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どん詰まり2 這い上がり1

・ロイドくんが長々しく自分語りをします。

・へー、って思いながら片耳で聞いたげてください。

・はやくボックスを回るんだ。胴元を刺せ。

 蝋燭の炎が一瞬眩く煌めいて、そっと静かに消えた。

 部屋がしばし闇に包まれるが、すぐさま誰かが新しい蝋燭を用意したらしく、また仄かな光が辺りを微かに照らす。

 その幾ばくかの間に、何かがあったのか。


「──なんて、こうは言ってみたけれど、私にそこまでの怒りはないんだ。ただ少しばかり、皆の手伝いをしているだけで……」


 先ほどの怒気が嘘のように、ロイドは平坦な声で言った。


「そもそもナイトレイ家は王国と直接刃を交えた訳でもなければ、当時の私は十歳かそこらだ。戦争と言われても遠い場所のそれ、実感はなかったし、誰が誰と戦っているのかもよく分かっていなかった」


 ──大人たちは邪教人だの異端だのとしか教えてくれなかったからね。

 と、付け加える。

 ロイドの祖国である霊国は宗教国家だったので、戦時中王国は霊国の教会より異端・神敵認定されることになった(ただし霊国の奉じる神は世界宗教のそれとは異なるが)。


「そういう意味では、私自身に王国を恨む理由はない」


 戦争をしたという自覚すら、持ってはいないのだから。

 ──では、なぜ。

 声には出さず、視線でジョーは続きを促す。


「たぶん、ジョーには理解できないよ」


 ふ、と。ロイドは自嘲気な薄い笑みを浮かべる。

 そこに込められた意味を、ジョーはなんとなくではあるが読み解いた。


 お前には絶対に理解できないだろう、という諦観と。

 異端はどちらであるのか理解しているからこその、精神の摩耗。

 そして、貧者が富者へと向けるような、嫉妬。


 ロイドの心の内では、様々な感情が積み重なって、綯い交ぜになって、ついには器から溢れる様に、零れ落ちる。


「世の中にはね、子供を愛さない親が、いるんだよ」


 それが全てだと言わんばかりに。

 一言に呪詛を込めて。

 それが誰に向けてなのかは、ロイド自身にも分からない。




 ***




 薄暗い部屋の中でも、ジョーの顔がひどく歪んでいるのがよくわかる。

 君は善人で、他人のために本気で怒れる性格だ。

 それは六年間一緒にいて、嫌というほど知っている。


 だからこそ。

 そういう表情ができる人間だからこそ、君に私たちは理解できないのだろうと思う。


「グランツさんが……か」


 震えた声でジョーの口にした名前は私の父の名だ。

 妹の婚約者であるからには、当然ながら幾度となく面識があるのだろう。

 一見するとあの人は普通だから、ジョーの常識では子供を虐待するなんて事実には結びつかないのだろう。


 だが少し違う。我が家の事情はもうちょっとだけ複雑だ。


「それは勘違いだよ、ジョー。あの人はそんなことはしない。君の父への評価は間違いではない。普通に優しく、普通に明るく、普通に誠実で、どこを取っても代わり映えしないけれど、ある意味では、世間一般の言う理想の父親────だった」


 そう、だった。

 戦争が始まる前の記憶の中の父は、とても良い父親だった。

 領主としても、誰よりも領民の幸福を考える人だった。

 でも──


「そんなだから、普通に壊れてしまった」


 親に愛されなかった子というのは、父の方だ。

 そして、子を愛さなかったのはお爺様の方で、それは孫に対しても例外ではなかった。


「我が家の表向きの当主は父だけれど、実際はお爺様の独裁政権だ。父も私も、あの人にとっては自由に動かせる駒でしかない」


 表に出てこない理由は、感情を隠すのが下手で王国貴族に会うとつい悪態をついてしまい角が立つから。なんて、くだらない理由だけれど。

 だから父を裏で操りながら、暗躍している。


「お爺様は霊国では臣下の鏡みたいな──いや、狂信者と言った方がわかりやすいね。まあ、そんな人だ」


 同じ忠臣でもアブソルート侯爵とは真逆だ。


「崇める神の教義に誰よりも真摯で忠実。現代では修行僧すらやらないような形骸化した儀式や荒行にも嬉々として挑戦するほどに。……中には常軌を逸した内容のものもあったけれど、一人で楽しむなら構わない。性質が悪いのは、それを十にも満たない子供にも強制するところだった」


