落ちて、落ちて、落ちていく。
・軍事知識がコーエイの「三国志」「のぶやぼ」とか「横光三国志」「蒼天航路」ぐらいしかないので当方には軍事警察の方々に対し歓待の準備があります。
東部方面軍指揮官の立場にいながら無能の烙印を捺され屋敷にて缶詰め状態。
それがこのワシ、アレクサンダー・アブソルート侯爵その人である。
戦場に出れば味方の足を引っ張ることに定評があります。ある意味で国士無双なんじゃないかと思う今日この頃。
具体的には馬にも乗れません。
輿か戦車か馬車を所望したい系おじさん。
でも弓はちょっとだけ得意。東方一の弓取りとは麻呂のことでおじゃる。
たぶん。
きっと。
だったらいいな。
ごめん嘘ついた。もう二十年ぐらい弓触ってない。
いやでも学生時代の成績は良かったんだよ、これは本当。
──じゃなくて。
ワシは今寝起きです。気持ちよくレムレムしていたら番兵さんに叩き起こされました。
もしかしたら、戦争中に何を暢気なと思われるかもしれないが、少し待って欲しい。
だってワシは先日陽平関に出立したマブダチのモルドリエ伯爵に「果報は寝て待て!(意訳:絶対に出てくんなよ)」と豪快に言われたので、非才の身ながら己が使命任を遂行せんと暖かいベッドに入って「( ˘ω˘)スヤァ」ってしていただけなのだから。
ワシ悪くない。
ちなみに現在の時刻は午前二時。天体観測にはちょうど良い時間。見えないものが見えるかもしれないね。そんな暇はないけれど。
どうやらハンスが来たらしい、なんでも急用だとか。
軽く着替えて執務室へ行って、眠気覚ましにコーヒーを飲みながら待つ。
二分後に真夜中の静寂を切り裂く荒い足取りでハンスがやって来た。
そして、顔を洗いコーヒー飲んでなお寝ぼけまなこだったワシは、登場したハンスの姿を見て一瞬で覚醒することになる。
騎士団長の純白の鎧は、血で赤く染まっていた。
そして、モルドリエ伯爵からの果報が届くことはついぞ、なかった。
***
「陽平関が……落ちた……?」
真夜中の強行軍で汗にまみれ息を切らしながら屋敷に駆け込んだハンスが持ち込んだのは、寝起きの眠気を吹き飛ばす、陽平関陥落の報せだった。
戦闘開始からはまだ三日も経っていなかった。
陽平関は大陸でも屈指の天然の要害で、指揮を執っていたのは堅実な戦いを得意とするベテランたちが中心だったのに。
ありえない。そういう言葉が浮かんでは消えていく。
普通なら偽報を疑うところかもしれないけれど、万が一にもハンスがそのような罠に嵌ることの方が余程ありえない。
それに、後方待機していたはずのハンスの血と泥に汚れた鎧が、非情な現実をこれでもかと物語っている。
「な、な、なんで!? だってそんな……伯爵は……! マルセロは!?」
「詳細はまだわかりません。ですが、陽平関には既に帝国の旗が掲げられています。俺が、この眼で確認しました」
みっともなく慌てるワシにハンスは冷静に返す。
陽平関は落ちた。帝国に占領された。事実が、心に重い。
「王国軍は陽平関を捨て撤退。帝国の追撃は俺が叩き潰しましたが、その時点ではもう潰走状態でした。再集結できた兵は半数にも満ちません。途中、マルセロやフィニ男爵は負傷していましたが回収できています。……モルドリエ伯爵の生死は、依然として不明です」
「そん──……そうか……」
無事。というのは、あまりに希望的すぎるだろう。
ハンスの報告が続く。
「マルセロの話によると陽平関の守りになんら不備はありませんでした。帝国側にも、新しい攻城兵器などがあった訳でもない。戦闘は想定の範囲内に収まっていた」
「じゃあどうして──」
王国軍は、負けたのか。
「帝国軍が夜襲を仕掛けました。それ自体は王国軍も予想していて迅速に対処できましたが……城内いずれかの部隊が闇に乗じて城門の兵を殺害し門を開け放ち、敵を内に招き入れた、とのことです」
「……それは、誰かが裏切った、ってこと?」
「そうなります」
ハンスは静かにそう言った。味方に裏切り者がいたと。
心が深く、仄暗い底へと沈む。ひどく暗澹たる気分だ。
寝起きにこんなのってないよ。
ひどいや。みんな友達だと思っていたのに。
そう思っていたのはワシだけだったのか。とんだピエロだよ。
みんな裏でワシを嘲笑っていたのね。
「閣下」
──じゃなくて。
本当にそんなことを考えている暇ではない。
犯人はいずれわかる。まずはこの危機的状況をどう脱するか。
