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マーテルミーテルムーテルメーテル

・本邸サイドから始めます。

・ちゃんサクがいないとギャグになんないことに昨日気づいた。

・ちゃんサク分身して。

・あとシリアスじゃないってことにもして。

・とりあえずメーテルでお茶を濁す攻撃。




「さーて、どうしたもんかね」


 兄と妹と別れてしばらく、ナイトレイ伯爵家本邸を目の前にしてウィリアムはかったるそうに呟いた。

 今回の作戦の前提──勝利条件は霊国残党上層部の無力化。これは拘束と殺害のどちらでも可とされている。

 重要なのは速度だ。潜入組による一気の制圧と、ロイド氏による軍権の掌握。

 全てこの一両日中に終わらせる。


 幸いなことの奴らはまだ「フローラ・アブソルート」が偽物であることに気づいていない。

 手札の紙屑をジョーカーと勘違いしながらアブソルート侯爵家に対し優位に立ったつもりでいるのだ。

 加えて父が事前に送った偽の降伏文書に簡単に騙されており、なんと態々幹部を全員集めては会議という名のパーチなんぞを開催してしまう始末。

 かくも愚かしくいと哀れな生き物であることだ。一網打尽にしてくれと言わんばかりで大変愛おしい。


 とは言え、上層部が油断していたとしても邸宅の警備が無くなるわけではない。

 兵士を方々に分散しているせいか薄いには薄いが、敵の総本山に乗り込もうと言うのだから簡単な話ではない。

 だが、そう難関な案件でもない。らしい。ウィリアムには政治が分からぬ。

 先程から遠眼鏡で警備の配置を確認しているリーが言っていた。


「最終的に全員殺せば良いのです。火でも掛けますか?」


 そうしてさらっとそんなことも言う。やはりあの妹が育てただけはある。


「監禁場所によってはメーテルが死ぬぞー」


 ちなみにサブクエストがメーテルの救出。


「それはいわゆるコラテラル・ダメージというものに過ぎません。お嬢様の為の致し方ない犠牲です」

「………………(アーソレメッチャワーカールー)」

「分かんのかよ」

「鼠が何処に潜んでいるやもしれませんから、燻り殺すのも一つの手です」

「我が家のお猫様は皆おっそろしいなぁ……」


 あくまでサブクエストであると主張するリーたちにウィリアムは苦笑する。

 ウィリアムはメーテルをよく知らない。いつの間にか屋敷にいて、知らないうちに捕まって、改めてサクラのメイドとして採用された、かと思えばどこか遠くに飛ばされていた。


「ほんの冗談です──とも、あながち言えませんね」

「なに? メーテルってそんなに嫌われてんの?」

「いえ、そんなことはありませんよ。屋敷猫は皆、メーテルを認めています。……ただ彼女は少し、他の子とは背景が違うので」

「というと?」


 ウィリアムが問う。

 屋敷猫は皆、元はサクラが拾って来た薄幸の少女たちである。人生で一度も人を殴ったことも無いような素人だった彼女たちをサクラが自ら鍛え、時には選別し、隠密として一人前と言えるまで育て上げた。

