八起の麒麟児 1
・突然ですがトーマス君のターンになります。
・戦闘シーンの練習してます。
・あと大変申し訳ないのですがクソ野郎が退治されるのは少し先になります。ご了承ください。
トーマス・パットンはどうにも挫折の多い人生を送ってきた。
周囲におだてられ意気揚々と出場した全国大会で惨敗。
スカウトされ入団した騎士団では同期で最下位の評価を下された。
日々の過酷な訓練について行けず毎夜枕を涙で濡らし、遂には脱走を考えたことも。
日夜武の頂を目指しては手を伸ばし、届かぬ高みに絶望しては、諦めるには登り過ぎた自分の才能を呪う毎日。
やがて出会った初恋の君、可憐で美しく守るべき主に身体能力で劣り、盾となることすらままならぬ不甲斐なさにやり切れぬ思いを募らせる。
たかだか十五年の人生だとしても、全てがこの三年の間の出来事だったとしても、その数字以上に彼の人生は濃く長い。
トーマス・パットン。
齢十五のアブソルートの麒麟児。
まだまだ未熟、荒削りの原石でしかない。
メンタルが弱い部分もあり、すぐに落ち込みがちという悪癖あり。
幾度となく折れた。多くの相手に膝を屈した。数多の試練に躓いた。
そしてその全てで立ち上がった。
プライドか、孝行心、功名心、思慕もあれば下心だってあったかもしれない。
理由はその場その時数あれど、どのような挫折にも彼は這い上がってきた。
八起の麒麟児。
未だ歩けば転ぶ犬のような少年だが、雄飛の時はそう遠くない。
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「沈めやぁ!」
怒声と共に放たれた拳が自分の腹を穿つ。
鋼鉄の鎧相手に一切の躊躇いのない、渾身の一撃。
「……っ!?」
強い衝撃が腹部を圧迫し、胃液が込み上げ喉を焼く。
振り抜いた拳に体は数メートル吹き飛ばされ、地面を無様にも転がった。
真っ白だった鎧は既に、土と泥で汚れ切っている。
「と、トーマス……」
後ろから怯えたような、いや事実怯えている少年の声が聞こえた。
そこで思い出したように慌てて左手を突き体勢を立て直し、右手の剣を杖に立ち上がる。
ふらつきそうになるのを、気合で締めなおす。
「ちっ……立つなよめんどくせぇ……。用があるのはそっちの王族だけだ、お前は見逃してやるからちっとばかし寝ててくんねぇか?」
目の前の武闘家はひどくげんなりした様子で言った。
筋骨隆々のたくましい男だ、ぶっちゃけゴリラと言っても差し支えない。
丸太のように鍛え抜かれたその腕に今日だけで何度叩き伏せられたか、数えるのも馬鹿らしいくらいに、相手になっていない。
「残念ながら悪党を前におめおめと引き下がるような教育は受けていない、諦めろ」
「死に体でよく言う……実力差が分かんねぇ訳でもねぇだろ」
「それは……もちろん」
ひどく心に刺さる言葉だ。少し前に同じようなことを言われた気がする。
自分の実力不足を痛感させられる時ほど歯痒いものもない。
いつだって、泣きたいぐらいに悔しい。
けど、だからって、ないものねだりしたってしょうがない。
重要なのは足りないものをどうやって補うか、届かぬ高みにどうやって手を伸ばすか。
つまりは、諦めない努力を、続けられるか否か。
「──だけど、僕は騎士だ。……誉れ高きアブソルート侯爵家の騎士なれば! 凶刃より無辜の民の盾とならんが本懐! 美しき主が祈りを守るが使命! 故にこそ、僕が此処に立つ限り! 僕の目の前では何人たりとも死なせはしない!」
剣先を突き付ける。
幸い、体は痛いがまだ動く。
どこぞの騎士団長様を相手にするよりは百億倍マシだ、あの時に比べて十分以上に余裕がある。
諦めるにはまだ早い。
「良い啖呵じゃねぇか嫌いじゃねぇ! だが、実が伴ってねぇとだせぇだけだぜ?」
「ここから格好良くなるんだ、黙って見てろ」
「……はっ、殺すなって言われてるんだが……退かねぇっつーなら押し通るぜ?」
「上等、通行料は命で勘弁してやる」
「吠え面かくなよっ!」
「こっちの台詞だ!」
声を張り上げ気合を入れながら突進してくる男を迎え撃つ。
啖呵を切ったは良いものの実力差は明白、筋力も敏捷も技術も遠く及ばない。
年齢差を考えれば経験値も、積み上げた年月が大きく違う。
だが勝利条件がお互いで違うのだからそう悲観することはない。
自分を倒さなければいけない男に対して、こちらは時間まで耐えればいい。
ここがアブソルート侯爵領である限り、必ず助けは来る。
自分が男に勝つ、と胸を張って言えないのは悲しいことだが、最善を尽くすことに集中しなければいけない。
「しっ!」
剣を速く、細かく繰り出す。
大振りしたってどうせ当たらない、それよりも内に潜り込まれるのが問題だ。
技量の差も剣対徒手である優位を最大限活かして埋めるほか道はない。
「ちっ、しゃらくせぇ……」
苛立つような声が男から漏れた。
掠りこそしないが剣を振り続ける限りさしもの相手もそう簡単に近づけはしないだろう。
実力者であることは間違いないが団長のような化け物でもない。
団での訓練を思い出せばこの程度の相手なんてことはない──は言い過ぎにしても食らいつくぐらいの力は今の自分にもあるはずだ。
「調子に乗ってんじゃねぇぞ!」
腕の力が萎え始めた瞬間を狙っての突進。
剣を横に薙ぐように振ると、視界から消え空振りに終わる。
屈んで避けられた、すぐさま軌道を変え剣を振り下ろす。
が、蜘蛛のように姿勢を低くした男の蹴りの方が速く、踏ん張り切れなかった足が僅かに宙に浮く。
「足っ!?」
体が倒れ行く中で、今まで拳しか使わなかった相手に半ば抗議のような声を上げ、
「そりゃ使うだろ」
と、至極真っ当なことを言われる。
そりゃ使うよな、と変に納得した瞬間、顔面に鈍く大きい衝撃が走る。
アッパーカット、意識を刈り取る一撃。
「がっ!?」
力の向きと同じ向きに首を回し衝撃を逃がす、が殺しきれなかった分が脳を揺らす。
受け身も取れずに地面に倒れ伏す。
「そぉら吹っ飛べぇ!!!」
男からしたらもがきながら起き上がろうとする自分を逃がす手はないだろう。
ボールでも蹴るように爪先で鳩尾が穿たれ、重い鎧を装備しているはずの自分が宙を舞った。
最早、吐きすぎてこれ以上は吐瀉物が出ない。反則じみた筋力値だ。
「トーマス!?」
「うごくなっ! ぜったいにっ! そこにいろっ!」
「っ!?」
息に詰まりながら、慌てて駆け寄ろうとする殿下を制する。
まったく、誰のために戦ってるのか理解してほしい。
せめて背にする相手がお嬢様ならやる気が上がるというの──いや、お嬢様だったら守る必要がそもそもないんだけど。
(ああくそっ! めちゃくそ痛い! ボコスカ殴りやがって僕じゃなきゃ死んでたぞ!)