陽平関付近の領民の避難は済んでいるけれど、これ以上攻め込まれる訳にはいかない。
「……うん、大丈夫」
「続けます。帝国は現在軍を二つに分け再編中。目標はこの街と、剣閣です。敵は四万、我らは総勢で一万に届かない。早急に対策を立てる必要があります」
剣閣は王都に繋がる道に建つ要衝で、陽平関と同じく難攻不落。
……そこ、陽平関落ちたじゃんとか言わない。
防備に当たっているのはおよそ二千の兵。ここが奪われたとなると、王都は刃を喉に突きつけられたも同然だ。
「……どうすればいい?」
案の一つも浮かばない自分の脳が恨めしい。
だけどワシの無い頭をこねくり回したって解決策など浮かぶはずもなく、時間を浪費するぐらいなら信頼できるベテランに丸投げした方が良いに決まっている。
必要なのは、決断と責任。
「正直に言って名案はありません。兵の数が足りない上に俺の団を除けば練度でも負けている。とにかく王都からの援軍が到着するまで粘るしかない。剣閣にはルドルフとゾズマに兵四千を付けて送りましょう、あの二人がいれば剣閣はそう簡単に落ちない。もう片方の相手は俺が。この街の防衛能力は低いので打って出ます。幸い俺の騎馬隊はほぼ無傷、一撃離脱を繰り返しながら敵軍を撹乱し、時間を稼ぎます」
「……わかった、それでいこう」
現在の兵力は一万弱、陽平関の兵は東部貴族の連合軍だからごちゃ混ぜの状態でちゃんと統制できるかは怪しいけれど、ハンスとルドルフは王国全土でもかなりの実力者として有名だから大丈夫かな?
ここも落ちたら次に攻められるのは自分たちの故郷なわけだし。
まあ、二人の手腕を信じるしかない。
「それと……これだけは避けたかったのですが……閣下の護衛はお嬢様を中心にお任せしたいと思います……」
悔し気に、ひどく苦々しい表情で歯切れ悪くそう言った。
まあ、うん。本来なら警護対象だもんね。うん、わかるよ。
でも戦力としてサクラを数えないほどの余裕があるかと問われれば皆無と断言できる。
どれだけ強くてもさすがに戦場には出せないから、適任だろう。
父親として非常に情けないけどね! 泣きたい。
「構わないよ。ハンスが気にする必要もない、これはワシの失態だもの」
総指揮官として、責任は全てワシにあるよ。
「……我が身の無能をお許しください。有事の際は南へお逃げください。……くれぐれも、優先順位を履き違えることの無きように……」
「大丈夫、自分の立場は理解してるもん」
真剣な表情と言葉に笑って答える。
それは、もちろん。理解しているとも。
あまり無駄に議論している時間がある訳でもないし。うん。
***
夜番の衛兵に少し前に呼んでもらっておいたルドルフが到着したのはそのすぐ後だった。
「お待たせいたしました、旦那様」
部屋に入ってきたルドルフはいつもの優雅な姿と違い、少し急いでいる様子で、常時完璧なマナーは違反ギリギリまで落ちて危なっかしい。
「すまないね、ルドルフ、起こしてしまって」
「いえ、問題ありません。起きておりましたから」
「それは良かった。それで、急で悪いんだけれど緊──「旦那様」
言葉を続けようとしたところで、ルドルフがそれを遮った。
あの完璧執事が。
「状況は大方理解しております。時間の余裕がないことも。ですが、それでも先にご報告したいことがあります」
そう言ってルドルフは沈痛な面持ちで懐から一枚の紙を取り出す。
自分の表情が強張るのを感じた。とても嫌な予感がする。
冷や汗が止まらないし、続きを聞くのが恐ろしい。
重い空気と緊張感が部屋全体に張り詰める。
おそらくたぶんきっとだけどこの報告は悪いニュースだと思う。
十中八九。ワシは詳しいんだ。よくある、よくある。
問題はその悪いがどの程度であるのかだけど──
「王都からの急使です、要約してお伝えします」
──だいたいこういうときって、考え得る限り最悪が来るよね。
この予感、当たらないと良いんだけど。
「王都でクーデターが発生。国王陛下並びに妃様は捕らえられ、王城は反逆者の手によって陥落。援軍は、来ません」
「…………………………」
ど
う
し
て
そ
う
い
う
こ
と
す
る
の
?
・実際貴族の混成軍とか敗残兵の再編とかどんな感じなんでしょうかね。
・書けないので省きますが。
・多少なら間違っても「三国志演義とか急に夷陵で蜀の兵力七十五万とか言い出すし大丈夫やろ」の精神。