這い上がり 2
・生きても良いって言われた気がするので残しました。
ゆっくりと引きずられるように、扉が開かれた。
ロイドたちの視線の先は闇。
扉の向こう側にいる人物の陰に潜み、その姿を見ることはできない。
何が起ったのかは分からないが、何かが起ったことは分かる。
とにもかくにも、扉の先の人物が自分たちの仲間ではないということだけは明白だった。
ロイドはさらに二人に指示をして、槍の矛先を扉の奥に向けさせる。
「………………」
そして、静寂が続く。
睨み合い、少なくともロイドはそう思っていた。
先に動くのはどちらか、無常の間が焦燥を駆り立て、緊張が部屋を支配する。
誰かが息を呑む音が、はっきりと聞こえた。
対して涼し気なジョーの顔が、さらにロイドを惑わせる。
──来ない。
扉の奥の人物は動かない。
いるのはわかる。気配がする、呼吸が聞こえる。
だが一向に静止したままだ。
臆したのか。それとも隙を窺っているのか。
だが、残念ながらそんなものは存在しない。
たとえ誰が相手であろうと、自分たちの優位は揺るがない。
王太子の追跡に行かせた三人がどうなったかは不明だが、ここにいる者たちは精鋭であり、不意打ちでもされない限りそう簡単にやられはしない。
正面から来ると分かっていれば対処は容易だ。
加えてロイドは相手がジョーの妹であるサクラだと直感的に悟っていた。
その実力を直接確かめたことはないがジョーの話や、ナイトレイ家の報告書で聞き及んでいる。
そして、家族を見捨てられないタイプの性格であることも、承知していた。
人質であるジョーを前面に押し出せば、彼女はそれで止まる。
いくら彼女が速かろうと、槍がジョーの体を貫く方が幾らか速い。
「そこにいるのはわかっているよ、出てきたらどうだい。なにも君もジョーも殺そうってわけじゃない」
一応の、降伏勧告。
別に戦いたいわけでもないし、戦う理由だってない。
大人しく言うことを聞いてくれるのなら、殺しはしない。
だが、返事はなかった。
──まだか。
そろそろ焦れてくる。
相手の正体が知れないというのはそれだけでストレスだ。
苛立つし、精神は磨り減る。
無駄な抵抗なのだから、さっさと出てくれば良いのに。
──早く、早く、早く!
そして、
全員の集中が扉の向きに最大限高まったその瞬間にロイドは己の失策に気づいた。
──違う。正面から来るはずがない。違う! だって、彼女は……
「エリック! 上だ!!」
天井裏。彼女はそこからやって──
「判断が遅い」
少女の、冷水のような声。
後ろにいた部下に警告を発して振り向いたその時には、エリックはもう締め落とされていた。音もなく、声を発することさえできずに。
そしてそれを成した少女は既に地に降り立ち、今まさに両手に持った短剣をロイドに向けて同時に投擲するところであった。
「くっ!?」
横に転がり込むようにして間一髪のところで回避に成功するが、元よりその投擲はロイドを目標にしていなかったらしい。
「配達御苦労」
「何様ですか」
「お兄様だよ」
手元に向けて正確に投げられたそれをジョーは掴み取って言う。
そしてそれはリキッドの方も同じであった。
つまりはここに、状況はひっくり返った。
***
ロイドの声に視線を逸らしたのが拙かった。
そしてその視線の先にいたのが十三歳の小娘というのも想定外だったのだろう。
五人が一斉に硬直した。
さすがに精鋭らしくそれも僅かな時ではあったのだが……
もう遅い。
一瞬隙を見せたら終わりだ。
「ちょっと痛いが恨むなよ!」
受け取った短剣をそのまま右にいた敵に投げつける。
それは肩に突き刺さり、血が噴き出す。その男が苦悶の表情を浮かべた隙にその槍の柄を掴み、引っ張って奪うと同時にそのままの勢いで左の敵にぶん投げる。
「そぉい!」
「ぐぁ!?」
革鎧に阻まれ刺さりこそしなかったが、倒すのには十分だった。
起き上がって来る前に腹を踏みつける。
踏みつける。
ついでに金的もしておく。
……ついでじゃなくてクリティカルかもしれない。
「ぁ……………」
沈黙したところで、振り返り短剣を刺した方の敵が起き上がろうとしているところだったので足と壁で頭を挟むようにフロントハイキックを顔にめり込ませた。
「あぐぁ!?」
崩れ落ちる敵をそのまま見送る。
精鋭ではあったのだろうが不意を突かれ、しかも相手は鬼才と名高き男である
ま、その、なんだ、相手が悪かった。
「いや、うん、強いよな? 俺」
化け物が近くにいると鈍くなるんだよなーと、ジョーは独り言ちた。
「いっちょうあがり!」
その隣では前方の敵の相手をしていたリキッドがちょうど倒したところだった。
受け取った短剣を躊躇なく相手の太ももに刺しその足を蹴りつけ倒れたところ、その頭を「シューッ! エキサイティン!」である。
そしてサクラといえば──
「二人とも遅いですね」
いつの間にか終わっていた。
扉側にいた二人をなんかこう……
なにしたん?
って感じ。
倒れた二人の体を重ねてその上にドカッと座っている。
「なんかお前速くなってないか?」
「重りを外したので通常の三倍です」
「お前重り着けてたの?」
「はい」
ケロッとした顔で言う。
なんか怖いのでジョーはこれ以上触れないことにした。
「とにかく助かったよ、よくやった」
「貸し一つですよ」
「つまり菓子一つと、了解だ。……殿下は?」
「扉開ける係です」
「……そっか」
王族のやる仕事じゃねぇな、と思ったが心に仕舞った。
なんにせよ、よくやったとジョーが頭を撫でてやるとサクラは目を細めて「むふー」とどや顔をする。
仲良しだった。
「で、その海鮮丼は?」
「……海鮮丼二人いなかったか?」
「そこで呆然としている大きい方です、小さい方はシーチキンに格上げです。……まあなんとなく状況は分かりますが」
(シーチキンって格下げじゃないのか?)
へたり込んで倒れているロイドはリキッドが見張っている。
どうにも二十秒足らずでの全滅劇が信じられないようで、わなわなと震えていた。
「……お前は倒れている奴らを縛っといてくれ、片は付ける」
「……早くしてくださいね」
「おう」
ジョーはゆっくりと歩み寄る。
ロイドはそれを、空虚な笑いで出迎えた。
・シーチキン>海鮮丼なのは僕が生魚嫌いだからです。
・アクションシーン難しすぎて笑う。