社交界など行きとうない! 1
・いわゆるテコ入れ
・でもシリアスにはならない
・恋愛要素は韓国がドイツに勝つ可能性ぐらいって書こうと思ったら勝った。
・野球派だからどんくらいすごいかよくわかんないけどすごい。
・カクテキ美味しいよね。
深夜、どっぷりと闇に呑まれた屋敷の中を私はナイフを片手に徘徊していた。
あれだけ賑やかだった屋敷の中も、すっかりと人気は消えてしまっていた。
逃げたか、解雇されたか、殺されたか。私も、もう把握しきれていない。
ハンスも、ルドルフも、オリヴィエも、みんなこの屋敷からいなくなってしまった。
当主である父の乱心が始まったのはいつだったろうか?
母が倒れた日からか、帝国との戦争が始まった日からか、それともそのずっと前からか。アブソルート侯爵領が緩やかに崩壊していくのと同時に、父も少しずつ壊れていった。
王が、帝国が、病が、戦争があの人の心を蝕んだのだ。
王が、あの愚王が! 不相応にも大それた野心を抱かなければ!
帝国が! 病が! あの方の命を奪わなければ!
戦争が! 民の心を狂わせなければ!
こんなことにはならなかったのに……
優しかった父はもういない。格好良い父はもういない。
酒色に溺れ理想を失くした。
髪は抜け落ち、歯は欠け、肌はボロボロで枯れ木のような体。
何かに怯える様に背を丸め、何かから逃げるように下を向きながら歩くその背中は、かつて憧れたそれとは程遠い。
自らの子に対してすら向ける、その媚びるような眼を見てしまった私は、あれを父とはもう、呼びたくなかった。
だから、終わらせるのだ。父は死んだ、死んだのだ。これ以上、父の名を汚させるわけにはいかない。
偽物は、駆除しなければならない。
ゆっくりと足を向けるその場所は、寝室。
財産目当ての女すらいなくなったその部屋に、あれは寝ている。
一歩ずつ、音を立てず、慎重に。
不思議と緊張はしていなかった。罪を犯そうとしているというのに興奮も、恐怖も、憤怒も歓喜もなにも、湧いてはこない。
自分が機械にでもなったかのような気分だ。
辿り着いた扉の先で、逡巡もなく、すっとドアノブに手を添えた。
躊躇いは、なかった。
ああ、父よ。これが最後の孝行だ。
どうか、安らかに。
=========
夜。サクラ・アブソルートは自室で悶えていた。それはもう悶えていた。
具体的には枕に顔を埋めて足をじたばたさせる。だって十三歳だもの。
先ほどは御屋形様の前で影としてあるまじき失態。いくらジョー兄に久しぶりに会ったからとはいえ、あんなに気を抜いた姿をお見せしてしまうとは。
くっ……ニンジャ失格。
「まーたなにかくだらねぇこと考えてねぇだろうな……」
突然ドアが蹴破られたかのような音がすると、そう言いながらジョー兄が入ってくる。
たまにノック忘れるよね。兄上のそういうところだけ嫌い。
でも右手に焼き菓子と左手に紅茶を持っていた。そういうところ好き。
「J・J・Jの菓子詰め合わせと紅茶だ、余ったから食っていいぞ」
ぶっきらぼうにそう言う兄上。だが、J・J・Jのお土産が余るわけないじゃん……というかまだあったんだ……という声は心に仕舞う。
下手なことを言って照れられて没収されてはかなわない。
笑顔でお礼を言っておく。でも兄上、私は紅茶よりホットミルクの方が好きです。
その後、お菓子をつまみに兄上から王都の話について花を咲かせていたが、だんだんと話が私のことについてシフトしていった。クッキー美味しい。
兄上は私がお館様の影であることが少々不満らしい。
「兄上! 私はニンジャ失格なのでしょうか!?」
「そもそも侯爵令嬢の時点で無資格者だ馬鹿」
「そんな!? 私の未来には無数の道が広がっていると言ってくれたのは兄上じゃないですか!?」
「だからって誰が獣道に行くなんて想像できるんだ馬鹿」
「馬鹿馬鹿言わないでください!」
馬鹿って言う方が馬鹿なんです!
………いやかなり甘く見積もって言って私の僅差負けですね。
兄上は学園では三年間ぶっちぎりの首席でしたからね、なんか賞とかもらっていたし。
恋愛に関しては馬鹿だけど。義姉上(予定)もよく愚痴っている。チョコ最高。
「私は先月に兄上が義姉上の誕生日に送ったJ・J・Jのスイーツよりも甘いポエミーな手紙の中身だって知っているんですからね!」
「お前まさか盗み見たのか!?」
「いえ、普通に義姉上が嬉しそうに見せてくれました」
「ジェシカーーーーーーーー!?」
耳まで真っ赤な顔でここにはいない義姉上──ジェシカ・ナイトレイ伯爵令嬢に向けて叫ぶ兄上。
そんなに恥ずかしいのだろうか?
