カワバンガ
・選ばれたのは、カワバンガでした。
・ティーンエイジャー・ミュータント・ニンジャ・オジョウサマ
・許せ
修道院に逃げ込んだエンタープライズの後を追って中へ。
エンタープライズの影を追い階段を上った私を歓迎してくれたのは、長い通路と床から突き出してくる槍。壁から飛び出してくる矢。張り巡らされた細い糸に意図的に脆く崩れ落ちる天井。
建物に多少の仕掛けが施されているのは先ほど理解していたけれど、実際に発動されているところを見れば見るほど……。
「パクリだっ! パクリだーっ!」
「パクッてなどいない、お前の家を参考にしただけだ」
「黙れ! ライセンス料払え!」
「断るっ!!!」
「こういう時だけ元気に断言するな!」
下方からの槍をジャンプしたところを狙って射出される矢、それを弾き着地すると足に糸が引っかかり連鎖的に天井が崩落して下敷きに。
まるパクリ!
びっくりするほどまるパクリ!
回避自体は可能でも間断の無さによって動きに余分ができない、そこに狙い澄まされるエンタープライズの投擲武器。
ええい、自分の発想が恨めしい! 私よ、私の才能に負けるな!
「に゛ゃ゛!?」
真横を薙ぎ払う長剣をブリッジで避け、同時に上から降ってくる矢の雨を、体をひねって被弾面積を減らし関節を曲げてギリギリでやり過ごす。なんかめっちゃ変なポーズになっちゃった。
まじ卍。
「くっ!」
そこに下からせり上がっては弧を描いて勢い良く振り下ろされる斧を、刃の側面を蹴って逸らす。
重い! 足が痺れる! ほんと嫌い! 誰ですかこんな性格悪い罠考えたの!
と悪態をつく前に腕で床を押し返しながら跳び起きる。
瞬間、私の胴があった場所を横切るようにサメの背ビレのよう刃が通過する。
そして背筋が冷える思いをしたところに畳みかけるのが前後から放たれるバリスタを弾き──
「っ!?」
「ようやく、当たったな」
一方は避けたけれど、もう一方がわき腹を掠った。
「くそっ……」
服が裂け、わずかばかりに血が滲む。
痛いことは痛い、動けない程では全然ないけれど。
……我が家とまったく同じ罠、なのにバリスタの矢を弾く刀が空振った。
理由は単純に我が家と全く同じ動きをしてしまったこと、体で覚えた動作を続けていたところで、テンポを一拍ずらされたのだ。
要約すれば緩急。
ストレートに慣れたころにスローカーブを投げられた気分。空振った分と意表を突かれたせいで回避が少し遅れた。
「小賢しいことをっ……」
怪我して帰ったら母上に怒られてしまうではない。
「どうだ、一発当たったことだしそろそろ停戦といかないか?」
「黙れ。貴様は手ずから殺す」
「落ち着けよ、二度連続で出し抜かれた時点で俺はもうお前たちをどうこうすることは諦めた。これは本当だ。まず間違いなく費用対効果が割に合わんからな」
「………………」
「これからは仕事を選ぼう。そうだ、俺も拠点を移して連合の方に行こうじゃないか。そうすればお前たちと出会うことはもう二度とない。ハッピーエンドだ、めでたいな」
「……連合の罪無き人々のためにここで殺す」
「敵国だろ、構うものか?」
「貴様と違って私の倫理はそう破綻していない」
おそらく、費用対効果が割に合わないというのは本音だろう。
だがそれ以外の言葉は到底信じられたものではない。
「まあ聞け、お前も貴族の令嬢、嫁入り前の娘だろう。やたら傷が増えるのはいくら侯爵家とて困るだろう」
「抜かせ。次はない」
「ふむ、仕掛けはあれだけではないが……そうでなくても敵地で地の利も無い状況、望ましいものではないのではないか?」
感情の籠っていない表情でエンタープライズは正論を騙る。
でもそんなのは関係ない。傷があれば隠せばいい、それでも嫌と言われればそんな者はこちらから願い下げだ。
相手がいなくなれば適当にトーマスでも貰おう。
兄三人がしっかりとした婚姻を結べれば私一人行き遅れた程度でアブソルート侯爵家は揺るぐはずもない。
それよりも、この火種を消すことこそ何よりも重いと直感している。
そして──
「敵地? 地の利? ハッ、貴様は自分が優位にいるとでも思っているのか? 勘違いも甚だしい」
そう、これはようやくやってきた、私の望んだシチュエーション。
「守るべき人はここにはいない、壊れても構わない物しかここにはない。つまり貴様が有利なのではない、私が自由なのだ」
腰に下げた小さな麻袋から一つの瓶を取り出す。
中に入っているのは赤色の粉、シュナイダーくん直伝の赤燐を加工した特殊な品。
それをエンタープライズへと投げ、それを追う形で苦無を投擲。
丁度私とエンタープライズとの中心で接触し、瓶が割れる。
衝撃と大気、そして苦無に塗布してあるこれまたシュナイダーくん直伝の特殊な薬品が合わされば──
