颯爽登場
・ちょっと唐突だったのでリキッドくんの経緯を少し。
・細かいことは考えないでください。
・(殿下の)常識を疑え。
『りきっどくんのぜんかいまでのあらすじ』
元グレイゴースト四天王リキッド・オブライエンは帝国辺境のそこそこ大きな農村の貧乏農家に、三男三女の長男として生まれた。
幼いころから勝気な性格で要領が良く、村の子供たちのリーダー的存在であったように、齢一桁の頃はまあそれなりに楽しく生きていた。
がしかし、齢十三にして父を亡くしたと同時にその人生に影が差す。
大黒柱を失ったことで無理を強いられた母が過労で倒れ、そこで弱みに付け込むように外道に土地を奪われた。
親しかった隣人たちには目を背けられ、親戚からからは門前払いを受けた。
塩を投げつけられたことだってある。なんてもったいない。
家族で力を合わせようにも残された弟妹たちはまだ小さく、外では働くこともままならない。
土地なし、金なし、人手なし、おまけに親と信用なし。
唯一の働き手であるリキッドは家族を食わせるために、ほぼ身売りのような形で帝国の人材派遣会社に入社した。
派遣先が非公式の暗殺組織だった。
人生ハードモードが過ぎる。
神がいるなら殴りたい。
しかしながら、気が強く根性のあるリキッドはめげなかった。
生き汚さは武器であり、地を這い泥をすすってでも彼は家族のためにあらゆる苦行に耐えた。
また小柄で童顔なことを活かして潜入任務などを得意とし、グレイゴーストのなかでもメキメキと頭角を現し始めたころ、欠員補充のためエンタープライズ直々に四天王に選ばれた。
ぶっちゃけ少しも嬉しくなかった。
仕事も増えたし危険も増えたのに給料は増えなかった。
確かに普通に働くより金は多くもらえたが、どう考えても働きに見合っていない。
徐々にだがブラックに入ったことを悟り始める。
そしてある日、四天王の一人が消えた。堅物で冗談の通じない男だった。
あくる日、また一人四天王が消えた。荒っぽいが気の良い男だった。
そして数日が経ち、リキッドは一人になった。同じ派遣会社の、よくリキッドの境遇に同情してくれた──しかし金はくれなかった──女の先輩だった。
リキッドは、ドロンする決意を決めた。
グレイゴーストは歩合制であるので、最後に一仕事した後にとんずらするつもりだったのだが──
結局、よくわからんなんか変なのが乱入して来た為に、こっぴどくしばかれ、暗殺者として捕らえられたのだった。
リキッドは泣いた。故郷の家族を思い出して泣いた。
家族を残して散り行く我が身を許せとかそんな感じのことを考えた。
そして前もって化け物の情報をくれなかったクソブラック企業グレイゴーストを恨んだ。
しかし、そんなリキッドに光明が見えた。
馬鹿な王太子がリキッドをスカウトするという何を血迷ったのかわからん意味不な行為に走ったのである。
理由は色ボケだった。
どうにも想い人がニンジャ的な人物らしく、その人に少しでも近づくためにニンジャ的な訓練を教えろということだった。
馬鹿じゃねぇのと思った。というか言った。
だが逃す手はない。下手に冷静になられてやっぱりなかったことに、なんてことになる前に契約を完了。
幸い自分は貴族の子として潜入していたので上手く口裏を合わせて難を逃れた。
お給金もたくさんくれるので納得して王太子に仕えることになったリキッド。
さっそく訓練を施してみたところ、さてこの王太子。
まあ王族だけあって優秀な遺伝子を受け継いだのだろう、大抵のことはそつなくこなす。
天才かと問われれば首を横に振るが、優秀であることは間違いない。
ただ色ボケがひどい。
想い人に会いに行こうとすぐに稽古を抜け出そうとするのでめんどうくさい。
その上、相手には脈がないから一層ひどい。
今日も稽古をすっぽかした王太子を追ってアブソルート侯爵家領にやってきたリキッド。
そういえば元同僚がここで働いていることを思い出し、あとで会いに行こうかなと思っていたところ、王太子を見つけた先で、元上司に出会った。
『いじょう』
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「おっと私らが最初みたいだな」
ペンサコーラ、ネイティブダンサーの二人の前にまず降り立ったのはサクラの帰還後に出発した騎士団ではなく、各地で不審者の調査を行っていたサクラ率いる屋敷猫、レオーネ・ナックルとカレン・カトラスの二人である。
信号弾の音を聞きつけて最も近い場所にいたのが彼女たち。
少し離れた場所にいた他の屋敷猫は、連携して音の発生場所に対し真綿で首を締めるように逃げ道を塞ぎながら包囲を進めていた。
「見ない顔が三人、向こうの小さいのはトーマスと殿下を守っているのを見るに……あんたらが敵だな」
