啖呵売りの侯爵 2
・これは証明だ、僕にも小説を完結させられるってね。
宰相との会話は続く。
「しかし馬鹿な選択をしたものだ。今までの会話は曲がりなりにも交渉だった。命を捨てたな、侯爵」
「どういう意味かな?」
「……少し勘違いしているのかもしれないが我らの目的は王国の滅亡のみ。最初からどうせ生きては帰らぬつもりだ、貴様らに話し合いの材料などない」
「いや、そっちじゃないよ。ワシ、命を捨てたつもりはないよ?」
「なに?」
「まだ負けてない」
などと、言ってみる。言ってみただけ、なにか考えがある訳じゃなかったりします。
正直全部先に城に入ったサクラ頼み。ごめーんねって感じ。
ワシにできることは時間稼ぎぐらいで、それだって十分にできているかは怪しい。
「くっ……くくっ……クハハハハ!」
ワシの言葉に一瞬目を丸くした宰相は、大きく声を上げて笑った。
「本当に……あなたは善人であることしか取り柄がないようだ。ここまで頭がお花畑とはな、現実が見えていないらしい」
心底おかしいと言わんばかりに目尻に涙を溜めながら。
すごい、まるで反論できない。なんて冷静で的確な審美眼なんだ。
なんて冗談はさておき。啖呵売ってみたはいいけど頼りのサクラさんが今どこにいるのかわかりません。
いやニンジャがワシに見つかっちゃ駄目ってのは分かるけど。
「いいだろう、見せてやる。絶望という名の真実をな」
宰相はそう言うと片手を上げて近くの男を呼びなにか指示をした。
男は宰相の言葉に頷くと足早に部屋を出ていく。
「何をする気なんだい?」
まあ、だいたいわかるけれど。
「捕らえた者たちを一人ずつ貴様らの前で処刑する。そうすればあなたの目も覚めるでしょう、侯爵」
宰相は端的に、なんでもないように、そう答えた。
おそらく今この城に捕らえられている誰が殺されても国は混乱に陥るだろう。
びっくりするほど性格が悪い。そんなんじゃ友達出来ないよって言おうと思ったけど地雷踏みそうなのでやめた。えらい。
「えげつないことするね」
「それはこちらの台詞だ、貴様は己の父の凶行を目の前で見ていたのだろう?」
「それを言うならワシの台詞でもあるよ」
義父は許されぬことをした。霊国にいた宰相に罪はなかった。けれど発端は帝国と霊国にあったというのだけは譲れない。
「……ふん」
求めていたリアクションがなかったのか宰相は鼻を鳴らして顔を背けた。
それから少し時間が経って、出ていった男とは違う仮面の人物が入ってきた。
仮面の人物は宰相の傍に歩み寄りなにかを耳打ちした。すると宰相は嫌な笑みを浮かべ、こちらに向き直る。
だけど視線はワシではなく陛下の方を向いていた。
「陛下、朗報です。ご子息を発見いたしました」
***
まあそれ私なんですけどね。
計画はこうです。
ロイドさんが素知らぬ顔で宰相に殿下発見の報せを告げる。
私は殿下の服を借りて頭に布を被り拘束された振りをして、そしたら同じく敵さんの服を借りて仮面を被った兄上がさも味方ですよって振りしながら私を運びます。
どうせ陛下の前で殿下を殺すのが目的でしょうから適当に陛下の近くに転がしてもらって、どうにかバルトロとかいう人との距離を三歩まで縮めたら「はいどーん!」って。
音で相手の場所は分かりますし、縄抜けとか余裕のよっちゃんなのでして。
……勝ったな。陛下を助けた後のことはその場で臨機応変ということでOK。
まあなんとかなりますよ、私強いので。
とりあえず気絶ごっこしながら様子でも伺いましょう。
***
さらにもう一人の仮面の人物が、縄で縛り上げられた小柄な子供を肩に担いで入ってくる。
その時ワシら全員が息を呑んだ。最悪の事態だと。
陛下に子供は殿下一人しかいない。殺されれば王家の血筋が絶える。それは真に王国の死を意味するからだ。
背中が冷や汗で湿り、気分が悪い。逆に喉は乾いてカラカラだ。
……とにかく、拙い。
「────!」
陛下が顔を上げて叫ぶ。憔悴の酷い顔はさらに青ざめていた。
運ばれている子供の顔は見えないがあの服は間違いなく殿下のものだ。疲労が激しいのかその体はぐったりとして動かない。
殿下を運んでいる仮面の人物は、煽るように陛下の近くに歩み寄ると見せつけるように殿下を地面に放り投げ転がした。
『にゃんとぉ!?』
「……………ん?」
頭から地面に突っ込む形になった殿下の声が小さく漏れた。痛そう。
──なのはさておき、布を被っているので声はこもってよく聞こえない。普通はね。
今の高い声。
殿下は声変りがまだなので宰相側の人たちは特に疑問を持ってはいないようだけど、ワシは違う。陛下だってそうだろう、見れば混乱しているのか目が泳いでいた。
まあ、うん。
いくら布袋越しだろうが、実の子の声は間違えないよ。
……つまり。
「あーはいはい今回はそういう感じね、おっけ」
なのであるのだなぁ。
後ろのトーマスとヘイリーも気づいたようで若干ソワソワしているのを感じ、机の下に隠した手で小さく合図をする。ここでばれたら台無しだ。
笑うな、耐えろ!
全力で唇を嚙み悔しがってる様を演出するんだ頑張れ!
……しかしそれなら殿下(仮)を投げたのはジョーかな?
もうちょっと優しくしてあげれば良いのに。
あーもやばい、めっちゃ気が抜けちゃった。どないしましょ。
「バルトロ」
「……了解」
陛下に剣を添えていた顔に傷のある男が動く。
まず未だに頭が混乱しているのか「!?」を頭に浮かべている陛下の椅子をくるっと反転させ、殿下(仮)の方を向かせる。
そのあと、殿下(仮)の襟元を掴んで地面から浮かせる。
「まずは一人目、そこで己の息子が殺されるのを見ているがいい」
宰相が暗い笑みを浮かべる。
狼狽している陛下を見てかなり愉快そうだけど、たぶんそれ意味合いがちょっと違う。
「そして侯爵、この状況でまだ『自分は負けていない』などとほざけるか、試してみるとしようか……」
「その必要はないよ」
「……なんだと?」
「必要ないって言ったんだ。我々は負けていない、君達には殺せない」
いつも、どこでも。
この場所でも、遠くの戦場でも。
それを忘れたことはない。
そしてそれを、誇りに思ってる。
──そりゃあ、ワシは無能だけどね。
「ワシの家族は、ちょっとすごいよ?」
「この期に及んでなにを意味不明な言葉を──」
宰相が言葉を言い切るよりも、バルトロと呼ばれた男が倒れる方が先だった。
・しちめんどくさいシリアスが死にハイテンションギャクアクションの始まりだわーい。
・いやほんとめっちゃめんどくさかったな……。