とてもうざい
・サブタイトル通りです。
・許して。
・世界観的に文明レベルに見合わない発明などが出てきますし、過去に出てきましたが。
・僕のダヴィンチ(ノーベル他)は100年早く生まれたんだよ、ということで押し切ります。
義姉上とティシアはナイトレイの護衛に預けてすぐに下がらせた。
ハジメには部隊の招集を命じ、多少ぐずられたが命令ということで押し通した。
店には店内に凶悪犯がいることを伝え、恐慌を避けるために少しずつゆっくりと店内のお客たちを避難させている。
至福の一時を妨害してしまい申し訳なく思うが、よく考えなくても私は悪くないので気にしないことにした。
さて、この対応が正しかったかはわからない。
多少の被害を覚悟で一気に捕獲すれば良かったのかもしれない。
ただ、やはり領民が傷つく光景を目の前で見たくない私の我儘で、今こうして、私はクソ野郎と向かい合っている。
「それで……貴様、なぜここにいる?」
そう問うと、鼻で笑われた。
むかつく。
「愚問だなアブソルート。そこに美味い菓子があったからだ」
「それはわかる」
それはわかる。
「──じゃなくて!」
「わめくなよ、他のお客様のご迷惑になるだろう」
「貴様の存在がそもそもの害悪だろうがっ!?」
「それは違うな、お客様は神様という言葉を知らないのか?」
「それは店側の台詞だ!」
貴様のような神がいるか!
「そもそも私が聞いているのはそういう話ではない! 貴様はここをどこだと思っているのだ!?」
「街外れの隠れたお菓子の名店……という答えは些かしつこいか。そうだな、ここはアブソルートのお膝元、俺は飛んで火にいる夏の虫、そう言えば満足か?」
「それを分かっていてなぜ……!」
「……木を隠すには森の中、人を隠すには人の中。という言葉があるが俺は反対でな、何かを隠すときに重要なのは『探し難さ』よりも『探されないこと』だと考えている。つまり『そんなところにいる訳ない』と思わせることだ。本気で木を隠したいなら海底にでも沈めるべきだろう? 逃亡生活は普通精神を削るからな。だが最近は気楽だったぞ。灯台下暗しとはよく言ったものでな、騎士団も、お前たちも、見当違いな場所を必死で探しているのは見ていて滑稽だった」
「…………」
「まあしかし、今回のような偶発的遭遇の可能性は高くなるのだがな。ままならぬものだ。運が良かったなアブソルート、俺はここにいたぞ?」
一々、癇に障る言葉を並べる男だ。
悪びれもせずに饒舌に、軽い口調で相手を煽る。
「あまりイライラさせるな、私はこれでも今、我慢しているのだ」
「その眼でか? 視線で人が殺せる世界なら俺は百回は死んでいるぞ」
「この眼でだ。手を出さずにいるのは至難の業だ、褒められて然るべきほどの」
「なら俺が褒めてやろう。とても良い子だなアブソルート、ここでいきなり暴れたりしたら俺は間違いなくこの店の客を盾にしただろう。実に冷静で的確な判断力だ。まったくもって可愛げがない」
──ここで、懐の苦無を投げつけなかったことを、本当に褒めてもらいたい。このクソ野郎以外に。
衝動で動くべきではない、そんな立場でも状況でも相手でもないのだから。
「直情的に暴れてもらった方が対処は楽だったのだが」
男は残念そうに言った。その表情は、終始変わってはいなかった。
言葉が嘘をついているのか、心が嘘をついてるのか、それさえも私にはわからない。
「……じきに包囲は完成する、それが貴様の最後だ」
「じきにというのは正確にはどれだけなのだろうな。ここはお前たちの守備範囲内だったのか?」
見透かしたように言うその言葉は嫌な事実を突いてくる。
ここに配置した部下はいない、ここに詰めている騎士団もいない。
こんなところにいる訳ないと、思い込んでいた。思う壺だった。
「そう落ち込むな、お前は強い。ここで俺を捕まえられる可能性は高いぞ? なにしろこちらにとってもこの事態は想定外でな。もしお前が領民の命を捨てでも俺を殺すと言うのならそれを防ぐ術は俺にはない」
「そんなことはしない!」
「結果より多くの命が喪われる結果になってもか」
「っ……」
言葉に詰まる。
きっと兄上なら、正しい選択をするのだろう。
でも、私には割り切るだけの覚悟が無い。
