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たなびくフラグは約束の

唐揚げは胸肉。

 先日のことだが「寄り道をせずに真っ直ぐお家に帰りましょう」という、幼子でも完璧に理解し全うできる簡単な言い付けを当たり前のように破った挙句に「家に帰るまでが遠足です」という隠密としての基礎の基礎すら忘れ去ったド低能二人を片腕の義手を代償に華麗に救い上げた我らが偉大なるエンタープライズ社長はウキウキ──もとい、渋い顔をしながら都合四か月の減給を言い渡した。

 義手は予備を装着したがその分は二人の口座から引いている。


 エンタープライズとペンサコーラの二人はそれほど負傷していなかったが、ネイティブダンサーはボロ負けして骨がボッキボキに折れていたのでまともに動けるようになるまで帝国に戻り入院。

 残った二人でアブソルート侯爵家領のF.O.Eを全身全霊で避けながら、強盗や放火を繰り返しながら細々と領内を荒らしていたのだが、この度はめでたくもネイティブダンサーの退院祝いとして珍しく三人で食事に来ていた。

 回転テーブルの上には異国情緒溢れる料理が所狭しと並んでいて実に食欲をそそる。

 また乾杯をするほどテンションが高くなければ仲良くもなく、祈る神や捧げたい相手がいるような殊勝な性格をしていない自分本位の三人は、早速とばかりに料理に箸を付ける。

 今日の支払いは割り勘であるゆえ卓上は戦場。

 どうにかして他の二人よりも多く食ってやろうと、特に喋ることもなく片っ端から料理を片付けていく。

 黙々とパクパク。

 だが退院したばかりで体調が万全でないダンサーと、元々が少食なペンコラがやけに量の多い皿に苦戦しているのを余所に、エンプラはその細身の何処に入っているのかというほどの量を流し込んでいる。

 年長者であり上司である立場など守銭奴には関係ない。

 費用対効果を上げることに余念がない、執念とも言えた。

 その光景を見た二人は、諦めたように息を吐き、量を食べることよりも味を楽しむ方向にシフトチェンジ、静かに舌鼓を打つ。

 唐揚げが美味しい。

 唐揚げがとても美味しい。

 唐揚げはむね肉派。


 やがてデザート的立場の塩気のある団子を呑み込むと、エンプラは机を叩き「円卓会議だ」と、そう言った。

 まあ円卓と言えば円卓ではあるが回転する上に三人掛け、そしてラウンドナイツと呼ぶには騎士道精神の欠片もない心の醜い者たちの集まりだったことは、気にしない。

 三人は料理の余韻を味わっていた頭をさっと切り替える。


「西で戦争が起こることは知っているな」


 エンプラの言葉に二人が頷く。

 都市国家豪族連合が王国に対して宣戦布告をした日からそれなりの時が経った。

 予期せぬ敵の襲来に慌てた王国は西方に兵を集め、今は国境付近の平原でにらみ合いの状況にあるという。

 実は連合側の動員した兵力は国力に比べるとそれほど多くない。

 王国上層部では、さて今回の侵攻は本気ではないのか、と疑われたりもしているが当然ながら見過ごせるものではない。

 対帝国障壁であり戦場から遠く離れたアブソルートではそれほどでもないが、先王時代以来の戦に王国はかなりの緊張感に満ちて、ピリピリとしている。


「まあ、普通に考えて連合に王国を攻める旨味はない。先王時代の賠償はもう済んでいるし、敵対意識だって薄い。そもそも商人気質のあいつらは損得勘定が先に来て戦争に向かん。今回の宣戦布告も対外的な意味が強い、小競り合いはあっても本格的な会戦は起きんだろうな」

