今ここにいる人たちの話 4
・おっさんたちの話になるとどうしてもシリアスになってしまうのだなぁ。
・たぶんガッチガチのシリアスは本当にこれで最期。
ハンスという男はある種の呪いのようなものを体に宿している。
それは、必勝の呪い。
あるいは、勝利の女神に偏執的なまでの愛を受けていると、以前ルドルフが言っていた。
戦えば勝つ。シンプルだが、絶対の法則。
まあそれも、勝利の定義によっては不変とは言い難いものではあるが、少なくとも戦いが終わった後に立っているのはいつだってあの男だ。
だから前回の戦争でも、ハンスは一度も負けなかった。
寡兵も劣勢も関係ない、当然のように戦っては勝つ。
そして敵も味方も倒れ伏した戦場を一瞥して、また次の戦場へ行くのだ。
しかし、女神に愛されているのはハンスだけ。
では、その周りの人間は?
答えは簡単、死ぬ。
ただでさえ至難の戦場に身を置くことの多いハンスだ、一部の最精鋭を除いてバタバタと潰れるし、団は人員の入れ替わりも激しい。
そんなことを続けていれば段々と団員の数は減り続け、それに比例して勝利の意義も小さくなっていき、戦略的勝利は戦術的勝利に姿を変える。
それでも、国力の限界を迎えた王国を支えていたのはハンス率いる騎士団の局地的勝利の連続だった。
当時の王国の東部戦線はハンスの個人技で保っていたと言える。
逆に、保ってしまったとも、言える。
結果論で言えば王国は諦めるべきだった。
そもそもが私欲と私怨で始まった戦争だ、さっさと霊国帝国の両国と講和して戦争を終わらせるべきだったのだ。
しかし、ハンスの見せる勝利という幻想に囚われた国王と侯爵は止まらなかった。
勝って、勝って、勝って、勝ち続けて、そして──
──ハンスは逃げ出した。
ふと後ろを振り返れば、顔も知らぬ新兵の疲弊し切った顔。
戦闘を繰り返すたびにその顔ぶれは変わる。
悪戯に屍を重ねる日々と戦争継続の鍵を握り続ける重圧に耐えきれなかったハンスは侯爵家を辞し、心労を抱えるアレクサンダー・アブソルートを見捨てた。
アレクサンダー・アブソルートが侯爵である父を暗殺するという選択をしたのは、それから一か月後のことだった。
***
誰もが疲弊していた。
ベテランも、新兵も、精魂尽き果てたと表情が語っていた。
唯一瞳に宿る炎すらも、霞み始めている。
(もう、これ以上は……)
震えの止まらない自身の左腕を見る。
老いというのが恨めしい、未だ心は死なずとも体が言うことを聞かない。
できぬことは、できぬ。
兵の数は1500まで数を減らし、そのほとんどが万全な状態からは程遠い。
敵の数はおよそ二万弱。かなりの数を討ち取ったはずではあるが、少しずつ本国からの増援が到着し始めているらしい。
均衡を保てる兵力差はここが限界だった。
これ以上は、物理的に手が足りない。犠牲になる町や村が絶対に出始める。
それは、許容できない。
それでは、何のために戻ってきたか、分からないではないか。
「団長、少し休んでください。あなたが一番疲れてるはずだ」
寝ずの番をしていると、見かねた部下が一人話しかけてくる。
自覚はしているが、だからと頷ける話ではない。
「黙れ。お前こそさっさと寝ろ、体調管理もできん役立たずを連れて行く余裕はないぞ」
「し、しかし──」
「二度は言わん。下がれ。俺に命令できるほど偉くなったつもりか?」
「……………はい」
渋々ながら宿舎に戻る若い副官の気遣いは本来なら有り難いものだ。
しかし、これが最善だと断言しよう。
老い先短い老骨こそ使い捨てて然るべき、今ここで死ぬのが若者であって良いはずがない。