 滝行、護摩行、断食、そんなのは序の口で、苦痛こそ信仰の証とよく口にしていた。

 個人的に一番辛かったのは自傷行為で、あれはかなり堪える。

 今でもナイフを見ると冷や汗が流れるし、ひどく喉が渇く。


 それでも私にも荒行を課すようになった頃にはお爺様も老体で、体が耐えられないので封印したものも多いのだと、嘆いていた。

 その時でさえ、そこにこの世の地獄を幻視していた私は、若かりし頃の父はどんな責め苦を味わったのだろうかと、戦々恐々としたものだ。

 あの優しい笑顔の奥底に何を隠していたのか、想像もつかない。


「それでも、戦争末期までは私も父もお爺様も、親子でいられた」


 より正確に言えば、お爺様は父を息子だと、その時までは思っていた。


 私としてはお爺様は死よりも恐ろしく、悪魔よりも悍ましく、さらに付け加えると神よりも信じられない存在だったけれど。

 父は敬虔で、どのような理不尽に見回れようともただの一言も弱音や愚痴を吐いたこともなく、疲労を押し殺した顔でいつも優しく微笑んでいた。

 お爺様もそんな父を、後継者として認めてはいたのだと思う。

 だが、


「王国との戦争で霊国の敗北が決定的になった時、父はお爺様に内緒で国の上層部を手土産に王国に降伏を申し出た。これ以上は民を苦しめるだけだと、父は人生で初めて自分の意志で行動して、初めてお爺様に反抗したんだ」


 これは、私が成長してから知ったことだけれど、当時の王国は戦狂いではあったけれど、霊国はそれとは別のベクトルで狂っていたらしい。

 いや、腐っていたか。


「霊国は降伏。王国も先王が死んだことで戦は終わり、ナイトレイ家とリットン家を併合して一件落着。まあ戦線は一つではなかったから戦後処理には苦労したらしいが、それはいいだろう。結局のところ、多くの命が救われた」


 ──そしてそれが、逆鱗に触れた。


 お爺様は王国軍を相手に最後の一人になるまで戦い、城を枕に死ぬつもりだった。

 神に殉じることができるのだから誉れであるとさえ思っていたことだろう。

 その誇りを、自らの与り知らぬ場所で、都合の良い駒としか思っていなかった相手に踏み躙られたとしたら、どうだろう。

 狂信者。ああ、そう、あの人は狂っている。


 それはもう怒り狂い、当たり散らした。

 諫めようにも、皆が皆、お爺様が怖くて近寄れない。意見するなど以ての外だ、そう刷り込まれている。

 その時の様は屋敷の中に嵐を丸ごと抱え込むも同然だ。物は割れ、子供は泣き、皆が暗い顔で一刻も早く過ぎ去るのを必死に祈る。

 人生で、あの時ほど神を乞うたことはなかった。


「それからのことは、口に出すのも恐ろしい。思い出すだけで、足が震える」


 ある日を境に、屋敷から父とお爺様が姿を消した。

 表向きは王国に戦後処理の話し合いをするために出向いたと執事から聞いていたが、あくまでも建前。

 相手も隠す気なんてなかっただろう。そういう、痛々しい顔だった。


「とにかく、耳を塞ぐしかなかった。部屋にこもって、毛布にくるまって、目を瞑って。必死に外界の全てを遮断したけど、それでも悲鳴は聞こえ続けた」


 誰が、何をしているのかは、明白だろう。

 三日後、父は父ではなくなった。

 ひどく、変わり果てた。


 もう一度言おう。一見すれば、あの人は普通だ。

 だけど一緒に暮らせばわかる。


「あの人にはもう、中身が無い」


 全ての感情を落としてしまった、抜け殻のような存在。

 今はもう、型に嵌まった会話しかできない。

 微かに残った記憶が、機械的に常識的行動を選び続けるだけの


「ジョーはさ、私の父と一度でも他愛ない会話をしたことがあるかい?」

「………………」


 沈黙は肯定で、きっとそんなものはない。

 息子である私ですら、そうなのだから。


「父はもう自ら考えることもなく、誰の言葉に対しても唯々諾々と従う、ただそれだけの存在だ。……あれを人と呼ぶのはあまりにも傲慢だろう。生命として家畜にすら劣る……!」