「やはり帝国からの要請があったと?」

「詳しくは聞いていないがな。王国側だって百も承知だろうさ、本当の敵は帝国だと。騎士団が俺たちの捜索にあまり力を割けていないのもそれが原因だ」

「で、つまりどういうことだよ?」


 金と暴力にしか興味がないダンサーがつまらなそうに言うのを、二人は憐れむように見た。


「なんだよ」

「いや、つまりは始まったってことだ。雇い主が本格的に動くぞ。下見は十分に終わった」


 不敵な笑みを浮かべてエンタープライズはそう言った。

 二人に緊張感が走り、同時に少しの笑みがこぼれる。

 なんだかんだと好戦的な性格だ、しかしエンタープライズはその様子を半眼で見ながら釘を刺す。


「いいか? 絶対に余計なことをするな。指示に従え、与えられた任務以上のことに手を出すな。無能な働き者ほど邪魔なものはないし、俺は雇い主が成功しようが失敗しようが最高にどうでもいい。成功なら追加報酬を貰い、失敗したならその泣きっ面を蜂のように刺すだけだ」


 これである。と逆に二人が半眼を返す。

 ある意味でプロ意識が低く、ある意味でプロ意識が最高に高い。

 簡単に言うと人間の屑である。

 ただ、先の失態を考えると反論もしにくい。

 確かにあの時、王太子を殺せていれば王国は混乱していただろうし完全にとばっちりであるが王とアブソルート侯爵の関係も悪化していたやも。

 雇い主の計画の成功率も格段に上がっていたことだろう。

 だが、依頼の埒外であることもまた確か。やらずに責められることもない。

 ボーナスだって出ない。


 まあ、うん、サービス残業は悪い文明。

 異論は、なかった。


「ネイティブダンサーはさっさと顎を治せよ、今のままじゃ猫にも負けるぜ」

「……わぁーってるよ」


 ネイティブダンサーの退院祝いと言っても完治ではない。

 ウィリアム・アブソルートに無惨にも容易く砕かれた顎は治りかけで、そのためパワー系としては致命的な状態だったりする。踏ん張れないのだ。

 だが本格的に動くにあたって万全な体制で臨む必要がある。

 たとえ今回の仕事で使い潰すつもりであったとしても、よく働いてからでないともったいないではないか。


「次は捕まっても助けんぞ。同じ手が二度も通用する相手じゃない」

「わぁーってるって! 何回も言わせんな!」

「遺品は俺が高く売ってやるから安心しろ」

「捕まる前提で話してんじゃねぇよ!」

「捕まったから言ってんだよ」

「…………大丈夫だ、気を付ける」


 苦々しい顔でネイティブダンサー言った。

 おそらく戦闘にのめり込んで突出して孤立、なんて馬鹿なことはそうやらないだろう。

 ペンサコーラについてはそこまで心配していない、基本的に自分の力量を弁えている女だ。


「領内を荒らす、どんどん荒らす、嫌になるほど荒らして、相手がしびれを切らした瞬間を狙って、心の臓を一刺しだ。気合を入れろ、帝国軍と騎士団の動きは常に頭に入れておけ。奴らの仕事は多くなる、俺たちに構っていられない程にな」

「はい」

「おうよ!」


 そこそこ気合十分な二人を見て、エンタープライズは満足気に、はたから見ると皮肉気に笑うと、硬貨を机の上に置いて立ち上がった。


「俺は行くところがある、代金は払っておけ。なに、釣りはいらん」

「たぶんですけど絶対ピッタリですよねそれ」

「ああ、間違いねぇ」

「…………」


 言うまでもなく代金ピッタリだった。

 言ってみたかっただけだ。

 おそらく二度と言うことはないだろう。


「それで、社長は何処に行くのです?」

「デザートにケーキを食いに行く。雇い主から近くに美味い店があると聞いたからな」


 がっくりする二人に手をひらひらさせながら、エンタープライズは店を出た。



 ===========



 一方で。


「笑ったり泣いたりできなくしてやります!」


 リー・クーロンは部屋の対角でそう宣言する小さな主を遠目に見ていた。

 まーた何か始まった、と。



 ***


 わーきゃー言ってるお嬢様率いる捜索班を余所に、防衛班の作戦会議は既に終わっていた。

 比較的頭脳派が集まったこともあって、スムーズかつ有意義だったと言える。

 現在は各自ツーマンセルで自分たちの役割を確認し、どのような対策を立てるか話し合っている最中で、実際に担当の現場を見に出発した者もいる。

 私自身は屋敷待機なので特に慌てるような仕事もなく、何かあったら主をサポートする気でいた。

 いたのだが……


「ツーマンセルとはいえ相手はあなたたちよりも格上です。よって、捜索と同時に訓練を施します。これは辛く厳しいものとなるでしょう、覚悟は良いですか?」

「「「はい!」」」

「まずは基本的なルールから、身勝手な私語は慎むように、静かなること林の如くです。また口を開くのは教官の許可を得てから、そして言葉の最初と最後にはサーを付けなさい。分かりましたか?」

