それからどないすの
・もうオバロ買った?
・僕まだ
あれから、一週間と数日後。
ナイトレイ伯爵家・リットン子爵家を中心とした霊国残党によるクーデターは無事鎮圧されました。前者は奇襲による首狩り、指揮系統を失い軍が混乱したところに父上の支援を受けたロイド氏が登場、勢いのままに軍権を掌握しほぼ無血開城。
クーデターにはクーデターぶつけんだよって感じ。
後者も最初のうちは徹底抗戦の構えを見せていましたが、現当主が既に捕縛されているために内部で意志の統一が上手く行かず、また王国軍による陽平関の奪還作戦によって帝国からの援軍は望めないことが判明するとあっさり空中分解。
結局、領内の地主や名士のほとんどがバラバラに降伏したことで趨勢は決定。
最後には一部の残党の残党が砦に立て籠もり戦闘が発生しましたが、それでも抵抗は長くは続かず、日が昇って落ちるころには全てが終わっていました。
焼け落ちた砦、そこにいたはずの471名が何を思ってそうしたのかは、私にはわかりません。中には私よりも幼い子供たちも少なからずいたことを考えるとわかりたくもありません。
彼らも、仇敵の孫娘なんぞに理解されたくもないでしょう。
こうして、相互理解は不可能のまま、霊国の残り香は誰に理解されるもなく消えてゆきました──
──とは、すんなりいかなかったのが悲しいところ。
なにが問題かと言えば、ナイトレイのクソジジイが見つからなかったのです。
いやまあ、今頃になってあんなの表に出てきたところで何するものぞって話なんですが、これには「俺が代わりにぶん殴ってやる」的なことを意気揚々とぶちかました兄上には赤面もの。
そうでなくともロイド氏や義姉上にとっては喉のつっかえ、気が休まりません。
そんなこんなで兄上は必死の形相で東奔西走するものの、まるで発見できずに疲れ果てた顔で帰ってきたのが四日前。特務騎士(笑)。
そして険しい表情で地図とにらめっこしているところ、予想外の人物が答えを携えてアブソルートの屋敷を訪れました。
それは、ナイトレイ伯爵。ロイド氏と義姉上、ティシアの実の父親。
領民を想う心優しき当主でありながら、実父に壊されてしまった人。
彼の人はただ一人、傍らに抱えた箱に、自らの父の首を入れて持ってきたのでした。
伯爵に、なにがあったかはわかりませんが、なにをしたかはわかります。
曰く、この首を以って国王陛下に許しを請いに行きたいと。お家の廃絶は当然、死罪も甘んじて受け入れるが、せめてまだ若い子供たちだけは救ってやりたい。その口利きを父上にしてほしいと。
つまり、義姉上たちや分家の幼い子供たちのことです。
父上は伯爵の言葉を聴いて、言葉少なに頷きました。
委細任せるように伝えると、王都に向かう準備の間、伯爵に家族の時間を設けてあげました。
伯爵とロイド氏、義姉上にティシア、途中から兄上を含めて五人。
なにを話したのかも私は知りません。どんな気持ちで話したのかもわかりません。
それは淀んだ水が溜まる時間ではなく、溜めに溜めた水が一気に流れ出す時間。
変に理解したふりをするのも失礼に当たると思って、軽くて薄っぺらな言葉を今は喋りたくなくて、いつも通りでいることを心掛けました。
でもやっぱり、世の中わからないことばかりで嫌になってしまいます。
翌日の朝に父上と王都に向かった伯爵が、最期に子供たちに見せた笑顔の意味も。
姿が見えなくなった後に義姉上が流した涙の意味も。
わかってあげられない自分の無能が恨めしかったりするのです。
***
「人生って難しいですねぇ……」
果物ナイフでリンゴの皮をむきながらポツリと呟きます。
一定のリズムでしゃりしゃりと果肉が削られる音にどことなく諸行無常の響きを感じてしまう私なのでした。自分でも何言ってるかわかんない。
「十三歳で悟るのは早くないですかぁ……?」
「何かを成すのに早過ぎるも遅過ぎるもないのですよ、メーテル」
「お嬢様が言うと絶妙に説得力があるようで無いラインの台詞ですねぇ」
「にゃんと失敬な」
とまあ、こんな感じに世を儚みながらお留守番している私なのですが、大変遺憾ながら今はメーテルの看病なんぞしておるのです。
というのも先日のミッションにて誰が一番頑張ったかと問われれば「う~ん、これはメーテル(笑)」と言わざるを得ず、加えて帰還時の顔色がマジでDIEする五秒前だったのでベッドにシュート、本人たっての希望もあってナンバーワン元気だった私が看病することになったのです。
