笑顔で帰ろう
・はねとび懐かしい……懐かしくない?
・前回さらっと書いたから気づいてない人いるかもしんないけど書籍化するよ。
・よろしくね。
・あとがきに表紙乗せてます。
かつて修道院だった物からもくもくと湧き立つ煙が森の夜を覆うのを眺めながら、私は思います。
決まりました。
決まってしまいました。
ずっと言ってみたかった決め台詞、ついに訪れた最高のシチュエーション。
そう、カワバンガ。
正直詳しい意味は知りませんが「やったぜ」的なニュアンスだと聞いております。
「……イィィィィィヤッフゥゥゥゥゥゥ!!!」
ああもう、本当に嬉しい。
勝った! 勝った! アブソルート大勝利!
希望の明日にレディゴー! 朝食はドン勝だ!
ドン勝が何かも知りませんが!
「レディゴー……じゃねぇんだよ馬鹿ッ!!!」
「あんぎゃ!?」
突然視界に飛び散るお星さま。
ハイテンションではしゃいでいると、いきなり後頭部を叩かれました。
くらくらする頭をさすりながら振り返ると、そこには少し煤汚れた兄上が拳を握り締め怒った表情をしておりました。
あー……えー……これは、お説教のパティーン……。
「あ、兄上……なっ、なんで……」
「なんでもくそもあるか! 爆薬使うなら使うって事前に言わんかド阿呆め! 死ぬかと思っただろうが!」
「あっ」
いっけない忘れてました。よく考えなくとも普通に隣の建物に兄上たち居たんでした。
完全に失念。あまりにダイナマイトするのに絶好の機会だったからつい勢いで……。
てへっ。はんせーはんせー。
「お前忘れてたな? 俺たちのことすっかり忘れて爆破しやがったな?」
「ソ、ソ、ソンナコトナイヨ?」
「わ・す・れ・て・た・な?」
「……そ、そういう日もある……」
「あってたまるか、戯け」
馬鹿なのか阿呆なのか戯けなのか。
「全部」
全部かー。
「はっ!? 義姉上とティシアは無事ですか!?」
「目の前の兄の心配はしてくんねーのかい」
「……兄上は死なない」
両手を軽く広げておどけて言います。
「いらんとこで妙な信頼感を発揮すんな」
「そうでしょうか、客観的事実に基づく正当な評価だと思われますが」
「多分に主観的見解が含まれていると考えます。……知ってるか、人間って爆破すると死ぬんだぞ」
「せやろか?」
「せやろがい」
せやったかぁ……。
ままならぬものです。
「まあでも実際死んでないわけですし……」
ノープロブレム! イエァ!
「よくもまぁ抜かしよる……」
怒る気力も失せたのか、兄上は諦めたように溜息を吐くと、自分の後方の森を親指で指しました。
「二人はあっちだ。爆破の衝撃に驚いてティシアが気絶しちまってな、今はジェシカが介抱してる」
「ありゃぁ……」
いやぁ、まあ、うん。
そりゃあ目の前でいきなり自分の家がダイナマイトで吹き飛んだら私だって放心しますよ。その後に下手人を捜し出してしばき倒しますが。
しかしティシアは正しくご令嬢のスペック。そうでなくともクソ野郎に連れ回されて疲労していたのでしょうから、気絶してしまうのも当然でしょう。
悪いことしちゃいました。
しのびないですね。
ニンジャだけに。
「怪我は無いのですか?」
「咄嗟に伏せて庇ったからな、見たんところは無傷だ。つーか、怪我つったらそれこそお前の方がしてんじゃねぇか、大丈夫か?」
脇腹とこめかみ辺りの血を見咎められました。
まあ痛いと言えば痛いですね。なので私は痛くないと言い張りましょう。
「死ぬこと以外かすり傷!」
「死なせる側の台詞だろそれ」
ぶっちゃけ私もそんな気がします。
「と言っても応急処置は済んでますので心配するだけ無駄ですよ」
もうここでできることはなにもないので、痕が残らないことを祈るぐらい。
あとは早く帰ってちゃんと手当てをするかみたいなところ。
そう言うと兄上は大層複雑そうな表情を見せましたが、これまた諦めたように空を見上げました。