「「「サーイエッサー!」」」


 なんだろうあれ……。

 いえ、最近お嬢様が読んでいた戦記物は私も読みましたし、そこに登場している教官の真似をしているのはわかりますけど。

 とりあえず、ずいぶんマイルドにしてあるのは良いと思います。


「本格的な捜索は明日からですが今日が休みという訳ではありません。あなたたちが本当に捜索班足り得るか確認する日です。これから課す試験に生き残れたその時にこそ、みな狩人になれるのです。姑息な鼠を狩る強く気高き猫に。それまでは子猫です、ただ可愛いだけの庇護欲をそそられる生命体です。試験は厳しいですが、子猫なんか連れて行っても逆に嚙まれるのがオチでしょう。足手まといは要りません。……気合を入れなさい! 乗り越えた者はそれだけ成長します! 今こそ力を見せるのです!」

「「「サーイエッサー!」」」


 たぶんですけどサーじゃなくてマムの方が正しいのでは、性別的に。

 いやそれはともかく。

 なんでしょうね、あれ。

 シュナイダーとガルブレイスは急なノリにポカーンとしています。

 お嬢様は色んなものの影響を受けやすいタイプなのを侍女は把握しているけれど二人はそうでない。

 どんまいって感じ。


「こちら副教官のヘイリー・ベイリー! あなた達をじっくりかわいがってくれます!

「…………(可愛がってやるぞ子猫ども! 遺書は書いたか? 神への祈りは? 引き出しの奥のラブレターは処分しておけよ? と書いたボードを掲げている)」


 ノリノリですね。ヘイリーは訓練を免除されているようで。


「何か質問はありますか?」


 お嬢様がそう問うとハジメちゃんが手を上げた。


「サー、具体的に何をするのでありますか、サー」

「良い質問ですね、気に入りました、部屋に来てチーちゃんをモッフしてもいいです」

「サー、ありがとうございます、サー」

「基本的にはヘイリーがあなたたちを見ますが、いつものあれをやって捕まった人は罰ゲームです、私直々に地獄に突き落として差し上げましょう」

「「「ひぇ」」」


 部屋の空気が凍る。

 捜索班だけでなく聞き耳を立てていた防衛班も含めて。

 私も顔が引き攣るのを感じ、ヘイリーは既に未来の犠牲者へ対して哀悼の意を示しているのか、目を瞑り合掌していた。

 メーテルですらお嬢様から距離を取り机の下に隠れている。

 事態を理解していないのは元グレイゴーストの三人だけだ。


 いつもの、というのは簡単に言えば鬼ごっこ。

 鬼役はお嬢様で最初に捕まった人が負けという簡単なルールです。

 カウントダウンの間に全員が退出、0と同時にお嬢様が動き出します。


「3」


 その言葉と同時に即座に動き出す屋敷猫。一拍遅れて男衆が動き出すが、意外にも四天王は伊達じゃないようでその動きは機敏。突然の課題にも臨機応変に対応できています。


「2」


 この部屋は絡繰り部屋で幾つかの出入り口がありますが、それでも限りがあります。

 しかも一つ一つが狭いので誰よりも速く飛び出すか、流れる様に連携しないと、詰まる。


「1」


 結局、退出が一番遅かったのはリリーという、どうにも自己犠牲スピリッツが強めな性格の娘でした。

 ですが勝負はこれから、とにかく逃げるか隠れるか、どちらを選ぶにしても判断力と決断力が要求されます。


「0」


 煙のように消える、とはこのことでしょうか。

 早きこと風の如く。

 お嬢様のいた場所には埃が舞っています、部屋に残った者の中で目視できたのは何人いたでしょうか。

 あと、掃除担当に一応注意しておきましょう。

 そして──


「か、堪忍にござる! 後生でござる!」


 捕まったのはハジメちゃんでした。


「い、嫌でござる! 四肢を縛られて滝つぼに蹴り落とされるのも、無手で虎穴に投げ込まれるのも、羆から盗んだ獲物を抱えたまま三日三晩の山籠りも! 全部無理でござるよぉ!」