……視線の先、闇夜の草原を睨む。
姿は見えないが、確かにそこにいる忌々しき怨敵。
間もなく、夜が明ける。
***
「絶対に止まるなっ! 一気に突き破れ!」
ガラガラな声を張り上げる。
馬を走らせ、敵を斬り捨てる。
本日三度目の襲撃、六度目の敵中突破。
帝国は軍を三軍に分け、代わる代わるの攻勢を仕掛けて来ている。
こちらを休ませぬように、だが自分たちは決して無理をせず深入りはしない。
消耗戦、分が悪いという話ではない。
致命的だ。
少しは数に驕って油断してくれても良いものを、敵の将軍には徹底的に最後まで削り切るという固い意志を感じる。
「囲め囲め囲めぇっ! 絶対に逃がすな! その爺さえ抑えれば俺たちの勝ちだ!」
ちらりと眼をやれば、遠くで叫ぶ指揮官らしき男の姿。
見覚えがあるし知識にもある。前回の戦争にも参加していたはずだ。
クソが、よく理解しているじゃあないか。
「くたばれ爺!」
「隠居しろ老いぼれがぁ!」
指揮官の声に勇敢で無謀な若者が槍を持って突っ込んでくる。
「吠えるなガキ! 俺はあと百年は現役だ!」
しかし技も経験も無い勢いだけの兵など相手にはならない。
敵の槍がこちらを貫く前に、手に持つ十字の槍を一振り。
それだけで首と鮮血が二人分、宙を舞った。
だが、殺到する帝国兵によって少しだけ騎馬の速度が落ちる。
それだけ囲まれるし、追いつかれれば脱落者が増える。
これ以上の戦死は最早どう繕おうとも誤魔化しが効かない、詰みだ。挽回の手はない。
(ここが……分岐点か……)
時が要る。
主がこの局面を打破する手を打つための時間が。
そのためには敵軍を揺るがすだけの衝撃が必要となる。
……迷っている暇はない、ルビコンはもうすぐそこだ。
息を大きく吸い、涸れ果てた喉を酷使する。
「隊を二つに分ける! 死に時を間違えた老いぼれだけが俺についてこい! それ以外はギルベルトに続け! このまま一点突破して離脱しろ!」
「団長!? なにをっ──」
「黙れギルベルト! 問答してる暇はない、これは命令だ! いいか、お前にはまだ役割がある、絶対に死ぬなっ!」
「しっ、しかしそれでは団長がっ!」
「くどい! 俺たちの後ろに誰がいるのか、騎士とは何なのかを思い出せ! 早く行け、間に合わなくなる!」
「~~~~~~~承知っ! ご武運を!」
序列三位の若い副官に全てを任せ、修羅の道へと。
進路を転換し、敵中から脱出ではなくさらに中心へと進軍を開始する。
今から始まるのはこの命尽きるまで、敵軍指揮官首狩りツアーだ、まったく実に楽しそうな響きではないか。
***
「……………」
ギルベルトと分かれてから決死行までの間際、一瞬だけ後ろを振り返る。
何と言うべきか、
「……ずいぶんと多いな」
「なんですか自分で呼んでおいてその言い草は、若いもんが生きて老いぼれが死ぬ、当然のことでしょう」
「ワシはもう孫をこの手に抱いたもんで、特に未練もありません」
「あなたに憧れてこの団に入ったんだ、最後までお供しますよ」
「前の戦争、後悔しているのは貴方だけじゃない。十年前に死に損なった分、こんな機会逃す手はありませんな」
くたびれた顔の中年共が笑っている。
そこにあるのは絶望でも諦観でもない。
「クハハハハ! ならば良し! どうなっても知らんぞ野郎ども! 征くぞ!」
手綱を握り、槍を構える。
戦場を駆ける、駆ける、駆ける。
最初の目標は先ほど喧嘩を売ってくれた指揮官の男だ。
「あれをもう一度やる! 今度は十四段崩してやるぞ! 走れ走れ走れ! 疾う疾う疾う!」
槍を振るう、払う、突く。
それで敵は死ぬ。
