お兄ちゃんのピンチ
・お兄ちゃん回。
・そろそろ規模がデカめに動く気がします。
・地図とか書けないんですけど位置関係的には、三国志で言うと王都が成都、アブソルートが漢中で帝国が長安で間に陽平関。天水辺りにリットンとナイトレイ。に似てます。似てるだけです。上庸辺りは海で東にシマヅ。完全にイメージ。地理の偏差値は52でした。
騎士寮で休んでいたら上司に手紙で呼び出された。
職場までは徒歩で二十分ほど、大した距離ではないが冬の夜の寒さでは中々億劫で、できる限りの防寒対策をすることにした。
母から誕生日に貰った手袋、婚約者から聖夜に贈られたマフラー、妹による初めての裁縫の試作品であるニット帽に、成人祝いに父がくれたコート。
統一性の欠片もないデザインの防寒具一式に体を埋めながら、ぬくぬくと街を歩く。
なんというか少し、楽しい。
これなら冬も悪くないと思ったりもする。
そのまま歩きながら徒然なるままによしなし事について考えていると、ふと。
思えば生まれてこの方二十一年間、恵まれていた。
そういえば終ぞ反抗期は来なかったなと、そんなことを考えたり。
職場の同僚たちの話を聞いていると、親と仲が悪いとか、兄弟が煩わしいとか、恋人と上手くいっていない、なんて話題がそれなりに上がる。
どうやら大半の人間は程度の差はあれ反抗期を経験しているらしいが、俺にはなかった。
そもそもの話、あのほんわかした両親のどこに反抗すれば良いのかという謎が存在するのだが、やはり一番の理由は「そんなことをしている余裕がなかった」であろうか。
俺にとっても、父上にとっても。
いわゆる思春期と、アブソルート家が最も忙しかった時期は重なっていた。
我儘なガキが一人、癇癪を起したところで誰にも構ってもらえない。
父も母も、執事も侍女も、構えるだけの時間がない。
寂しかったような、そうでないような。
自分で言うのもなんだが物分かりは良かったと思う。
貴族の嫡男としての自覚もあって、寂寥感より使命感や責任感の方が強かった。
同じく若干放置気味だった弟妹の世話の一部も俺が担っていたので、少なくとも独りという感覚はなかったように思う。
そのことに、「お兄ちゃん」であることに全く思うところがなかった訳ではないが、毒にも薬にもなるその立場は俺にとってはどちらかと言えば薬であったらしい。
つまりは「甘えたい」よりも「頼られたい」性格だったということだ。
特に三男坊のピーターは小さい頃は頻繁に生死の境を彷徨っていたのであいつの周りは常に慌ただしく、余計なことを考えている暇なんてなく駆け回っていた。
それに、いつぞや俺が両腕を骨折する大怪我を負った時は、多忙なはずの屋敷の全員が手を止めて心配してくれたので、いわゆる愛されている感覚というのは十分にあった。
あの時の父上や母上の顔面蒼白っぷりは不謹慎ながらひどくおかしかった。
本当に、それだけあれば十分で。
不安とか、そういうのは一切なくなった。
初めて父上から仕事を命じられた時なんて、役に立てるのが嬉しく(と言っても実質職場見学のようなものだったが)、前日の夜に馬鹿みたいに舞い上がってその結果当日の朝に寝坊しそうになったのは今でもはっきりと覚えている。
朝の早い妹に起こされたのは一生の不覚だ、頼れる兄を演出してきたのに妹の前であの慌て様、かなり死にたくなった。
うん。
思えばその頃から何かがおかしかったサクラに対して、構い方が足りなかったかなというのはひとつ、後悔の種ではある。
もうちょっと外にも連れまわせば良かったか。女子は家で刺繍や読書でもするもの、なんていう固定概念が拙かったのだろう。見事逆に行かれたのは、予想外だった。
もしかするとあれはある意味サクラなりの早めの反抗期と言えるかもしれない。
屋敷にルドルフやハンスが戻ってきたあたりから父上の忙しさも若干緩和され、多少なりの余裕ができ、ウィリアムやピーターも反抗期は迎えなかったが、やはり少しタイミングが遅かったのだろう。
ニンジャごっこは寂しさへの反抗、凄く穿った見方をすれば構ってくれない親への当てつけのようにも見えたらしく父上は凹んでいた。
どんまいって感じだ。
今が楽しそうだから、結果オーライではあるのだけれど。
……いやそうでもないか?