 ガチ泣きで懇願するハジメちゃん。

 何を馬鹿なことを、と思う方もいるかもしれませんが、ええ、実際に全部やりましたとも。

 元々は屋敷猫どこにでもいるような普通の村娘の集まり、それが曲がりなりにも隠密としてやっていけているのはお嬢様のスパルタ教育の賜物。


 ですが、罰ゲームはそれとも一線を画すハードな訓練。

 何をするのかと言えば前述の通りだが、つまりはお嬢様の積んできたトレーニングをトレースするのです。


「はいはい、諦めるのは死んでからにしましょうねー。あ、ヘイリー、他の皆は任せましたよ?」

「…………(ジョジョ立ち)」

「君が為 尽くす心は 水の泡 消えにし後ぞ 澄み渡るべき」

「いやいや、辞世の句を詠むのはさすがに早いですよ」


 えっぐえっぐと、嗚咽を漏らしながら一筆奏上するハジメちゃん。

 正直、気持ちはわかる、というのが屋敷の総意でしょう。

 絶対に代わりたくないですけど。


「しくしくしく……」


 南無。

 ……いえまあ、ギブアップと一言そう言えば罰ゲームはそこで終わりです。

 ですが罰ゲームで測るのは技量ではなく根性、あまりに早々に諦めると荒事の素質なしということで屋敷猫を外されてしまう可能性も。

 実際にその事例もあったりします。(その娘は元気に侍女やっていますが)

 ある程度はやれるということを見せねばなりません。


 ちなみに罰ゲームをクリアしたことがあるのは私とヘイリーだけだったりして、密かな自慢です。


「今日はどうしましょっかねー」

「…………(ハラハラドキドキ)」


 おやつに何を食べようか、そのくらいの気軽さで考えていらしているのでハジメちゃんも気が気じゃないでしょう。

 虎、熊、蜂、鷹、蛇、蜘蛛、いや鰐、または猪か、それともヘラジカとか良さそう……とか聞こえてきますが私は聞かなかったことにします。


「まっ、後で考えましょう。ハジメ、出かけますのでついて来てください。あ、侍女としてですよ?」

「へ?」


 気の抜けた声を出すハジメちゃん。


「今日のお昼は義姉上と一緒にオススメのケーキ屋さんに行くのです! もうそろそろ出発しなきゃいけません!」


 ああ、そうそう。そうでした。

 今日はナイトレイ伯爵家のジェシカ様とのお約束がありましたね。

 むぅ、私がついて行きたかったのですが大役を任された以上、任を放り出す訳にはいきません。


「ハジメちゃん」

「はい? なんでござるかリーさん?」

「くれぐれもお嬢様をお願いしますね、見失わないように」

「は、はいでござりゅ!」


 あ、嚙んだ。大丈夫かなぁ……。


「ちょっとリー、大丈夫ですよ。あれだけ怒られたんですからもう無茶はしません」

「……だと良いのですが」

「ケーキ食べるだけですよ? 別に何もないですって」

「大丈夫でござる! 何があってもお嬢様はこのハジメがお守り致しまする!」

「私の方が強いですからハジメはサポートですよ?」

「…………」


 主に盾にもなれない、というのは結構凹みますよね。わかります。


「今日は本当に抜け出したりとかしませんから、安心してくださいよ、リー」


 ニッコリと笑うお嬢様。

 ……まあ、それもそうですよね。

 屋敷近くで何か起こるとも思えませんし。


 むしろケーキのあとにスパルタを受けるハジメちゃんの方が心配です。

 気が触れたりしなければいいですけど。

 ……お嬢様の読んでいた戦記物の教官、最後部下に殺されるんですよね……。


サクラ「ハジメ……私はあなたを誇りに……」


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