邪魔な奴は踏み潰す。
俺自らが見出した名馬だ、刃物程度には怯まぬ。
「と、止めろぉ! 奴を止めろぉ!」
自分が狙われていると理解した途端、情けない声を上げるあの男の名はなんと言っただろうか。
まあ良い、全員殺せば関係ない。
「ひっ!?」
「ひとぉおおおおおおおっつ!!!」
鋼の鎧が真紅に染まる、血を吸い過ぎた槍は脂で鈍る。
関係ない。殴り殺す、へし折り殺す、ぶち破る。
「まだだ! まだ行くぞっ!」
「「「おおおおおおっ!!!!」」」
所詮今のは中級指揮官、殺したところで帝国軍は揺るがない。
次だ、次を寄越せ。
「敵将発見んんんんんん!」
「でかしたぁ! 殺せぇええええええ!」
突撃。
今ので何人か死んだか。
そりゃそうだろう、待ち受ける槍衾に突っ込むのだ、死なねばおかしい。
だがよく死んだ、あの世で待っていろ、すぐに追いつく。
「く、くるなぁあああああああああああ!!!!」
「ふたぁああああああああああっっっつ!!!!!!」
首が飛ぶ。
まだ、たった二つ。
しかも、小物だ。
「次ぃいいいいいいい!!!」
「前方二時の方向!」
「進めぇええええええええええええ!」
突撃。
誰かが槍に突かれて死んだ。
馬から引きずり落とされ死んだ。
殴られて、引き裂かれて、そうそうにその数は百を割った。
──だが、
「みぃいいいいいいいいいいいっつ!!!!」
──まだっ
「よっっつぅううううううううううううう!!!」
──まだっ!
「いつぅううううううううううううううつ!!!」
──まだだっ!
──もっと前へ!!! さらに前へ!!!
「クハハハハ! 遠からん者は音に聞け! 近くば寄って目にも見よ! 我が名はハンス! アブソルート侯爵家騎士団長ハンス! 貴様らが愚かにも踏み荒らさんとする大地の守護者なりっ!」
守るべき者たちの未来を拓かん!
「いざ! いざ! いざ! 我が首獲って名を上げんと思う者は名乗りを上げよ! いま此処に! 最強がいるぞっ!」
***
……挙げた首級は二桁を優に超えた。
帝国兵の多くは恐怖と混乱の只中にいる。
それでも、さすがの敵も最精鋭、最も重要な壁には寸でのところで届かなかった。
愛馬はその役目を終え、愛槍は穂先を失った。
付き従う部下は僅かに十二、その全員が最早立ち上がることすらできない。
「いよいよ……」
敵の前で膝を突くというのは人生で初めての経験だ。
矢尽き剣折れ目は霞み、耳は遥か遠い。
敗北とはこのような気分になるのか、想像よりはたいしたことはない。
「終いか……」
周囲にはぽっかりと空間があり、少し距離を取って帝国兵が自分達を囲んでいる。
弓を構え、決して近づいてくる事はない。
散々暴れ過ぎたようで、すっかり恐れられてしまったようだ。
「残念だな……寄ってきたなら縊り殺してやったものを……」
だが悔いはない。
やれることはやった。
今度は逃げなかった。自分は今戦場にいる。
それだけで、晴れ晴れしい気持ちだ。
「かっ構えろ!」
帝国将官の命令により、弓兵が狙いを定める。
「後は、任せたぞ」
呟き、その時に備え目を瞑った。
そして、将官の剣が振り下ろされる──
──ことはなかった。
「……………?」
血にまみれた眼を開き、朧げな視界を確認する。
「捨て奸とは見事な心意気、我が家にもここまでの勇士はそうはいない」
目の前に誰かが立っている。見慣れぬ肌色の、小柄な……女……?
「だからこそ俄然興味が湧いた、まだ生きてもらうぞ? ご老公」
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