ウィリアムお兄ちゃん 怒る
・ウィリアムお兄ちゃん視点
その日、なんとなく屋敷の庭で鍛錬をしていたところのことだった。
屋敷の外から、とぼとぼと歩いてくる小さな影。
というかサクラだった。
「ウィルにぃぃ……」
「……どしたんお前?」
「……ぐすっ」
「おおい!? どうしたどうした!?」
「……うぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇん!!!!!!」
「おい泣くな! 落ち着け! 何があった!?」
「クソ野郎がぁ……クソ野郎がぁ!」
「クソ野郎ってなんだ!? 誰だ!?」
「ウィリアム様、大きな声がしましたがなにk──キャーーーー!!!」
「おい! 侍女が気絶してどうする!?」
「隊長! 如何されましたk──わぁああああああああああ!」
「うるせぇ!!!」
「ウィリアムどうしたn──サク……ラ……」
「父上死ぬなぁあああああああああ!!!」
「一体なにg──…………………」
「おいリー、その首に当てているナイフを置け、ゆっくり、そう、そうだ、いや違う! 首じゃなくて腹を斬れって意味じゃない! 待て待て待て! 頼むから落ち着いてくれ! 誰か! 誰か来てくれ!? ルドルフ! ルドルーーーーーーーーーーフ!」
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なんて。
びしょ濡れのサクラがくまのぬいぐるみを片手にガチ泣きしながら屋敷に帰ってきたとき、なんというかこう、屋敷全体が揺れた。
地震の時より揺れた。
父上と母上は倒れかけたし、仲の良い侍女たちは阿鼻叫喚。
屋敷猫とやらは顔面蒼白になりながらどこからともなく刃物を取り出し始めたのでその場にいた騎士団の全力で止めにかかった、やたらと動きが早いので苦労した。
唯一機能していたのは執事長ルドルフと侍女長のオリヴィエだけで、あまりの慌てぶりに『こんなんで大丈夫かよ……』と思う一方で『無理もないか……』と思う自分もいた。
なんか最近どういう立ち位置に置くのが正解なのかわからなくなってきたサクラだが、屋敷の皆が皆、緩んでいたのだと思う。
どれだけ強かろうがサクラが十三歳の女の子だということは忘れてはいけない。
『年頃なんだから』というのもそうだが、何より経験が足りない。
身体能力や技術の話ではなく、精神的なものだ。
実のところサクラは、今の今まで負けたことがなかった。
いやまあ、兄妹喧嘩や訓練での戦歴とかを含めるとそうでもないのだけれど、実戦では。
無論、可愛い妹を危ない任務になんかに就かせる訳ないだろというのが屋敷の総意ではあるのだが、それにしても一度も敗北や失敗を経験したことがない。
強すぎてほぼ全ての敵が格下だからしょうがない部分もあったが、その弱点がなんとも最悪の形で露呈してしまった。
悪意への対処の仕方。
過保護(?)が裏目に出てしまったか、油断していたのだと思う。
サクラなら負ける訳がないと、どこか負荷をかけ過ぎていたのかも。
精神的に未熟なのは、俺たちも同じだった。
だからこそ、誰もが怒っていた。
サクラを守れなかった自分が許せない。
ゆえにサクラを泣かせたクソ野郎への怒りも膨れ上がる。
三割ぐらい八つ当たりでもあるが。
「許せませんね……」
と、いつも柔和で紳士的なルドルフでさえ、感情を露わにしていた。
まああれだ、屋敷のみんなはサクラが大好きだからな。うん。
それに、怒られたり追い詰められたりするとすぐに半泣きするサクラではあるが、ガチ泣きしたのは今までで二回しかない。今回で三回目。
一回目が小さい頃に屋敷の屋根から落っこちて慌ててキャッチしたジョーが両腕の骨を折った時。
二回目が犯罪組織からリーを連れ帰った時に、リーの過去に感情移入し過ぎて泣いた時。
その二回の時も屋敷は大騒ぎだったが、今回は『泣いた』ではなく『泣かされた』だ。
これはもう、グレイゴースト許すまじである。
「ジョーもいてくれたら良かったんだが……まあ、妹泣かされた落とし前は兄ちゃんが倍返ししてやらんとな」
最近は領内の騎士団の仕事の半分近くサクラに取られてしまっていたりしたものだが、たまには兄の面目躍如をせねばなるまいよ。
そうさな、とりあえずまあ、叩き潰す。
「ハンス騎士団長」
「なんだ」
泣き疲れて寝てしまったサクラをリーに任せて、騎士団の方へと戻る。
俺とハンスの関係は上司と部下であり、部下と上司でもある。
今は父上が頼れないので一番隊隊長ウィリアムではなく、侯爵家次男ウィリアム・アブソルートとして接する。
まあそれでもハンスって父上と母上ぐらいにしか敬語使わないけど。
または慇懃無礼というやつ。
「侯爵家騎士団の全力を以ってグレイゴーストを叩く、準備してくれ」
「了解だ、ウィリアム様」
「ハンスに様を付けられるとむずがゆいな……」
「私も出ましょうか」
声をかけてきたのは珍しい人物だった。
「ルドルフ……!」
「可愛い主をコケにされては私も黙っている訳にはいきません。屋敷の警護もあるのであまり時間は割けませんが……なに、灰鼠ごとき、捕まえるのに造作もございません」
「ほお……俺と競うかルドルフ? なんなら秘蔵の酒でも賭けるか、万年二位」
「確かに戦闘では勝てませんが……あなたに戦闘以外で負けた覚えはありませんね」
「……言ってろ」
「挑発しといて敗走までが早いな」
「黙れ」
怖い。
「しかしま、王国どころか大陸一の化け物コンビが出るとなれば心強い」
「ふん、大船に乗った気でいるといい」
「一両日中には成果を釣り上げてお見せしましょう」
笑顔で殺気に満ち溢れる二人になんとなく恐怖を覚えつつも、これほど頼りになる味方もいない。
実は二人が実際に戦う姿って訓練の時しか見る機会なかったんだけど、どれほどのものか少し楽しみな部分もある。
なんにせよ、グレイゴーストざまあみろだ。
──なんて思ってると、リーがすごく気まずそうな顔で話しかけてきた。
「ウィリアム様」
「リーか。サクラは?」
「今はヘイリーが見ています。それよりも少々重大なお報せが……」
「なんだ?」
そして、リーの報告を聞いた俺は頭を抱える。
「殿下とトーマスが行方不明……」
最悪だ。何してんだあの二人は
・なんか書くことあった気がするんですが忘れました。