立ち上がり、口に溜まった血をペッと吐き捨てる。
前を睨みつければ未だ無傷の男は健在、追撃もなく余裕綽々な表情を浮かべているあたり舐められているというのがよくわかる。
(はっ、怒る気力も余裕もない……)
正直、非常にありがたい。
精々そのまま慢心していてくれれば嬉しいのだけれど、そして時間切れになってくれればとても楽しいと思うのだけれど。
「まだやんのか?」
「当然」
「……っしゃーねぇーな、力ずくでも眠ってもらうぜ」
「…………………」
全身がぶるりと震える。
全力ではないのだろうが、少なくとも真剣になった気配を感じた。
対してこちらは頭が鈍く重い、歩けばふらつく。
つまりはまあ、勇気凛凛元気溌剌。
いやはや、最悪の経験というのはどこで役に立つかわからんもので、今よりひどい状況から最強に一撃入れた経験は何よりの自信だ。
「落ちろぉあ!!!」
「アッパーじゃないか!」
すんでのところで右のアッパーを体を反らして避ける。
続く左のストレートを剣の腹で受ける。
鉄球を受けたような重みに、突如として右肩に痛みが走る。
受け方が悪かったのか、どうやら外れやがったらしい。
「いっっった!」
剣を左手に持ち替えて雑に振るう。
当てる気などない、ただ距離を取るためのもの。
それで一度は距離を取れたものの、利き腕の使えなくなった剣速など恐るるに足らず。
「どうした、どうしたぁ! その程度かぁ!?」
「……っ!?」
繰り出される拳を避けることもできずに腕で受ける。
一撃一撃が重く体に沈み込んでくる。
瞬く間に両腕が腫れはじめ、感覚が遠のいていく。
だが絶対に、腕は下げない。
「おらぁ!」
痺れを切らした男が沈む。足払いがくる。
「二度も効くか!」
「あっ!?」
咄嗟に剣を地面に突き刺し、弧を描く蹴りを堰き止める。
ガッっと音がして、男の動きが一瞬止まる。
(勝機!)
敵は体勢を崩している。
好機好機好機!
此処を逃せば一撃を入れる機会など二度と訪れない!
立ち上がろうとする男の右足首を踏みつけ、左手で身を守ろうとする相手の右腕を掴む。
そのままがら空きの顔面に右腕をフルに使って拳を振り下ろす。
重力筋力体重遠心力もろもろ組み合わさった会心の一撃が男の顔にめり込む。
「落ちろぁ!」
「くそがぁああああああ!!!」
鈍い音と共に男が仰向けに倒れ込む。
幾ばくかの静寂。
「……は」
微かに息が漏れた。
「やっ──」
言いそうになって、左手で慌てて口を押さえる。
言ってはいけない。絶対に。言ってはいけない。
「いっづ……!」
「トーマス大丈夫か!?」
「大丈夫じゃない……」
意識した途端に肩がひどく痛む。
ああくそ、なんでお嬢様の護衛なのにくそどうでもいい殿下の護衛の真似事をやって体を張っているのか。
というかこの男誰だ?
なにもわからない。体痛い。
「あら、ネイティブダンサー負けちゃったの?」
「は?」
声がして、吹き飛ばされた。
今日何度目だ、という文句も言いたくなるほどに、どいつもこいつも鎧着込んだ成人男性を吹き飛ばしやがってどうなっているんだ。
こんな世界は間違っている。
というか頭が回らない。
朧げな頭で突如現れた何者かの方を向く。
黒いコートに身を包んだ長身の細い女、眼鏡をかけた秘書官でもやってそうな真面目そうな風貌。
所持する情報に一致する人物はいない。
「ペンサコーラか……なんてことたぁねぇ、一発もらっちまっただけだ」
「あ、起きた」
「……まじか」
そして何事もなかったかのように立ち上がる男、ネイティブダンサーというらしい。
鼻から血は出ていたが、それ以外に目立ったダメージはなく未だ健在。
「で? どういう状況?」
こちらを向きながら静かに言うペンサコーラという女。
ネイティブダンサーとやらより威圧感はないが、隙がない。
これは、ひどく、拙くないか?
・サブタイトルの語感がすごく気に入ってます。