 苛立たしい、憤懣遣る方無いとはこのことだ。

 あれを父だと認めることが、どれだけ辛いか。


「父は……私の父は……! 私にとって!! 強くて!!! 優しくて!!!! 大きな男だったのに!!!!!」


 そんな父はもういないのに。

 だから──


「だから私は、君が心底恨めしい」

「………………」


 その沈痛な面持ちすら妬ましい、同情できる立場にいることが憎たらしい。

 君も私も、一歩違えば同じような環境にいたはずなのに、何が違った、どこで間違えた。


 私の父に何の落ち度があったと言うのか。

 民を救うためのあの決断が、どれほどの苦悩と勇気を必要としたか、神はどうしてわかってくれない。

 どうして誰もあの人を助けてくれなかった。

 苦痛こそが信仰の証であったならば、私の父ほど救われてしかるべき人間など存在しないというのに。


「……お爺様の復讐はまもなく完遂する。失うものがない人間は怖いね、後のことなんて何一つ考えちゃいないんだ。ナイトレイの領民は何も知らない、自分たちの領主が王国を裏切っているなんて思ってもみないだろう。ただでさえ、君たちのおかげでようやく関係が改善されてきたばかりなのに」


 このクーデターが終わって、その先どうなるかなんて誰にも分らない。

 私たちは殺されるだろうが、いきなり領主を失い反逆者のレッテルを貼られた彼らがどうなるか。


「全ては、父の願いとは真逆の方向に進んでいる。最低だ、こんなシナリオ」


 私は、お爺様が嫌いで、霊国が嫌いで、王国が嫌いで、戦争が嫌いだ。

 そして、あの父の子に生まれながらその尊き願いを受け継ぐことすらせずに、お爺様に怯え、服従し、ここで死のうとしている自分が一番嫌いだ。




 ***




 言うべきことは言ったと、ロイドは語りを終えた。


「話は以上だ、理解できたかな」

「できることなら理解したくなかったけどな。…………で、俺たちをどうするつもりだ?」


 ジョーは不快感を隠さずに言う。


「王子は宰相の所に連れて行く。君は……まあ、抵抗しないなら殺さないよ、命の保証はしないけどね」

「ご苦労かつお優しいこったな。見逃していいのかよ」

「これも誼みだ、別にいいよ」

「やる気ねぇな、他のお仲間は怒ったりしねぇのか?」


 ジョーたちを囲むのはロイドを含め九人。

 霊国にはアブソルート家に恨みを持つ者も多いだろうと。


「ここにいるのは全て私の部下だよ、幼い頃からずっと一緒のね」

「そうかよ」

「他に聞きたいことは?」


 どうせこれでお別れだと、ロイドは付け加えた。

 ジョーはしばし考えた後、問う。


「…………ジェシカとティシアは、この計画のことは知ってるのか……?」

「さぁね」


 返答は答えになっていなかった。


「さぁ……って、兄妹だろ」

「我が家に常識が通じる訳ないだろう?」

「……くそっ」

「実際知らないんだよ。お爺様は臥薪嘗胆を地で行く人だからね。兄妹で楽しく会話しているだけでぶつんだぜ?『お前たちはあの屈辱を忘れたのか!?』なんて怒鳴りながら。少し笑っただけで懲罰房行さ。……そんなだから屋敷ではお互い不干渉、外でもジョーがいないと会話なんてしない」