実のところ私はポエムには興味なかったので内容はあまり覚えていない、湖面の月とか乙女とか妖精とかそんな感じのワードが出ていた気がする。
とりあえず義姉上の弾けんばかりの嬉しそうな笑顔と身振り手振りで喜びを表現するその姿がたいそう微笑ましく、これはもう義姉上(予定)から義姉上(内定)または義姉上(確定)に変えても良いのではないかと思ったのは記憶に新しい。ビバダックワース。
「そういえば、兄上はまだ結婚しないのですか?」
兄上は二十一歳、義姉上は十八歳。適齢と言えば適齢で、少し早いと言われればそうかもしれない。
ただ、政略の意味合いが強かったこの婚約は、二人の相性が良かったのかそこらの恋愛結婚よりも熱々である。
よく兄上の周りの男性陣が「リア充爆発しろ」と言っているのをよく聞く。
「帝国の動きが怪しいって時期に暢気に結婚式なんか挙げられねぇだろ。もし戦争が始まれば矢面に立つのはアブソルートだ。もうちっと情勢が落ち着かねぇと」
苦々しい顔で兄上が言う。また帝国か、めんどくさい。
ワッフルワッフル。
「もう私がちょっと皇帝暗殺しましょうか?」
名案! 私ってば天才! 実際これが一番手っ取り早いと思う。
こう、サッと行ってシュバってやってヒュンっとなってバン! みたいに。
「できもしねぇこと言うんじゃ……いや、やるなよ? 絶対にやるなよ?」
やだなぁ、やりませんってば。冗談ですよ。
許可なく他国に行かない、人を殺さない、という二つの鉄の掟があるのですから。
その怪訝そうな視線はよしてよ兄上。私は約束を守る女だよ。
だから、お菓子返して。
ちょ、高く上げないで。届かない。届かないよ兄上。
くっ、このっ! はっ、とうっ! ずるい兄上! 私より身長40㎝も高いんだから、届くわけないじゃん! や、やめ、あ、頭抑えないでっ、お菓っ、お菓ー子!
「絶対にやらないと誓え」
「誓いますっ!!!!!!!」
「元気か」
元気ですとも。
「お前の中で菓子のプライオリティどんだけなんだ……」
「サクラ死すともお菓子は死せず!」
「そりゃそうだろ」
そこは……なんかこう迸る情熱をニュアンスから感じ取ってください。
だって侍女長のオリヴィエがあんまりお菓子食べさせてくれないから!
さあ! さあさあさあ! お菓子を! プリーズミースイーツ!
「………」
「兄上? 早くそのマドレーヌを……」
黙りこくる兄上。その顔がだんだんと意地の悪いものへ変わっていく。
J・J・Jのマドレーヌは王国一と専らの噂。甘党垂涎の逸品。
ま、まだ一個も食べてないのに……
「悪い、ウィリアムの分の土産を取って置くのを忘れていた、これは持って帰る」
「そんな馬鹿な!?」
兄上に限ってそんなミスをするはずがない。
そのニヤニヤした顔から察するに……卑劣な!
「大丈夫です! ウィリアム兄上は甘いものが苦手なので私が処理してあげます!」
「んなわけねぇだろ、設定を捏造すんな。何年兄弟やってると思ってんだ」
くっ、一度希望を見せておきながらそれを絶望で浚う。なんたる非道、なんたる外道。
親の顔が見てみたい!
「何が望みなんですか兄上……」
そう問うと兄上は懐から一枚の便箋を取り出した。
そこに描かれた紋様は……王家の……!
時期的に鑑みて王太子殿下の誕生日パーティーの招待状!
「マドレーヌが欲しければこいつも受け取ってもら──」
「いりません」
「あれぇ?」
肩透かしをくらった兄上がちょっと情けない声を出すけれどそんなのは関係ない。
マドレーヌだっていらない。
招待状なんかいらない。パーティーなんて行かない。
「社交界なんて行きませんからね!」
絶対に!
・王太子の兆しが出てきました。
・書いてて疲れたタイミングで切ったのは内緒。
・あと次話からジャンル移動します。
・撤退ではなく未来への進軍である。
・詳しくは活動報告に。
・内容や方針が変わるわけではありません。