 だがメーテルは違う。あれは、最初からプロだった。暗殺者として、屋敷にやって来た。


「……もしあの時お嬢様がいなければ、侯爵様は殺され、王国は滅びていたかもしれません。本来それだけの実力が彼女にはあるのです」

「まじぃ?」

「まじぃです。戦闘能力でいうとそれほどでもありませんが、暗殺者としての彼女は超一流です。……言うなれば信頼ですね。彼女にとってこの程度、窮地の内に入らない」


 リーがそう言うのと、ナイトレイ伯爵家本邸から煙が上がったのは同時だった。


「たとえば、こんな風に──」






 ***






 メーテルはメーテルであってメーテルではない。でもちょっとメーテル。

 何の話かと言えば、彼女が生きた二十年前後の人生。その中で彼女が「メーテル」として過ごした時間はまだほんの一年ほどでしかない。

 彼女の両親は、彼女を産んで程なくしてから親ではなくなった。

 彼女を育てた大人たちは、彼女に名前すら付けることはなかった。

 ただ、九番とだけ。そう呼んだ。


 幼き時分に受けて然るべきの愛を受けず、情を受けず。

 月に一個のキャンディ以外、子供らしい扱いを受けた覚えは無い。

 道徳と倫理が欠如した空間で、人を騙す術と、人を殺める術だけを教えられながら育てられた。

 自我を持たず、意志も無く、かくあれかしという言葉に唯々諾々と従いながら、人に害をなす獣として育った。

 幸か不幸か、彼女はとびきり優秀だったらしい。

 実戦に出ることも無く処分される者もいた中、彼女は重大な任務に従事した。

 一度目は、豪族の娘を。二度目は、皇帝の庶子を。

 信じた人間に裏切られた時の彼らの顔は、今になっても覚えている。

 帰還した彼女を褒めそやす飼い主たちの下卑た笑みも、覚えている。

 でもその当時は何の感慨も覚えなかった。


 ──家畜のような一生。人を殺すだけしか能のない生き物。


 そんな彼女の唯一の存在意義を奪い去ってしまったのがサクラ・アブソルートだった。





「そろそろ、頃合いですねぇ……」


 暗い一室のベッドから起き上がり、彼女は呟いた。

 仕事の時間である。

 服はネグリジェのまま、暗器はほとんど持っておらず、おまけに体調は最悪で吐き気は止まらず視界の端では星がピカピカ廻っている。

 およそ仕事のできるようなコンディションではないが、そんなことは関係ない。

 主が動いているなら時期は今、もし来ていないのだとしても好機であることに変わりはない。


 不安定な体調と衛生状況を鑑みて軟禁場所は地下の牢屋からセキュリティの甘い三階の小部屋に移された。

 ひどく顔色の悪い彼女を見て、警備は脱走の可能性を失念してしまっている。

 霊国の残党共は馬鹿みたいに浮ついて祝宴など挙げている最中。

 唯一表情の読めなかったグレイゴーストの頭目は本邸を離れた。

 タイミングとしては絶好だ。


「武器は鈍った果物ナイフだけ……まあ、なんとかなりますかねぇ」


 ふらつく体に鞭を打って立ち上がり、倒れ込むようになりつつドアのもとへと辿り着く。

 呼吸を整えてからそっとドアノブを回す。

 この時間、三階の警備は一人。


「……なっ、お前っ──」

「おやすみなさい」


 一撃。

 念入りにもう少し刺し込んでから引き抜く。ハンカチで拭う。

 一々一呼吸を置かねば動けない体が煩わしいが、仕方ない。

 ハンデと思うことにする。


「人を殺すに力は要らぬ~♪ ナイフ一本あれば良い~♪」


 などと言ってみる。昔の教えも馬鹿にできない。


「さて、次ですが……葉巻ですか、良い御身分ですねぇ」


 動かなくなった警備の男を先ほどの部屋に隠してから荷物を漁る。

 するとまあ大した物は出なかったが、懐から葉巻、そしてマッチを取り出す。


「火の用心、マッチ一本火事の元~♪」


 マッチを擦って火を点ける。

 まだ仄かに肌寒い春の夜に、気休め程度の温かさも今の彼女には心地良い。

 夜の闇に揺らめく小さな炎を見ながら、そういえばこんな感じの童話があったなとふと思い出す。寒空の下で独りマッチを売る、薄幸の少女のお話。


「はぁ、早くお嬢様に会いたいですねぇ……」


 マッチの灯りに敬愛する主の姿を浮かべながらメーテルはほっと溜息を吐く。

 まさかこれほど頑張っているのに『なんか、嫌』という理由で主に避けられていることなどメーテルは知る由もない。

 しかしそれは置いておくとして、再会するためにはまず生還せねばならない。次いで好感度を上げるには土産が必要だ。

 メーテルは炎に『自分に笑顔を向けてくれる主』を幻視した後、マッチを適当に可燃性の場所に投げ捨てる。マッチを擦る、投げる。これを四回ほど繰り返す。

 マッチの火は屋敷に燃え移り、煙が昇る。


「かーらーのぉー」


 彼女は近くにあったインテリアの花瓶を落として大きな音を立てると、すかさず近くに倒れ込む。すると、


「何事だ!」


 こういった風に二階の警備が二人釣れるので、


「た、たすけ……ひっ、火が……」


 ──みたいに、しおらしく助けを求める。かよわい美女をイメージするのがポイント。

 そうすれば慌てた二人の内、一人が火を消そうと試み、もう一人が彼女を保護しようと駆け寄る。

 彼らからすれば憎き怨敵の一族とはいえ大切な人質だ、死なれては大変困ることだろう。


「おい! 大丈夫かっ──」


 な☆の☆で、

 丁寧に抱き抱えられたところを狙って隠し持っていたナイフで一刺し。

 刺した後は手首を捻って余念なく。瀕死が一番辛いからね、しょうがないね。

 それが終われば立ち上がり、


「消えろ! 消えろ! 消えっ──」


 消火を試みている男の背後を狙ってまた一刺し。

 引き抜くと同時に炎の中に蹴り飛ばす。燃料追加である。よく燃えてくれたまえ。

 へそに蝋燭でも立ててやろうか。


「三丁あがり、ですねぇ……ふぅ……」


 息を大きく吸って、吐く。なんてことはない。どうというもこともない。

 相も変わらず頭はくらくら。げろげろと吐き出したい気分に違いはないが、死ぬほどのことでもない。

 むしろ年がら年中こんな気分で過ごされている奥方に頭が下がるばかりだ。


「さぁ、もう一仕事、、しますよぉ……」


 残りは一階の連中。今日ばかりは外の警備を頑丈にした分、内は手薄で二階もさっきの分で空だ。

 放っておいても火事で幾らか死ぬだろうが、特に主要な人物は手ずから殺さねば安心できない。逃がすなどは以ての外だ。

 幸い着の身着は上等なものなので、騒ぎに乗じればどさくさでなんやかんやとやり易くはあろう。だが一つ願いが叶うのなら、調理場から油を拝借したい。


「そこで何をしているのですか!」


 そこで、あまりよろしくないタイミングで、二階から誰かが上がって来た。


「……ちっ」


 つい舌打ちが出る。

 グレイゴーストの頭目にくっついていた女だ。

 聞き及んだ情報によれば、正直なところ万全の彼女よりも純粋な戦闘能力ではやや勝る相手である。


「あなたはフローラ・アブソルート……では、ないのですね」

「今さら気づいたんですかぁ? グレイゴーストが笑っちゃいますねぇ?」


 さて、どうしたものか。






・90話・30万字・3レビューを達成し、感想もあと1つで300件だそうです。世界のナベアツ大歓喜。ここまで来てしまったのも全てここまで読んでる貴方達のせいです。覚悟の準備をしておいてください。

・あとこれは内緒なんですけど感想300のキリバン踏むと書いた人の願いが一つ叶うよ。本当だよ。ニンジャウソツカナイ。

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