「……今までの全部演技かよ」

「まあ、騙していたことは謝るよ。ただ……慰めになるかは知らいないけれど、二人は普段は別館で暮らしているよ、ってことは伝えておこう」

「……………」

「終わりかな」

「言いたいことはたくさんあるが……聞きたいことはもうねぇよ」


 ジョーは吐き捨てるように言った。

 ロイドがどういう人間であったのかは、理解した。

 六年間を共にして見通せなかったのは不甲斐ないが、無駄にポーカーフェイスが多いあちらの方が悪いということで結論付ける。


「では王子は連れて行くよ。君はここで待っていると良い、運が良ければ助けが来るさ」

「ちっ」

「下手なことは考えないでくれよ、ジョーを殺したいわけではない」

「俺は今すぐお前をぶん殴りたいけどな……」

「無理だよ、それは」


 八方面から突きつけられた槍は少しでも不審な動きを見せればすぐさまに二人を貫くだろう。

 ジョーだけならまだしも、王太子を守りながらでは脱出は不可能だ。

 そもそも、扉の開閉の方法すらまだ理解していない。


「何かあればこちらは君の想像以上に軽率に君達二人を殺す、動くなよ」

「動かねぇよ。うっとうしい」


 ジョーは、動かない。

 動けるような力量もない。ウィリアムやハンスであったとしても、厳しいだろう。


 だがまあ、動く必要だって、ない。


「ロイド様! こいつは王太子ではありません!」


 ようやく気づいたのか、焦った様子で一人が声を上げた。

 ジョーの後ろに立つ、金髪の小柄な少年。顔を伏せ、声を出さずに存在感を薄れさせていたのは少しでも時間を稼ぐためだ。


「あれれーおっかしいなーひとり足りないぞー?」


 とぼけたような声に、ロイドは混乱する。

 確かに最初は三人いた、だがジョーと王子に集中するあまりどこかで見落としていた。

 しかしそれでも、暗がりであっても王子のその金髪と絢爛な服を見間違うはずが──


「なっ……えっ……?」

「あ? もうバレたん? かつら脱いでええ?」

「おけおけ」


 少年が自らの金髪を掴み引っ張ると、それはするりとずれ落ちた。

 黒髪黒目、その容姿は王族とは程遠い。

 彼こそは、王太子の指南役兼相談役兼護衛兼「影武者」リキッド・オブライエンである。


「いやなんか倉庫見て回っとたらこすぷれゾーンがあってなぁ……なんのために置いてあったんやろあれ、余興用か? まあとりあえず着替えて入れ替わってん、ほんまに気づかれんとはのぉ、阿保ちゃう?」


 存在感の増減や視線誘導など、いろいろ工夫はしたがの、と楽しそうに、小馬鹿にしたように笑う。


「ッ…………! ガルド、ラック、バーンズ! 王子を追え、まだ遠くには行っていないはずだ!」


 ロイドの指示を受けて三人が急いで部屋を出る。

 残りの五人は依然として油断せずに槍を構えている。この状況でもまだ、現役騎士と元暗殺者といえども無手では辛く、初期位置が悪すぎる。


「悪あがきだ。所詮は温室育ちのお坊ちゃんが一人で逃げ切れるはずがない!」

「「それは否定しない」」

「……………」


 うん。


「っ!?」


 そして、ロイドがまさかの回答に逆にいたたまれなくなったその瞬間。

 三つの慌ただしい足音が、消えた。

 遠のいた、ではなく突如として消えた。


「ロイド」

「なんだ! 何をした!?」

「いや、俺は何もしちゃいない」

「嘘をつくな!」

「本当だよ」


 事実、ジョーは何もしていない。

 王太子の避難だけは指示したものの、それだってその後の展開は王太子次第。

 力も知恵も、未だ及ばない。

 この場においてジョーとリキッドは無力、その事実はなおも動かず。


 だからこれは、ただの勘であり、信頼である。

 思惑はどうあれ鍛錬に励み始めた王太子と──


「ロイド、俺はお前が嫌いだから、こんなことを言ってしまうのだが……」

「………………」


 怪訝な顔をする相手に対し、見下すように笑う。


「お前の家族と違ってな、俺の家族はちょっとすごいぞ?」

「なにを──!?」


 怒りを露わにしてジョーに掴みかかろうとした時に、ズズズと低い音が室内に響いた。


・そろそろ『HiGH & LOW ORIGINAL BEST ALBUM』収録、ACE OF SPADES feat.登坂広臣「SIN」とかが流れ始める(流れない)。

・RUN THIS TOWNでも可(不可)

・ドッドパッ ドッドッドッパッ ドッドパッ ドッドッドッパッ

・そろそろ主人公側のターンも始まるよ。


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