どんまい。
「……強いな」
「いえアレ自体は性格が溝以下なだけでクソ雑魚でしたよ。この傷はまあちょっと慢心がありましたが、それだって奴が私の罠をパクったせいですし」
「いやそうじゃなく──もうそれでいいか。……それで、仕留めたのか」
「地下室の広さがどの程度かは知りませんが、閉鎖空間であの規模の爆風から逃れる手段はありません。もし出口があれば爆風で吹き上がるはずなので、逃げてはいないかと。十中八九死んでますよ」
本当は十中の十と言いたいところではありますが、油断してるとひょっこり出てきそうなのでここは慎重に。やはり油断慢心これ厳禁。
「そうか……」
安堵、とも似つかない零れた吐息。
兄上は夜空を眺めながら続けます。
「……初めてだよな」
「直接は、まあ。私が原因なのは幾つか知ってますけど」
「悪いな、結局こんなことになって」
「別に、いつかは通った道です」
「だけど今日である必要もなかった。別の道だってあった。結局のところ、俺たちが選ばせた。正しく兄はできんかったよ」
「……家族ですから」
まっ、そういうこともあるでしょう。
それに、正直結構私怨はありましたし、自由意思ですよ自由意思。
「それにさっきも言いましたよ? 私はそんな兄上も大好きですって」
「……そりゃどうも」
そう言って兄上は笑いました。苦楽の割合は半々くらい。
いや七三? よぐわがんね。
「あー……帰るか」
「ですねぇ」
***
はいでは場所を変えて義姉上のもとへ。
建物(の残骸)近く、森の入口で義姉上は大きな木に寄りかかりながらティシアをヒザマクーラしていました。
ティシアの方はこう、擬音で言うと「きゅう」って感じ。お目々ぐーるぐる。
さもありなん。
「悪い、待たせた」
「いいえ、全然よ」
口数も少なくなんとなくしんみりとした雰囲気の二人。
私が戦ってる間もこんな空気だったんでしょうか。いやまあ目の前でイチャイチャされてもそれはそれであれなんですが、この空気で帰り道歩くのは私ゃ嫌ですよ。
もっとエンジョイ&エキサイテングしましょうや。
ということで、義姉上もとに駆け寄って服の袖をくいくいっと引っ張ります。
「義姉上、義姉上」
「なにかしらサクラ」
「家、なくなっちゃったね……」
「………………」
しばしの間。
義姉上がポカーンとしていると、後ろにいた兄上から思わずといった風な笑い声が漏れました。
「くっ……くくくっ……ここまで最低な誘い文句は初めて聞いたわ」
「ええ、世界広しといえど私が最初に言ったって自信があります」
たとえば家に帰るための乗合馬車の便がなくなった人はいるかもしれませんが、そもそもの帰る家がなくなった人、そういないでしょ。
まあその家吹っ飛ばしたの私ですけど!!!
ええ、もちろんここまで計算しての爆破です。退路は断つ、未練は感じる前に先に潰しておく、パーフェクトな判断と言えるでしょう。嘘だけど。
「……ふふっ……あはははははは! そうね、そうよね! なくなっちゃったものはしょうがないわ! ……ねぇサクラ、あなたの家にお邪魔してもいいかしら?」
「もちろんです! いつだってウェルカムですよ!」
今日初めて、楽しそうな笑顔を見せたと思う義姉上。内心怒られたりしないかびくびくしていたのは内緒です。
我がアブソルート侯爵家はナイトレイ伯爵家姉妹をいつだって歓迎しております。
兄の方は……まあ、兄上が許可するならいいんじゃないですかね……。
「んじゃま、そろそろ帰るか。ティシアは……俺が背負うしかねぇな」
「そうね……お願い」
「落としちゃだめですよ」
「落とすかっ!」
ちょっぴり空気が和んだところでそろそろ出発です。
ウィル兄たちとの待ち合わせ時間までもうそんなにないですからね。
「それではみなさんご一緒に、笑顔で帰ろー!」
「「笑顔で帰ろー!」」
「にゃー!」
おっと、チーちゃんも戻ってきた。どこ行ってたんでしょう。