「……そんなことにはならない。貴様は私が此処で止める」
喉から絞り出すように言った。どうかこの言葉が震えていないことを祈る。
呑まれるな。敵にも余裕がある訳ではない。
「そうか……」
男は懐から葉巻を取り出し、咥えた。
「禁煙だぞ」
「許せ、俺はヘビースモーカーでな。震えてあらぬところに手が滑ってしまってはお前も困るだろう?」
「クソがっ……」
マッチをひと箱取り出し、側薬で擦る。
「そうだ、良いことを教えてやろう」
「いらん」
「まあそう言うな。……そうだな、お前はいま、会話で時間稼ぎをしているつもりなのかもしれない。だがそれは逆に、相手に考える時間を与えているということだ」
葉巻に火が宿る。煙が立つ。
私は煙草の煙が苦手だ。嗜好品としての需要は認めるけど、好きにはなれない。
そして今ここで、嫌いになった。
「覚えておけ、悪党の紡ぐ言葉は嘲笑と時間稼ぎによって構成される。会話を交わす必要はない、害悪とも言える。学習しないな、お前も」
男が言うと同時に、実に自然な動作で、マッチで導火線に火を点けた。
茶色い棒状のそれは、いわゆるダイナマイトという奴で、燎原の火の如く縄を焼き進む。
──だって、それは、いつの間に……──
「急げよ。店が吹き飛ぶ」
それはまだお客のいるゾーンへと、正確に投げ込まれる。
ああ、そう、誰が反応できよう。彼女らは、ただケーキを食べに来ただけの一般人だ。
守るべき領民だ。
「──!」
喧騒と悲鳴の中で、思考は許されず。本能が体を動かす。
飛び出し、飛び掛かり、火種を握り潰して酸素から隔離する。
手の平が焼ける感覚など今は気にしている余裕もない。ケアはしているけれど別に白魚の手であるわけでもなし、火傷なんて今まで何度も経験した。
それよりも、それよりもだ。
「お前! お前お前お前ェ!」
「どうした? やっていることは前回と大して変わらない、対策を立てて然るべきところを怠ったお前が悪い」
「どう考えても悪いのはお前だろうがァ!?」
「大きな声を出すな、落としちゃうだろ」
振り返ったところ、男の手にはまた新たなダイナマイトが握られていた。
しかも、二本。
「死ぬところだったんだぞ!? ここにいる全員が! 正気なのか貴様は!?」
「誰も死なないさ、お前が守るからな」
なんということもない口調で、さもそれが当然のように言った。
「貴様が……言うなァ!!!」
沸点に到達した感情に任せて苦無を全力で投げるが、男は予測していたのか投げる前にもう動いていた。
「雑だな。さすがにこれに当たってやるほど俺は優しくない」
同時に、ダイナマイトが二つ、真逆の方向に放られていた。
「ではなアブソルート。俺は逃げるが……まだ四つほど残りがある、適当なところで放り投げるから精々頑張ってくれ」
消火に急ぎながら聞こえてきたそんな声と、窓ガラスの割れる音が聞こえた。
三つの火を掴んだ手が爛れ、だんだんと痛みが明確に感じられるようになってきた。
痛くて、痛かった。久し振りで、辛かった。前回以上に、悲しかった。
でも止まれない、早く、速く、動かなければ。
足は動く、領民を守るために、走れ。
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エンタープライズは建物の屋根を駆けながら周囲を見回した。
できる限り遠く、なおかつあのお嬢様が間に合う範囲内で、しかも万が一の事態に被害の少なそうな場所を探し、火を点け、投げ飛ばす。
後ろに視線を感じ、安全を確保した状態で振り返る。
遠目ながらも理解できた。憎々し気に自分を見る、少女の瞳。
別に好きでこんなことをしているわけではないし、今回だってうんざりしているのはエンタープライズとしても同じだったのだが、なんというかまあ嫌われているようで。
ひどく、滑稽だ。
視線に対し、鼻で笑う。
届いていないかもしれないが、どうでもよい。
あまり敵地でぐずぐずしていては危険だ、エンタープライズは背を向け駆け出した。
あれだけ美味いケーキになら喜んで金を払うつもりだったし、持ち帰りにいくつか買って帰ろうとしていたのに食い逃げになったがまあ、運が良かったと思うことにしよう。
・個人的にかなりうざかったと思う。




