剣と悪意と小細工と
・ね。
一方そのころ。
「サクラ~出ておいで~」
天にまします我らが神よ、こんばんは。
最近出番が少ない気がします、アレクサンダー・アブソルートです。
働いていたんだよ、結構頑張って。成果はあんま出なかったけど。
実は今、ワシには悩みがあります。これは詳細は省きますが結論だけ言うと娘が部屋に引き篭もりました、つい先ほどのことです。
ずぶ濡れの状態で泣きながら帰ってきたのが三時間前。
その姿を見た瞬間、ワシは泡吹いて倒れました。しょうがないね。うん。
次男のウィリアムが宥め、侍女のリーちゃんが慰めて泣き疲れたのか二時間強ほど寝ていたんだけどさっき様子を見に行ったら部屋の前でリーちゃんがあたふたしてたのよね。
何事かと尋ねれば扉に鍵をかけられたらしい。
なにやらとても陰気なオーラを感じます。
籠城戦の開始である。
さてさて、ここで問題になるのがなぜ引き篭もっちゃったのか。
原因が件のクソ野郎さんであることに間違いはないのだけれど、それに対する感情が怒りなのか悲しみなのかまだちょっとわからない。
場合によっては少しの間、そっとしてあげるのも優しさかもしれないけれど、あまり責任とか感じられると「それは違うよ!」とか言いたくなるよね。
何があってもサクラに責任はない、よしんば多少あったとしてもそれは大人がとるべき責任だからねーって。
まあ、うんともすんとも返事が返ってこないのだけど。
強硬策として部屋の合鍵は一応保管してあるけども、サクラの部屋はただでさえからくり屋敷の我が家でも格段に匠の粋を凝らしたスーパーニンジャ屋敷なので、軽率に押し入ると死ぬ。
冗談抜きで。
一歩踏み出した途端、落とし穴に落ちて上から槍がとか、ざら。
ちなみに落とし穴は槍の後に自動で穴が閉じられ、地面にはとりもちが設置してあり、また落下の衝撃で催涙弾が爆発する仕組みになっているよ。
なんでそんな詳しいのかって?
なんでだろうね。
世界は不思議に満ちている。
「うーん……どうしようか……」
ワシは今日何度目かのお悩みタイムに突入。
「リーちゃん、最後見たときはどんな様子だった?」
「はい、ええっと……その、名前はわからないのですがおそらくは件のクソ野郎とやらに思いっきり呪詛を振りまいていました」
「…………………」
放っておいた方が良いかも。
「……泣いてるわけじゃないのね?」
「ええ、今はもう怒りの方が強いかと」
近寄らない方が良いかも。
「じゃあ中で気持ちを落ち着かせてる最中とか?」
「どちらかと言うと、サンドバッグでも殴りながらクソ野郎をどうぶちのめすか考えているのではないでしょうか?」
「あー……」
そっちのがありそうだよね。
うんうん、そっちの方がサクラっぽい。
でもそれは駄目だよね。
「しかたない……この手だけは使いたくなかったんだけどなぁ……」
「? 何をなされるので?」
「えっとねー」
必殺技。
「サクラー。お母さんがアップルパイ焼いたってー。一緒に食べよー」
「アップルパイと聞いて!」
「うわびっくりした!」
いま瞬間移動しなかった?
「すごく速く移動しただけです!」
「なるほど」
「流石でございます」
「して、母上のアップルパイは──」
「あ、ごめんね、嘘なんだ」
「ひぁっ──!?」
凄い声と凄い顔した。
形容し難い絶望の色。
サクラは膝から崩れ落ち地面に手をついた。
手足が震え、冷や汗が滴り落ちている。
どんだけー。
「お嬢様、お気を確かに!」
「あ、あぷ……は、母上のあっぷ、あ、あ……」
あっぷあっぷだった。
フローラのアップルパイはサクラの一番の好物。
最近、というか前にフローラが体を壊して以来キッチンに立つことも少なくなったゆえに、今となっては滅多に食べられる代物ではなかったり。
「大丈夫ですお嬢様、アップルパイなら私が作ります」
「……違う」
少し考えた後、弱々しく首を横に振るサクラ。
「……(ピシッ)」
あ、リーちゃんのハートにひびが入った。
四足歩行が二人に増えた。
それはそうと、サクラの姿。
全身黒の戦闘服、あちこちに暗器を隠し持った完全武装でありました。
「サクラ」
「ふぁい?」
「今回はウィリアムたちに任せるって言ったよね?」
「うぐっ……」
「その服は駄目だよね?」
「……ごめんなさい」
俯いての小さな声だった。
完全に形骸化した約束ではあるけれど「危ないことはしない」というのはサクラが自由に動き回る上での必須条件。
負けた相手へのリベンジはさすがに認められない。
実力ではなく、悪意に負けたとなれば尚更だろう。
「ハンスやルドルフ、ウィリアムの言う事をよく聞いて、許可を取ってからじゃないと駄目。勝手な行動はしないように」
「はい……」
「サクラの実力は信頼してるよ。今更もう普通の令嬢の型にはまる必要もない。戦うな、なんて言わないけど、もうちょっと自分の身を大切にね。サクラは侯爵家の娘なんだから、傷つくと皆が心配しちゃうよ。……殉死とかほんとに勘弁」
「御意、です……」
箱入りにする気はないが放任する気もない。
これで納得してくれれば良いのだけど。
一先ずそのクソ野郎とやらが捕まるまでは、落ち着いてもらわねば。
「今回はウィリアムに任せよう」
まず、負けることはないだろう。
「…………………」
「大丈夫、お兄ちゃんを信じようね」
「……はい!」
「よし」