不敵な笑みを浮かべるレオーネ。
異民族を表す褐色の肌は強靭な肉体の証。
屋敷猫一の長身であり生粋の武闘派──というか侍女とか性格的に無理──である彼女はナックルダスターを装着した拳を構える。
「何があったかは知りませんけど、同僚をあそこまでボコボコにされては黙っていられません!」
対して真剣な表情のカレン。
屋敷猫最年少かつ最低身長、体格こそまだ不十分だが船乗りの子であり驚異的なセンスと体幹を誇る彼女もまた、カトラスサーベルを敵に向ける。
「めんどうなことになったな……」
ネイティブダンサーはひどく嫌そうな顔をする。
ペンサコーラは溜息を一つ、隣の相方にジト目を向ける。
「ネイティブダンサーがサビ残するからですね……」
「俺のせいかよ!?」
「あなたのせいです」
「お前だって散々あのガキ甚振ってたじゃねぇか!」
「……美少年を見るといじめたくなるのです」
「知るかボケ!」
敵を目の前に口論をする二人。
それは逆に、口論をする余裕があったということだ。
屋敷猫の二人に加え、リキッド。
三人を相手してもなお動じない、それだけの自負があった。
「で、どうする?」
「鋼の盾が来る前に強引に突破しましょう。あれは精々皮の盾、力技です」
「そうこなくっちゃなぁ!」
「っ!?」
殺気が急激に膨張するの感じ、屋敷猫の二人は一気に警戒度を上げる。
目の前の男女が自分たちより圧倒的に強いことを悟ったのだ。
レオーネとカレンは屋敷猫でも新参組、リーやヘイリーと比べてその実力は格段に落ちる。
素質だけ見れば負けずとも劣らない。現在の実力も並の騎士には負けはしないが、トーマスには及ばない。
「さて、怪我をしたくなければ大人しく退いてくれると嬉しいのですが」
ペンサコーラ抜剣する。
よく騎士団と訓練している屋敷猫の二人が察するに、敵の実力は一番隊隊長ウィリアム・アブソルートにも届くだろう。
敬愛する小さな主からは「無理はするなと」厳命されたばかり。
だが──
「はっ! そんなことはできない! お嬢様の敵を目の前にやることは一つだ!」
「……私は強いですよ?」
静かに、だが込められた殺気は腹の奥に響く。
しかし二人は怯まない。
「論外です、そんなことは関係ありません。この状況、強いて言うなら──」
「殴り殺すか」
「斬り殺すか」
「「それが問題だ!(です!)」」
──主を悲しませる相手は絶対に許さない。それが、命を救われた彼女らの鋼の忠誠心。
威風堂々、宣戦布告。
不殺のことは忘れた。
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しかし、現実というのは非情であって──
精神論が効果を発揮するのはやはり実力差が僅かの場合に限られる。
地面に倒れ伏したレオーネとカレン。リキッドは護衛が最優先故に深入りせず未だ不倒ではあるが、勝敗は歴然としていた。
ネイティブダンサーとレオーネの隔てる壁はやはり筋力値であろうか。
単純な運動神経はネイティブダンサーよりもレオーネが上である。
だがこれは戦闘、相手を叩き潰した方が勝者。
レオーネのナックルダスターによる拳闘は速度があり非常に厄介ではあるが、ネイティブダンサーにとってその一撃は、軽い。
ダメージ覚悟で強引に打ち抜けば、それで終わった。
ペンサコーラとカレンの場合は、これはもう技量の差としか言いようがない。
十五歳のカレンでは経験値が少なすぎたのだ。
明白な実力差はとんとん拍子に天秤を傾け、趨勢を決した。
ネイティブダンサー、ペンサコーラ、共に健在。
屋敷猫は、グレイゴーストに敗北した。
だがそれは、試合での話である。
屋敷猫の奮戦、リキッドの支援。
それは、間違いなくグレイゴーストを追い詰めた。
もう一度言おう、現実と言うのは非情であって、
──時間は決して止まることがない。
「さぁて……お兄ちゃんの登場だ……」
声が、その場に響いた。
新たな人物の登場にグレイゴーストは顔を歪め、屋敷猫は勝ち誇る。
試合に負けて、勝負に勝つ。
二人が稼いだ時は、金には替えられぬ、黄金以上の価値を持っていた。
そう、今ここに現れたるはアブソルート侯爵家当主アレクサンダー・アブソルートが次男。
大陸随一の騎士団において一番隊の長を務める者。
「これは……拙いですね」
「ああ……拙いな」
グレイゴーストに嫌な汗が流れ、かつてない緊張が走る。
トーマスとも、レオーネやカレンとも違う、一定の壁を超えた猛者の風格。
「お前たちが、妹を泣かせたグレイゴーストか……」
ウィリアム・アブソルートの、参上である
・たぶんここからかっこいいBGMとか流れると思う。
・お兄ちゃん強い強いとだけ書いてましたけど初の戦闘シーン。