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どん詰まり 1

・シリアス君「命捨てがまるは今ぞ」

 幾度も言っているように、敵の絶対数は多くない。

 ロイドとの合流地点である大広間からスタートし、分かれ道を多用して逃走すれば追手を撒くことはそれなりに容易であった。

 しかして四人が逃げ込んだ先は、いわゆる物置のような場所。

 王城ならではとでも言うべきか、かなりの広さ。

 灯りはなく、雑多に並べ積まれた多種多様の何に使うのかよくわからない用具の間を縫いながら、慎重に奥へと向かう。


「そろそろ状況を説明してくれても良いんじゃないか」


 少し苛立った声でジョーが言う。

 訳も分からぬまま逃走を強いられたストレスと、もったいぶる相手への不満、そしてロイドへの生理的嫌悪が合わさって機嫌が悪い。


「そうだね……まあ、一言で言えば宰相がクーデターを起こしたといったところかな」

『なっ……!?』


 三人は絶句する。

 しかし、ロイドは表情を変えずに続ける。


「残念だけどこれは事実だ。文官の最高位の離反、これはさしもの陛下も予測できるものではなかったらしい。あっけなく城は宰相の手の内だ」

「……敵の数と、動機は?」

「実際はクーデターと言えるほど数は多くないが、今の私たちよりは多い。宰相は以前から各部署に自らの手勢を送り込んでいて今日……いや昨日か、同時多発的にその機能を破壊した。情報部もその一部、私は命からがら逃げだしたが全員の行方は把握していない。それと軍は人質を盾にされ動けず、近衛は城を追い出された。……宰相の動機は不明、なにせ私だって現状を理解しているとは言い難い」


 なにがなにやらと、ロイドは自嘲気に肩をすくめた。


「王族を弑したところで国民がついて行く訳がない」

「だろうね。陛下はみんなに大人気、怒った民衆に殺されて終わりだ」

「人質になっているのは?」

「判明しているのは王妃様に大公、近衛兵長、高位貴族が数名に文官連中が沢山、城に勤めていた他の人間は逃げ出してもう城内にはいない」

「場所」

「さぁ、どこだろうね」

「使えねぇ……」

「……鏡、見るかい」

「暗くて見えねぇよ」

「そうかい」


 その後もジョーとロイドが話し合っている間、リキッドは用心深く周囲を見渡し、王太子は荒れた呼吸を落ち着けるのに注力していた。

 やがてまともに話せるようになったところで、恐る恐るロイドに問う。


「その、ロイドとやら、父上はここにいるのか……?」

「……ええ、この部屋は物置ですが奥にもう一つ、準宝物庫のような部屋がありましてね。本来王族の方には相応しくない場所ですが事態が事態なので、そこに」


 ロイドが優しい声音で言うと、ようやく王太子は安堵したような表情を見せた。


「そうか……そうか……」

「と言ってもな、ここも見つかるのも時間の問題じゃないか?」

「奥の部屋は頑強だよ、鍵もなく外から開けるには大砲でも持ってこない限り短時間では不可能だ。当分は問題ない。……まあ、解決策にはなっていないがね」

「まずは宰相の目的がわからないとどうにもなんねぇな……」


 ジョーは頭をひねるが、どうにも思いつかない。

 直接の面識はほとんどないが、あの男は有名だ(宰相なんだから当然だが)。

 十年で小姓から宰相にまで成り上がった、現王の掲げた完全実力主義を象徴する存在。

 忠誠心に溢れ、知恵と決断力に富み、文官でありながら何事にも動じない強靭な胆力を持つ稀代の名臣。

 それがジョエル・シルバという男への国民の評価だ。


「それはおいおい分かるとしても、これ以上後手に回るのは避けたいね。ただでさえ戦時中なんだ、余裕がない」

「……弟妹たちはどうしてるかね」

「少なくとも君の家は心配ないだろう?」

「……それもそうか」

「……っと、着いたぞ」


 ロイドの歩みが止まる。

 目の前には、壁。行き止まり。一見、何の変哲もない。

 ジョーも王太子もこの場所には初めて来たが、特に疑念は抱かない。

 偽装工作など、この城にはいくらでもある。

 ロイドが場所を選んで壁を五回叩くと、少しの間があって隠されていた扉が開かれた。

 中も光源は蝋燭一つで、ひどく薄暗い。


「陛下は奥だ、入ってくれ」

「暗くないか?」

「換気口の掃除が行き届いてなくてね、仕方がない」


 ジョーが室内へと踏み込む。一歩、二歩、三歩。

 その後を王太子が続く。

 部屋の中央に辿り着いた辺りで、扉が閉まる音がした。誰かが閂をかける。




 異変にはすぐ気が付いた


「あー……粛清されるような真似をした覚えはないんだが?」


 四方八方から突きつけられた槍。

 喉元のそれは、鈍い光を放っている。

 ジョーは両手を上げた状態で、それをつまらなそうに見た。


「そうだろうね。だって、粛清されるようなことをしているのは私たちの方なんだから」


 冷めた声、冷めた瞳で、ロイドは答える。

 そこにいつもの軽薄さはなかった。


「……やっぱお前嫌いだ」

「……驚かないんだね」

「お前といると絶対にロクなことにならない。六年間で学んだことがそれだ。今日こそはと、信じた俺が馬鹿だった」

「それは……期待に沿えず申し訳ないな。……私を信じる余地があったことも驚きだが」


 ロイドは驚き、微かに困惑しながら言った。


「……ヒントぐらいくれるだろ?」


 ジョーは驚かない。驚かないが、理解しているわけでもない。

 なぜ、目の前の男が王国を裏切ったのか。

 それとも──


「……ジョーは情報部の同期、全員の故郷を知っているかい?」

「……全員は知らねぇ」

「リュート、レイン、カーク、ジャック。たぶん知らないのはこの四人かな?」

「……ああ」

「まあ、知らなくて当然だろうね。聞いても教えてくれないし、なにより──」


 ロイドは言いながら、顔を伏せた。

 しばしの間。そして向き直る。ぎこちなく釣り上げた口元で、震える声で。

 今にも泣きそうな表情で。


 ──彼らの故郷は、もう無いんだから。


 そう、告げた。


「彼らと宰相は同郷だ。貴族主義は悪い面も多いけれど、身元が保証されるという点は数少ない長所だね」


「……ジョーなら、もう分かるだろう。ナイトレイがどういう家か。宰相が、どこの出身か。……これは王国に滅ぼされた霊国の残党による長い、長い復讐劇」


「動機? 目的? そんなのは簡単だ。私怨と怨恨、王国の惨たらしい絶命。失うものはとうに無く、そこに妥協も譲歩も一切存在しない。殺す、滅ぼす、その後のことなんてどうだっていい。それだけが生きる目的だからだ」


「殺されたって構わない。だがその前に王族は殺す、全員殺す。殺されなくたって殺す。今やっているのはその死と絶望のクオリティをどれだけ上げるか、どれだけ鮮やかに王国を滅ぼすかの最終調整だ。知っているかジョー、君の家が今どうなっているか。知らないだろうな……陽平関は落ちた、落ちたんだよ。アブソルートは今単独で帝国軍四万の相手をしている」


「だが援軍は来ない。王都の軍は動かない、動けない。そして王は死に、宰相はそれを大いに喧伝するだろう。国中が混乱の渦だ。西方軍は主導権争いで自滅する。アブソルートはやがて数に擂り潰され、帝国軍はここまで押し寄せる」


「それが、王国の死ぬ日だ」

・ロイド君の過去編とか要りますかね。

・さっさと話を進めた方が良い気もする。

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