ピッチャービビってる!
・地の文が地の文してないけど許せサスケ。
サンドウィッチを食べてエネルギー補給。
そして向かうは修道院に附設されている聖堂です。
礼拝堂と言った方が正しいのかもしれませんがそれはともかく、ロイドさんの情報によれば義姉上はここにいるはずなので探していない場所といえばそこだけ。
ちなみにティシアはまた別の安全な所に匿っているとか。そっちはロイドさんが迎えに行くと言っていました。
そんでもっていまちょっと思いついたのですがこの状況って兄上視点から見ると『家の事情によって引き離された婚約者に会いに夜の聖堂へ』って形になるのですな。
なにやら大変ロマンティック。それこそ恋愛小説ではベタなシチュエーションかもしれません。
これ、良い感じに使えそう。女性のお貴族様はそういうの大好きですからね。
──なんてことはともかく。
兄上は二個目のサンドウィッチを大口開けて詰め込むと、コップ一杯の水でそれをお腹の中へと流し込んでから立ち上がりました。
そして、強く引き締めた顔で一言。
「行くぞ」
と。私まだ三個目を食べ終わってないのに。
もうちょい待ってとも言い辛いので、遅刻しかけの少女よろしくパンを咥えながら慌てて兄上の後を追う。
夜風を肩で切りながら、古く厳かな聖堂の前へと辿り着く。
その扉は私より二倍ほど高く両開き。私たちを拒絶する様な重苦しさを感じさせる。
それを、兄上は一気に両の手で押しのけた。
「──────」
当然ながら、あれだけの物音を立てていたら聖堂まで伝わっていてもおかしくはない。
私たちがここにいるの分かっていたのなら、準備する時間も十分にあったのでしょう。
扉を開け放った私たちを出迎えたのは、鈍色の光。
「しっ!」
咄嗟に前に出て、放たれた矢を短刀で斬り上げる。
二つに折れた矢が短くに宙に舞って、そのまま地面に落ちる。
元々の狙いは兄上の正中線、心の臓でした。
『汝は芋砂! 罪ありき!』
って言いたい。言いたいけど、ここで最初に言葉を発すべきなのは私ではない。
私ではないのでグッと我慢。私は空気も読めてしまうナイスなニンジャ、間違いない。
リーディング・エア!
「……随分なご挨拶じゃないか、ジェシカ。死んじまうとこだったぞ」
「殺す気で射ったんだもの、当然よ。……でも駄目ね、矢を一本射ただけで腕が痺れてしまったわ」
霊国の信奉していた女神の像、その女神の成した奇跡を表現したという壁一面の装飾硝子。
月明かりだけが照らす聖堂でその二つを背景に、黒い礼服に身を包んだ義姉上は弓を構えていた。
***
「それで、いまさら何をしに来たのかしら。まさか私を助けに来た、とか言わないでしょうね」
「……俺が捨てられた女に対して未練がましく縋る様な情けない男に見えるか?」
え、違うの?
……と、口に出さなかった私を誰かほめて。
「………………いいえ。切り替えが早いのもあなたの長所だったもの」
間。長い間。不自然に長い間。
義姉上いま絶対「だったら良かったのにな……」って思いましたよね。思いましたよね?
そういうの分かるんですよねー。
いやー、分かっちゃうんですよねー。
と、口に出さなかった私を以下略。
「助けに、じゃあねぇな。連れ去りに来たんだ。ジェシカ・ナイトレイ、国家反逆罪の疑いでお前を逮捕する」
「拒否します、と言ったら?」
「弓も引けねぇその細腕でなにができんだよ」
「あら、矢を喉元に刺すぐらいはできるわ」
……めんどくさいなこの二人。
と、口に(ry。
「……その死に価値にあるのかね。既に堕ちた神に殉じるほど、お前は信心深かったのか?」
「聞く人によっては最大級の侮辱ね。口には気を付けないと殺されても文句は言えないわよ」
「だからお前に言ってるんだろう。狂った信者と腐敗した聖職者、そして誰も救わない神。それを一番間近で見てきたのはお前じゃないのか? ……まあ、うちも大概だったけどな」
さすがにこの辺はツッコミどころがないですね。
とりあえずほめて。
「そう……ね。確かに私は神様なんて信じていないし、子供の頃にいつの間にか亡くなっていた霊国にも思い入れなんてない」
「だったら──」
「間違っているのは私で、正しいのはあなた。そう分かっていても! ……そちらには行けないの。足が、動かないのよ」
……おそらくは、義姉上もロイドさんと同じような境遇だったのでしょう。
三つ子の魂百までと言うように、幼少に植え付けられた価値観はちょっとやそっとでは揺るがない。私も揺らいでないしね!