「発破っ!」
「っ!」
──それ即ち異名の由来。逆巻く炎。小型爆弾の完成である。
爆風と高熱。建物を崩すほどではないが二者間の罠を全て正常に作動させない程度なら可能だ。
そして黒煙に紛れ間合いを詰める。
「乱雑だな、貴族とは優雅な生き物ではなかったのかっ……」
「貴族ほど手段を選ばん生き物も少ないだろうさっ!」
接近、零距離、白兵戦。
振り下ろされた斬撃を躱し、懐に入り込み短刀による刺突を、腹部へと。
「お命頂戴!」
「っ……舐めるなぁっ!」
それはおそらく、いや明らかにエンタープライズがこれまで私に発した言葉の中で最も大きく、感情の籠った声だった。
空振りした腕とはまた逆の手に持ったナイフが、正確に私の首を狙う。
「痛っ!」
エンタープライズのナイフがこめかみを掠めると、右の視界が朱に染まる。
だが同時に、そして確実に、短刀は腹部を貫いた。
最高に最悪な、肉を刺す感覚が間違いなく手に伝わった。
今迄は野生動物でしか感じたことなかったけど、これすっごい嫌い。
「ぐうっ!」
「あんぎゃ!?」
強引に蹴り飛ばされて尻から転倒する。痛い。
エンタープライズはナイフを取り落とした手で刺された箇所を押さえながら、後方へと飛び退く。
そのまま私に背を向けて廊下の角を曲がり逃走する。
「……まあいい」
すぐには追わない。深手は負わせた、建物の中にいる限りあとは時間の問題。
外に逃げればそれこそすぐに終わる。
なにしろ爆発のついでに撒いておいたまきびしを思いっきり踏ませてあるのだから、まともには走れないだろう。
まあ躊躇い無く踏んでおきながらも動じずに走り去ってたのはびっくりしたけど。
「……こめかみは、拙い」
それよりも問題はこめかみから眉の上にかけてを薄くではあるけれど切り裂かれたこと。
髪で隠せはするけども、これは絶対に怒られる。
「………………まっ、いいか」
ルクシア様も顔に傷あったって言うし。
***
右目の血を拭ってから最後の仕事。
血痕を辿るだけの簡単なお仕事。階段を下りて一階へと戻り、赤い道標の導くがままに奥へ進む。
ほどなくして追跡は終わる。
廊下の奥の突き当り、かつては修道院の院長室であっただろう部屋。
罠を警戒しつつ扉を蹴破ると、エンタープライズの姿はなかった。
一歩ずつ室内へ踏み込めど、何かが動く気配はない。
だがこの部屋の窓は小さく奴が通れる幅ではないし、血痕は部屋の奥まで続いている。
そろりそろりと終着点、執務机の内側へと歩く。
「……地下か」
机の下を見るとそこにあったのは蓋がパッカリと開かれた地下への入口。
視線の先は一寸先も見えない黒一色、まったくの闇。
ほぼ確実に、エンタープライズはこの先へと逃げ込んだのだろう。
「ふむ」
おそらくは、最終決戦になるものと思われる。
一年以上続いたグレイゴースト(笑)との因縁、その決着の舞台。
それがこの地下室での戦いになるだろう。幸い私は夜目も効くので松明の明かりなどは必要ない。
だがしかし──
「あ・ほ・く・さ」
誰がこんなガン待ちクソ野郎相手にするんですかね。絶対奥の手とか持ってるでしょあいつ。
手ずから殺すと言いましたがね、あれは嘘です。
この先に逝くのに灯りは必要ありませんが、こんなあからさまな誘いに乗って正面から叩き伏せる必要だってありません。
と、いうことで麻袋からアレを取り出します。
細いひもの付いた茶色の筒状のサムシング。それが五本。
それはいつぞや、あのうっかりさん(笑)がケーキ屋さんで落としてしまった忘れ物。
そうですそうです、いつかちゃんと返してあげないと可哀想だなーと思って今日も持って来ていたのですよ。
借りと一緒に、ね。
まあ私は優しいので?
落とした時とできるだけ同じ状態で返してあげたいと思うんですよ。
「マッチ、マッチ、ここにマッチ」
未来はこのマッチのように明るい。
ということで点火。
そんでもってポイッと投げて地下室の蓋を閉めます。がっちょんと。
これでよし。
では、お別れの言葉をば、一つ。
「そこで無様に死ね、グレイゴースト」
***
爆破までの少しの猶予を使って修道院を抜け出し、全力で走って距離を取る。
そしてちょうど十五秒後。
「カワバンガ」
背後で芸術が炸裂した。
・イヤーッ!
・グワーッ!
・ワザマエ!
・アブソルート=サンの狂気めいたダイナマイトゥがクソヤロー=サンを襲撃!
・ゴウランガ! ゴウランガ!
・ウカツ! クソヤロー=サンはビンボー・チルドレンハウスごと哀れ爆発四散!
・オオ! ナムアミダブツ! 何たる華々しき散り様か!
・春にアース・スターノベル様より書籍化します。
・カワバンガのところはきっとストップモーション。
・グッバイクソ野郎、フォーエバークソ野郎。