もとい。やがて俺は十五になって貴族の慣例通りに王都の学園に入学すると同時に、なんと婚約者ができた。タイミングとしては遅いぐらいだったかもしれないが。
二つ下の元・霊国貴族の伯爵令嬢。
笑えるほどにあからさまな政略結婚で、俺の意思なんてこれっぽっちも関係なかったけど、まあ、どうということもなく。
以前から想像していたことが現実になっただけで、貴族としては当たり前の常識。
他に思った事と言えば、父上もちゃんと貴族なんだなと、逆に安心してしまった。
それぐらい。
アブソルートは霊国との戦争では割と矢面に立っていて、ナイトレイとは直接戦ってはいなかったのだけども仲が良いはずもなく、またその頃のナイトレイは王国の傘下に入ってばかりのどうしたって微妙な立ち位置で、ジェシカと初めて会った日は大人の事情ありきな関係に非常に気まずい雰囲気だった。
が、すぐに慣れた。
ジェシカの最初の印象としては箱入りお嬢様だったが、実際は家格の差も年齢差をものともしない物怖じしない性格で良かった。何気に我が強い。
友好のための婚約なので、下手に出られても困るからな。
どちらかというと物静かではあるのだが、言いたいことははっきりと言うタイプで変に遠慮が要らないし、それゆえ沈黙が苦でもない。
こんなことを言うのもなんだが、非常に良い相手に巡り合えたと思っている。
なんだかいつの間にか主導権を握られている気がするがおそらくは気のせいだ。
ジェシカと一緒に学園に通えたのは一年だけだが、まあ学園生活はそこそこ楽しかった。
父上は馬鹿みたいに友人が多いが誰とでも仲良くなれる訳でもなく、相応に対立している貴族の子弟もいたが、その、なんだ。
成績でぶっちぎってやると嫌味が負け惜しみにしか聞こえないから気分が良い。
友人もできたし、人脈も広がった。業腹だがライバルとしてロイドがいたので張り合いもあった。
あの九股野郎が義兄になると思うと薄ら寒く、風評被害について本気で検討したくなるが能力自体は優秀だ。
友人にはなりたくないが、その点は認めている。
決して友人にはなりたくないが。
だって三日に一度は後ろから刺されかけるような男だから多くの恨みを買っており、同じ班だった俺が巻き添えで何回死にそうになったことか。
死ね。
卒業後、どうしようかと迷っている時期に騎士団の情報部からスカウトされた。
いわゆるところのエリートコース。俺は後継ぎなのでいずれ家に戻ることにはなるが良い経験になるだろうと勧められて承諾した。ら、ここにもロイドがいた。
死ねって思った。
ハニトラで俺より成果を上げるくせに頻繁に刺されて入院し、そのツケとして俺に仕事が廻ってくるので益々死ねと思った。
だがまあ、仕事にやりがいはあるし優秀な人材が集まっているので身の引き締まる思いで、かなり成長できたと自分でも感じる。
現王が完全実力主義を掲げてからというもの、平民出身者とも仲良くなる機会が多々あり、彼らの話は新鮮で良い刺激にもなる。
そうして三年勤めれば部下もでき、任される仕事も増えた。
責任は重くなるが、国を、家族を守ることに直結する仕事だ。
否が応でも気合が入る。
とまあ、反抗期を迎える要素がまるでない人生。
親にも縁にも環境にも恵まれたと自信を持って言える。
だが唯一、強いて言えば妹の方が俺より優秀という事実だけはまだ呑み込めていない。いや、理解はしているが納得はしていない。する気もない。
兄より優れた妹など存在しない。頼れる兄という地位から陥落する訳にはいかないのだ。
すでにしている可能性もあるのだけれど。
そのためにもとにかく、あの妹が苦労しないように帝国関連の仕事を片付けなければならない。
戦争になんかさせないと前にサクラに言ってしまったが、先だっての連合からの宣戦布告といい、正直に言って帝国との戦争は避けられないように思う。
今俺たちにできることは規模と期間をどれだけ縮小させられるか。
舞台を国境付近の砦一つで抑えて、帝国には早々に諦めてもらえれば嬉しいのだが。
「忙しくなるな……」
ほっと呟くと、白い息が月夜の空に消えて行った。
王太子殿下のあれ以来、家に帰れていない。
ジェシカにも会えていない。
正念場なのは理解している、仕方ないとは思うけれど、戦争前に一度、会っておきたいものだ。
「っと……着いたか」
王国騎士団情報局。
宮廷に近い場所、隠されているわけではないが警備は宮廷に次いで厳重だ。
既に日が暮れてから数時間が経過している。
薄暗く、巡回する警備員以外には人の気は多くない。
とはいえ、この時期にしては些か少ないようだ。寒いからみんな帰ったのだろうか、羨ましい。
手続きを経て中に入り、上司の待つ部屋へ。
地下なのでさらに光の無い場所へ。
「ジョー・アブソルート、到着しまし──」
複雑な鍵を開けて部屋に入ると、真っ暗だった。
元より窓などない部屋だが、灯りの一つもついていない。完全な闇。
普段ならばまだ人が残って仕事をしているはずだが、帰ったか。
なによりあの上司、自分が呼び出しておきながら不在。
「あのじじい……ついにボケたか」
すっぽかされた。
たかだか寮まで二十分の距離とはいえ無駄足はいただけない。
少し待ってみるかと、部屋に入り慣れた手つき灯りを点ける。
「────」
するとそこに現れたのは、ひどく荒らされた部屋と、散らばった書類そして、血痕。
愕然とした。声を出そうにも、乾いた喉からは嗚咽しか漏れない。
襲撃された。その道の専門であるはずの情報部が。
警備は何をしていた。誰も気づいていないのか。
侵入された──いや誰かが手引きでもしたのでなければ有り得ない。
(モグラか……)
少なくとも手続きをした男とすれ違った警備員は見知った顔だった。
襲撃がバレないなんてことがあり得るのか。
「どうしてこん──!?」
瞬間、背後で大きな音がして部屋の扉が閉じられた。何者かに、閉じ込められた。
「なっ! 誰だ!?」
考えるよりも先に扉を蹴破ろうとするが、外から押さえられているらしく、軋みはすれど動かない。
そして、どこからか、シュー、っと空気の流れる音がする。
ああ、これは知っている。屋敷にもあった、ガスだ、攻撃だ。
毒か睡眠か知らないが、追い詰められた。
「嘘だろおい……拙くないかこれは……」
自分のことじゃない。国がだ。
ここは、宮廷の次に襲われてはいけない場所。
下手をすれば、戦争に負ける。
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帝国動くの急報がアブソルートに届いたのは、ジョーが追い詰められた瞬間とほぼ同時。
その時、サクラ・アブソルートは──
部屋に引き篭もってうさぎのぬいぐるみを殴っていた。
・FGO新章とPQ最新作、燃えますね。
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