「ジェシカ」
「来ないで。私は、ここで終わりなの。そちら側に行くつもりはありません」
………………ふむ。
ほめて?
「……あー、お前も、あの枯れ木みてぇな爺が怖いのか」
「あなたには分からないわ。私が、今まで、どんな思いで生きてきたのかを、あなたは絶対に分からない。ええ、そうよ。そうですとも。私は怖いの。あなたの言う枯れ木みたいな──」
あ、これって……。
「あ、このくだりもう一回やってっからパスで」
言っちゃった!
言っちゃったよこの兄上!
身も蓋もないよ兄上!
義姉上にとって多分人生におけるかなりの重大イベでまさかのスキップ!
「………………え?」
ほらもう! いま何を言われたのかよく分かってない顔しちゃってるよ!
「もーそれロイドで一回やってんだよ。ああそりゃな? わかんねぇよ? 六年以上も一緒にいてさ、なんもわかってなかったのは正直すまんかったと思う。……でもわからせる気がない方も悪くねぇ? お前ら一々忍耐強過ぎんだよ、SOSがめちゃくちゃわかりにくいんだよ。少しは吐き出してから言えよ、そういうことは。わからない、だから一緒に考えようで良かっただろ、それで終わっただろ。なんでそれができねぇーかなぁーお前ら兄妹!」
「なっ……なななっ……!?」
おおっと! ここで兄上の開き直る!
効いてる! 義姉上は戸惑っています!
「言えよ! 頼れよ! 求めろよ! それだけのことをやってから俺に失望しろよ! そんなに俺は頼りないか!? そんなに俺は弱っちぃか!? 違うね! 俺は超頼れる男! なあサクラ! そうだろう!?」
そして自棄になってブチギレる攻撃!
たたみかけますねぇ!
私もノっとこ。
「全くその通りなのです! 兄上は超頼れるのです!」
「だってよ!」
たまには。へけっ。
「きゅ、急に何を……!」
「めんどくせぇんだよ! お前もロイドも! ああそうだ! 俺はお前を連れ去りに来たんじゃねぇ、助けに来たに決まってんだろ! 連行するだけなら別に俺いらねぇしな! わざわざ出向かなくてもサクラに任せときゃ終わるからな! そりゃあお前俺は捨てられた女に対して未練がましく縋る様な情けない男だからここにいんだよ! なんか文句あっか!?」
「そうですよ! 兄上は義姉上からの手紙を頻繁に読み返してはニヤニヤしてる若干キモイ男です!」
「わ、私はあなたを騙していたのよ! それを分かっていて──」
「知るかそんなもん! いいかよく聞け! んなもん全部騙される方が悪い!」
騙された側が言ったーーーーーー!!!
しかも堂々と!!!
「だ、騙されて、それで酷い目に遭って……なんでそんなこと……」
「俺はお前と一緒にいれて楽しかった! お前は俺たちを騙して情報が得られて嬉しかった! よし! 間違いなくWIN―WINだな!」
「はっ、はぁ!?」
「だよなサクラ!」
「全くその通りなのです! 一分の隙も無い完成されたWIN―WINなのです! へけっ!」
なぁんだ、みんな得してるじゃん。えがった、えがった。
いっつぁぱーふぇくとこみゅにけーしょん!
