目で私を見ないでください。
「最近妹の底知れ無さが怖い」
「なにをいまさら。それよりもよく通ったねそんな話、西の人は『全員殺せ』とかもっとごねるかと思ったけど」
「そこは父上の根回しの成果だな。あとはまあ陛下も最初は渋ってたんだが……秘密兵器のおかげでなんとかなった」
「秘密兵器?」
「俺も詳しくは知らんのだが、サクラが『困ったらこれを陛下に見せろって』手紙を渡してきてな、殿下経由で読んでもらったら急に態度が変わったんだよ」
そう言うと兄上とピーター兄の顔が私の方を向きます。
あー、まあ、そういえばそんなん書きましたね。
「なんて書いたのサクラ?」
「えーっと、確か『I see you.』って書きました」
「……それだけ?」
「王城の隠し通路の図面と一緒に」
「「………………」」
なんですなんです二人して黙りこくちゃって。
私はあなたを見てますよ、安心してくださいネ。
──って伝えただけではありませんか。セコムしてますか。
「あはは……これは陛下に同情するなぁ……」
「こっわ、近寄らんどこ」
苦笑いをしながら私から少しずつ後退る兄二人。
それが可愛い妹に対する態度ですか、まったく失礼しちゃいますね。
……ふむ。
「カバディカバディカバディカバディカバディカバディカバディ」
「うわあああっ!?」
「俺のそばに近寄るなぁあああ!!」
あなたの影に這いよる混沌、THE・ニンジャ。
などと、わちゃわちゃしていると、先ほどから一人だけ深刻そうな顔をしていたウィル兄がしびれを切らしたように声を荒らげます。
「待て待て待てっ! 本題はそこじゃねぇ! まさか、まさかとは思うが……ジョーがこの家を出てくってことは……」
出ていくってことは?
と、兄上はそれを聞いてからウィル兄の肩をポンと叩いてから言いました。
「ウィリアム、お前が次の侯爵だ」
「嫌じゃああああああああああああああああああ!!!!!」
「「「うるさっ……」」」
ウィル兄、魂の慟哭が再び屋敷を揺らします。
まあそうなりますよね。長男が家を継げないとなったら次男の出番、当然です。
「ピーター!」
ウィル兄が突如閃いて縋るようにピーター兄を呼びましたが。
「あ、僕向こうに婿入りする流れだから無理」
すげなく撃沈。
「サクラ!」
「兄が健在の状態で妹が当主になるにゃあ、価値観が二百年ほど遅いですね」
もちろん私も無理です。女当主は当人が余程優秀か、一族の成人男性が全員死にましたレベルのトラブルがないとまだまだ厳しいでしょう。
そもそもやりたくないし。
「くそっ、社会が俺の役に立たねぇ!」
「すげぇこと言いだしたな」
社会のせいにしましたよこの兄。
「いいか馬鹿どもよく考えろ!」
「馬鹿はてめーだよ」
「ああそうだその通り! いまジョーが良いことを言いいました! ……俺だぞ? 馬鹿だぞ? お前たちは俺に領主なんて務まると思っているのか!?」
「馬鹿を自覚しているだけ只の馬鹿よりマシですよ」
「まあ父上も当分は現役だし、今から勉強すれば間に合うんじゃない?」
「ハッ! 馬鹿言ってんじゃねぇぜ! 俺ぁ学生時代座学の評価が全部【可】だった男だ! お前らとは頭の出来が違うんだよ!」
両手を広げながら大層情けない熱弁を振るうウィル兄。
なんで私の兄は自分を卑下しながら怒るんでしょうか……。
「そもそも貴族の家の次男に生まれたんだ。言い方は悪いがお前は俺のスペア、俺に何かあればお前にお鉢が回ってくるに決まってるだろ」
「さすがに俺だってそんぐらいルドルフから教わってるよ! でも本当にそうなるとはおもわないじゃんよ!?」
「何を根拠にそんな……」
「だってジョー死なねぇじゃん!」
おお、ウィル兄が私みたいなこと言ってます。
わかります、わかりますよ。兄上は死なない。
「だからいらんとこで妙な信頼感発揮すんじゃねぇ! 怠慢の言い訳にしてももっとマシな理由持ってこいや! 知ってるか!? 俺って殺すと死ぬんだぞ?」
「え、初耳」
「なんでじゃ!?」
「まあでも実際死ぬ姿は想像できないよね」
「うるせぇ!」
とまあそんなこんなで喧々諤々。
真面目に諭す兄上と、膝を突き絶望に打ちひしがれるウィル兄。
まるで関係が無いので懐かしそうにそれを眺めるピーター兄と、そろそろお腹が空いてきた私。
「くそっ、なんてことだぁ……なんてことだぁ……」
「もう諦めたらどうです?」
「いんや、俺は諦めねぇ、俺の夢は終わらねぇ……」
「侯爵家の跡継ぎに成れるってのにどうしてこう……」
ちなみに兄上の目標は武術大会での優勝です(過去最高ベスト8)。
「よし、ならこうしよう。サクラに適当に優良物件をあてがって婿養子にしよう。そんで当主の座に就けよう。なに、父上からして婿養子だ、特に問題は──」
「あ、それ無理だな」
「なんでだぁああああああああ!」
「陛下と殿下がサクラのこと気に入ってるかな、多少強引な妨害入ってくんぞ」
「え、陛下もですか? 蹴ったのに?」
「陛下蹴ったの?」
「蹴った」
乱戦の時邪魔だったから、良い感じにドーンって。
サッカーのルールはよく知りませんがたぶん芸術点が五億点ぐらい入るレベルのナイスキックだったと自負しております。
「蹴ったのかぁ……」
「気に入られてんじゃねーよ!」
「私だって願い下げですよ!」
特にあの暗愚の方は!
「というか陛下の方はたぶん敵にすると恐いからどんな手を使っても身内に引き込みたい的なあれじゃない?」
「そうとも言う」
「くそっ、トーマス!!!!」
ウィル兄が大声でトーマスを呼びます。
少し待っていると小走りでトーマスがやってきました。
「はい、なにかお呼びで──」
肩をガッチリつかんで険しい表情でウィル兄が言います。
「五年やる、アレを落としてお前が当主になれ」
「は!?」
「無茶振りすんな阿呆」
「ぐはっ」
あ、叩いた。しかも結構ガチなやつ。
勢いよく両手両膝を地面につけたウィル兄は叫びます。
「第一なんでそう簡単に次期当主の座ぁ手放してんだよ! 侯爵家だぞ! 東部一の大貴族の地位だぞ! もっと欲しがれよ! しがみつけよ!! 権力に恵まれない子供たちの気持ちも考えろよ!!!」
「「「お前が言うな」」」
***
その後、ウィル兄は死んだ魚の目をして部屋に帰って行きました。
私もそれなりに時間が経っていたのでもう一度メーテルの様子でも見に行こうかなと思っていたところ、再度兄上に呼び止められました。
「サクラ」
「はい? なんです?」
「まあ、なんだ。さっきの話について、お前に頼みがある」
「ほう! なんですかなんですか!?」
「ああ、まあざっくり言うと──」
……ふむ。
ふむふむ。ほうほう。
なるほどね。
いーじゃないですか。
「──って感じなんだが、ここまで大丈夫か?」
「バッチリです。……ふふふ、兄上もようやく私の有用性に気づきましたね」
「そりゃなぁ……さすがにもう認めんわけにはいかんからな。それで、やれるか?」
「お任せを!」