大変遺憾ながら。
主従関係の基本は御恩と奉公、他に特別報酬は要らないと言われれば無碍にするわけにもいきません。ええ、私は暴君にはなりたくありませんので。
リンゴの皮むきや水の取り換えぐらいやってあげましょうとも。
「しんしょーひつばつ、しんしょーひつばつ……」
「そんな自分に言い聞かせるように……」
「ふん、あの程度の活躍で私の好感度ゲージが回復したと思わないことですね」
マイナスからちょっとマイナスになったぐらい。
「そんなぁ……がんばったのにぃ……」
「ぶっちゃけ頑張り具合に若干引きました」
「ひどいぃ……」
ベッドの上で涙目になりながら弱々しく項垂れるメーテル。
だけど私はこれなら知っています。メーテル、こいつぁ演技が巧い。
特に細部を隠しやすいオーバーリアクションが得意。
健気に見えて内心「こうした方が同情を引ける」みたいな冷静な思考回路が存在するのです。
まあ大元の感情自体に嘘はないみたいですけど。
「泣いたって無駄です。次なにかヘマをしてみなさい、北国で木を数える仕事をさせますからね。信賞必罰」
「罰の方の比重大き過ぎませぇん!?」
「日頃の行いです。それにそれが嫌ならヘマをしないことです、私も理不尽な理由で左遷させたりはしません」
実力不足も許しましょう。でも、怠慢凡ミス低空飛行はアウト。
「はぁい……」
「それと、次ベッドから抜け出したらベッドに拘束します」
「ひぁ……はいぃ……」
もちろん命令違反もダメですね。
昨晩ちゃんと寝ているか様子を見に行ったらベッドにいなくて、どこにいるか探したらキッチンでリーとこっそりお菓子作って食べてたんですよね。
それはまあリーが主犯だったので執行猶予付きで保釈したのですが……まったく、もう。
混ぜろや。
「……よし、リンゴ剥き終わりです。あまりにも華麗」
これこそまさに黄金の果実。
これを食べるのがメーテルという点以外完璧。
「ありがとうございますぅ」
食べやすく切ってお皿に盛って楊枝を刺して任務完了です。
「では私は一度戻りますが、他に何か必要なものはありますか?」
望む物を言うが良いです。気分によっては叶えましょう。
「僭越ながらお嬢様」
しかしなにやら急にガチな口調になるメーテル。
なんです急に。
「……なにか?」
「このリンゴ、あ~んして食べさせてほしいです」
「………………」
ふむ。
なるほど。
そういうこともあるでしょう。
「メーテル」
「……はい」
「アップルパンチ!」
「もぐぁ!?」
説明しましょう!
アップルパンチとは、リンゴを相手の顔面に向けて特大「ホーーームランッ!」するアブソルートに代々伝わっている可能性が小数点以下の確率で存在するかもしれない技です。
その威力は雄々しき猛牛の角を折り、大海を往くカモメの翼を切り裂くほどだったら良いなと思います。
リンゴは後でスタッフがおいしく食べます。
「いやー、善行を積むのは気分が良いですねー」
ということで、私は部屋に帰らせてもらいます。
ふひー、超がんばった。
病室を出る際にちょっと振り返るとメーテルは泣きながらリンゴをしゃくしゃくしていました。
そうですかそうですか、泣くほど嬉しかったですか。それは重畳。
「完全に解毒するまでちゃんと安静にするんですよー」
一言釘を刺して扉を閉めます。
ええ、お大事に。メーテル。
***
そんなこんなで自分の部屋に戻ろうとしていたところ。
「おう、サクラ。ちょっといいか?」
居間にいた兄上に呼び止められました。
はて、兄上は父上と一緒に王都に出向いてたはずですが……。
「あれ? 兄上もう戻ってきたんですか?」
「今しがたな。色々とやることが出来たんだ、お前にも多少関係あるから聞いてくれ」
「ふむ」
とのことで居間にとことこ向かうとそこにはウィル兄とピーター兄もおりました。テーブルに将棋盤が置いてあるので対局してたみたいですね。
そこに兄上が帰ってきたと。
「んで、話って何だよジョー」
「そうだな、まずは結論から言おう」
そうして、兄上は言います。
今年最大級の爆弾発言を。
「俺、この家出るわ」
そう、あっけらかんと。
「………………」
「………………」
「………………」
ふむ……ふむ?
「は?」
「はぁ……?」
「はぁあああああああああああああああああああ!?」
屋敷に、ウィル兄の絶叫が響きましたとさ。