「よしオッケェ! 帰るぞジェシカ!」
「帰るってどこに!?」
「俺んちに決まってんだろ! こんな辛気臭ぇ家いますぐ出てくぞ!」
「は、話聞いてたの!? 勝手に決めないで! 私はあなたをずっと騙してたの! 利用してたの! 裏で嗤ってたのよ!? そんな女をどうして連れ戻そうとするのよ!?」
「そんなの俺が初恋継続中だからに決まってんだろバーーーカ!!! 言わせんな恥ずかしい!」
「私があなたのこと嫌いって言ったらどうするのよ!?」
「良い言葉を教えてやろう! 恋は盲目! 『言わされてるんだな、可哀想に、俺が助けてやらねば』ってなるだけだが!!!!!?」
ここまで最高に最悪な『恋は盲目』の使い方が過去にあったでしょうか。
いやない。
「ふ、ふざけないで! 私の意思はどこにあるのよ!?」
それ。
いやまあどの口で「私の意思」とか言ってんのって気もしますがこれは良い傾向。
そして兄上のアンサーがこちら。
「いいだろう、なら嫌いと言ってくれよ。ずっと気持ち悪いと思ってたって! お前と一緒にいるだけで吐き気がしたって! 爺の命令じゃなきゃ婚約なんてしなかったのに勘違いしてすり寄ってきて来てほんと死ねばいいのにと思ってたってなぁ!!? なあサクラ!?」
「全くその通りなのです! いっつも小言ばかりで小うるさいとか! 肝心なところでへたれるので情けないとか! ポエムのセンスが壊滅的過ぎて痛いとか! 隠れてチーちゃんに猫語で話しかけてるのがゲロ吐くほどキモイとか! 本当はバリバリ甘党のくせにカッコつけて苦手なコーヒーのブラック飲んでるのが引くほどきしょいとか! 実はファッションセンスが十歳で止まってるので母上に服選んでもらってるのが生理的に無理とか! そんぐらい言わないとコレには効きませんよ!」
「そこまで言えとは言ってねぇーーーーー!!!!」
え、違うの?
「大丈夫です! 私はそんな兄上が大好きですよ!」
「実際にそんな俺だと思ってるわけだな!?」
「それはもう」
ね。
「……とにかく! だがまあそんなところだ。そこまで言われたらさすがの俺も折れる。気力が死に絶える。そうなりゃもうお前には関わらない。家に帰って泣きながらお前のことは忘れてやる。それは、保証しよう」
「そ、そんなこと……」
「さあ言え! いま言え! すぐに言え!」
そうだそうだー!
「お前との思い出は全部偽物だって! 言ってみろ!」
やんややんやー!
「わ、わたしは……そ、その……」
意を決した様に兄上に向き直って、でもやっぱり顔を伏せるという動きを繰り返しながらまごつく義姉上。
……これは、あれですね。
「ピッチャービビッてる!」
ヘイヘイヘイヘーイ!
「ピッチャービビってる!」
「「ヘイヘイヘイ!」」
兄上もノッてきた。
「「ピッチャービビッてる! ヘイヘイヘイ! ピッチャービビッてる! ヘイヘイヘイ! ピッチャッビビッてる! ピッチャッビビッてる! ピッチャービビッてる! ヘイヘイヘイ!」」
タンバリンあったら叩きたい。
「うっ、うるさい! うるさいうるさいうるさいっ! 静かにしてよ! い、言えばいいんでしょ!?」
わー怒ったー。
そうです言えば良いのです。
一切の容赦なく斬り捨てるべきです。
「「………………」」
ということでお口チャック。
「わ、私はっ……! あなたの、ことなんて……き、きらっ……」
きらー?
と、口に出さなかった私を誰かほめて。
なんとか言葉を振り絞ろうとする義姉上を、兄上は真剣な表情で待ち続けています。
そうして、義姉上が言葉に詰まって一分が過ぎまして、
「きら、い……なんて言えるわけないじゃない……」
そう、ポツリと、口にしました。
「……なら、それが答えだろ」
***
みたいなことがあったわけですねー。
聖堂の真ん中では兄上と義姉上が抱き合っています。
ごめんなさいを繰り返しながら泣き続ける義姉上を、兄上が優しく慰めている感じです。
二人だけの世界に私はたぶん邪魔なのですみっコぐらししてます。なんたって空気が読めるので。
「はえー、つかりた」
主に精神が。
本来痴話げんかなんて猫も食いません。
ぶっちゃけ私がここに来たのって「兄上一人だと死にそう」ってのがデカいもん。
あーサンドウィッチをおいし──
「っ!」
と、そこに。
現れたるは無音の影。
抜き身の刃が狙うのはただ一つ。
「兄上!」
「気を抜いたな、アブソルート」
「なっ、貴様っ!?」
一閃。
・正直すまんかったと思ってる。
・シリアスブレイカーちゃんサク。
・明日も更新します?