頑固な部分はあるけれど、なんだかんだと誠実に諭せばサクラは素直だ。
あとはまあ、何事もなくウィリアムが勝って帰ってきてくれると嬉しいんだけど……。
「閣下」
なんて考えていたら廊下を走らない程度に早足でやってくる人物が一人。
執事服に身を包んだ褐色の肌の彫の深い大男。
本邦初公開、侯爵家騎士団副団長ゾズマくんです。
屋敷には警護のためハンスかルドルフのどちらかが(最近はサクラに任せることもある)必ず待機しているのだけど、二人が激おこぷんぷん丸になって出陣しちゃったので急遽ゾズマくんが代理に置かれている。
副団長なだけあってその腕はピカイチ。執事能力はないけど。
王都の武術大会二年連続の優勝者、まあその大会ハンスは強過ぎて出禁になってるんだけど。
「どうしたのゾズマ?」
「お邪魔して申し訳ございません。たった今、王都から急使が」
「えーっと……殿下の件?」
さすがに陛下も慌てているのだろうか。
こちらも連絡はしているのだけど入れ違いになってしまったかな。
「いいえ」
ではないらしい。
真剣な表情でゾズマは続けた。
「王都に、宣戦布告の書状が届きました」
風雲急を告げる、そんな言葉を。
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「煙幕ですっ!」
「落ち着け! 視界が無いのは相手も同じだ、周辺警戒! 敵はおそらく一人だ、気合を入れろぉ! 妹を泣かせた張本人だ、地獄に叩き落とす!」
『はっ!!!』
森からやたらめったらと投げつけられた煙幕玉が弾け、広場が白一色に染まる。
そこで屋敷猫たちを一か所に集め捕虜を中心に背中合わせに円形で陣を組む。
音はすれども、姿は見えず。
だが──
「そこだぁ!」
殺気の方向に剣を突き刺す。
「っ!」
「ちっ、外したか」
掠りはしたらしい、剣にほんのり血が付着していた。
しかし、大した傷ではないだろう。
「また化け物級か、嫌になるな、アブソルートは」
煙の奥から届く陰気な声。
「喋る暇があるとは余裕だな!」
居場所を教えているようなものだ。
声の方向に対して斬りかかる。
「違うな、これは一種の賭けだ。俺がやられるのが先か──」
「っ!? 猫! 捕虜を止めろ!」
「最大戦力というのは泰然に構えてこそだな。突出すればするだけ他方に負荷が生じる」
小馬鹿にしたような台詞と共に後方で剣戟の音が鳴り始めた。
何が起っているか正確にはわからないが、先の一瞬で捕虜の縄を切ったか、武器を投げ渡したか。
だが、屋敷猫も数では大きく勝っているし搦手には慣れているだろう。
そう簡単に逃がすことはないはずだ。
目下の所、目の前の男を倒せば終わり。
「殺す」
「怖いことを言うな、兄妹そろって凶暴だ」
「ほざけ!」
一閃。
手応えはないが、場所は把握した。
斬り上げ、斬り下げ、横に薙ぐ。自在に剣を振るい間断なく攻め立てる。
追い詰めて行くにつれ中心から離れて行き、やがて煙が晴れる。
姿を現した灰色の外套の不吉な男、小さな傷はあれど健在。
「はっ、怖い怖い……」
「くそっ、雑魚じゃあねぇな……」
反撃の隙こそ与えていないものの、直撃しない。
一応、サクラから逃げ切っただけはあるか。
ただ、負ける相手でもない。逃がしはしない、絶対に。
「今なら一撃で楽に殺してやるから死んでくれねぇか?」
「……もう少し乗りたくなる交渉術を学ぶべきだな」
「必要ない。お前から話を聞く気はない、ここで殺す」
「妹と違って容赦がない……そうだな、せめて裁判ぐらいは受けさせてもらいたいものだが……」
「妹を泣かせた罪で即時有罪死刑だな、首は河原に晒す、これは領民の総意だ」
「とんでもない場所に来てしまった……法も秩序もあったものではない……」
「今現在お前がそれを乱してんだろうが!」
ああくそっ。
話してるだけでイライラする。
「話すだけ時間の無駄だ、次で殺す。……そうだな、最初で最後の慈悲だ、逃げても良いぞ?」
「生きてこその物種だ、俺は背中の傷を恥とは思わないが……背を向けた瞬間に殺されそうだ、遠慮する」
「そうか、まあいい。……シマズ直伝、示現流──」
国交樹立のためにシマズ家よりやって来た使者殿に習った奥義。
防御を一切無視した全身全霊、魂の一撃必殺。
至ってシンプルな、上段からの振り下ろしを限界まで錬磨した先の極致。
「二之太刀不要」
タネがバレていようと関係ない力と速度。
目視による回避は困難──超速の斬撃。
並の人間なら頭をカチ割られていたことだろうが、男は優れた反射神経で急所だけは逸らした。
それに感嘆しつつも愛剣「倚天」は、その右腕を捉えた。
「はぁあああああああああああああ!!!」
肩口から斬り落とす。
そして、斬り落とした。
それなのに、血は流れなかった。
吹き飛ぶ右腕、弾け飛ぶ鉄の破片。
にたりと笑う、男の顔。
示現流は一撃必殺、二撃目のことなど考えはしない。
硬直した体、眼だけがスローモーションでそれを追っていた。
「良いことを教えてやろう、俺の右腕は義手でな、しかも楽しい細工がしてある。たとえばそうだな……火薬とか」
「っ!?」
「爆弾だぁ、当たると痛いぜぇ?」
歪んでいる。ひどく。
「くっそっが……っ伏せろぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
・技術力の話はするな。絶対だぞ。